十二月二十五日(86―エイティシックス―学園if)
クリスマス仕様のサンタ帽のウェイターに渡されたメニューを広げて、レーナはもうかれこれ二十分ばかりもその姿勢のまま動かない。
困り顔にもいろいろあるんだなと、おそらく無意識のうちにくるくる変わるレーナのその表情を眺めてシンは思う。
眉を寄せたり口の端を下げてみたり、右に左に小首を傾げたり唇を尖らせたり。とりあえず頼んだ紅茶とコーヒーは、レーナのそれは放置されたまま冷めつつあるし自分のコーヒーはほとんど空なのだが見ていて全く飽きない。というか可愛いじゃなかった面白いのでいつまででも見ていられそうだ。
誰に言い訳してるんだよと、どこからともなく聞こえた気がした兄のツッコミ(幻聴)は聞こえなかったことにして流した。
二人がいるのは学校の最寄り駅前にあるデパートメントの、中庭に面したカフェのその窓際の席である。窓の向こうは日暮れ直後の仄暗さに蝋燭を模したイルミネーションが映える大きなクリスマスツリーと楽しげに行きかう人々。クリスマス当日ということでこのカフェも甘い雰囲気に賑わい、伝統の古式ゆかしい制服にサンタ帽がミスマッチな初老のウェイターが微笑ましげに若い恋人たちを見守っている。
ともかく。
とうとう困り果てた様子で眉を下げて固まってしまったレーナを見かねて、シンはそっと助け船を出す。
「どっちにするか決めかねてるなら、両方頼んで二人で分けることにしようか?」
「ふえっ!?」
百面相は飽きないしいつまでだって見ていたいところなのだが、何しろ今日はクリスマスなので冬至からそう日が経っていないのである。夜が長い。もちろん送っていくつもりではあるけれど、あまり遅くなってはレーナの家族が心配するだろう。
レーナは何やら、いきなり目の前にネズミが落ちてきた仔猫みたいにわたわたしている。
「えっ、ど、どうしてわたしがクリスマス限定ケーキセット、どっちにしようかなって悩んでるってわかったんですか!?」
「…………」
それは。
だってもう二十分も、そのクリスマス限定ケーキセットとやら(全二種)のページを開いたまま、黒猫サンタの何とかセットと白兎サンタの何とかセットを交互に見比べ続けているのだからわからないはずがない。
なお何とかの部分は多分ケーキの名前だが、そもそもこれ何語なんだろうとシンは思う。写真が添えられているのでわからなくても問題はないが。
「……でも、悪くないですか? 両方ともわたしが食べたいもので、なんて……」
「おれはそこまで、これがいいってものもないから」
「それに、シン、甘いもの苦手ですし……」
「そうだけど、全然食べないわけでもないし」
そもそも甘味が苦手なのは、隣の家の幼なじみのせいで特に手作り感のある菓子にそこはかとない脅威を覚えてしまうのが原因なのであって。
自分で買うことはまずないけれど、悪友たちが買ってきた菓子類をつまむ程度には食べる。
「でも……」
と、今度はどうやら気後れしたらしく再びレーナは悩みはじめてしまう。
ので、シンは無視してウェイターを呼んだ。
「あ、おいしい……!」
「ん」
ビターチョコレートと洋酒をきかせた黒猫セットも甘く煮た白桃に粉糖の雪をまとわせた白兎セットも優しい、上品な甘さで、プレートの端にちょこんと乗ったマジパン細工のサンタ帽の猫と兎が可愛らしい。
ぱあっと顔を輝かせつつフォークを動かしていたレーナが、一旦フォークをおいてつと身を乗り出した。
「シン。あの、この後なんですけど、少し買い物につきあってもらってもいいですか。というか……あの。何かほしいものがあったら、プレゼントにしますから……」
「ああ……」
二杯目のコーヒーのカップをかたりとおいて、シンは頷く。
「実はおれも、同じことを頼もうと思ってて。その……つまり、欲しいものがあったら、プレゼントにさせてもらえないかって」
「…………………………昨日の、ダイヤの……」
「急に言い出すから、予定が狂って……」
要するに昨日、学校の帰りにプレゼントを購入するつもりだったのがクラスメートのダイヤが突然『今日は! みんなでクリスマス会です! なお拒否権はありません!』とか言い出して半ば無理矢理連れていかれたせいで買いにいけなかったのである。
安堵の、それから共通の友人への嘆息を二人ともに零して、それから揃って苦笑した。
「実は、男の子に何を送ればいいのかって、よくわからなくてずっと迷ってて」
「おれも女子が何を喜ぶのか、全然わからなくて。せっかくだし、いろいろ見て回ろうか」
プレートの端のマジパンの猫と兎が、まるでこの場の空気にあてられたかのようにこてんと倒れたが、二人は揃って見ていなかった。
86―エイティシックス― 安里アサト/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko
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