あけおめことよろ(86―エイティシックス―学園if)

 冬休み、といっても夏のそれとは違い、期間が短い上にいろいろイベントがてんこ盛りなわけで、あんまり休んだ気はしない。

 年は明けたがぶっちゃけまったく終わっていない、むしろ半端に手をつけたせいで状況が悪化した自室の大掃除(継続中)に思いをはせ、ダイヤはあくびを噛み殺しながら朝の陽光が眩しい通学路を歩く。年末年始は田舎の祖母の家に帰省していて、親戚のちびちゃんズに延々トランプだのゲームだのカルタだの花札だのつきあわされたせいで昼夜逆転気味なのだ。朝靄を金色に輝かせる清冽な陽光と、一月の凛冽の寒気が目に染みる。

 つい目尻に浮かんでしまった涙をぬぐったところで、前を行くほっそりとした人影に気がついた。

 可愛いパステルブルーのピーコートに、裾から覗くこの陽気には寒そうな制服のスカート。腰まで届く青みがかった長い銀髪の。


「おっ、アンジュ」

「あら、ダイヤくん。おはよう……じゃなくて」


 言いさしてアンジュは口を噤む。

 ダイヤもその前で足を止めた。

 一呼吸。


「あけましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いいたします」


 折り目正しく一礼などしてみる。

 別に年が明けたからといって互いに何か変わるわけでもないのだが、その辺は気分だ。

 見回せば通学路のあちこちで、似たようなやりとりが展開されている。

 シンとレーナのように一緒に初詣に行ったり、カイエとクレナとシデンのように初売りに行ったりした連中は年始の挨拶もとうにすませているのだろうが、前述のとおりダイヤは帰省組だ。アンジュはアンジュで帰省していたから、年が明けてから友人たちと顔を合わせるのも互いに今日が初だ。

 そのまま並んで通学路を歩く。

 アンジュが髪の上から巻いているマフラーが、去年の――と言っても十日ほど前の――クリスマスに自分が贈ったプレゼントだと、気づいてダイヤはこっそり頬を緩める。

 同様にアンジュからもらった、鞄にぶら下がって揺れる定期入れにアンジュが目をやって微笑んだのには、ダイヤは気づいていなかったが。


「来年のこの時期は、こんなに呑気にいられないかもね」

「受験目前! だもんな。……風邪ひかねえようにしねえと」


 言うと、アンジュがくすりと笑った。


「心配なのは風邪だけ? さすが、成績上位組は余裕ね」

「ああ……」


 苦笑してダイヤは頭を掻いた。

 何故か誰もが「意外」とか言うのだが、ダイヤは友人たちの中では成績がいい部類だ。具体的には定期テストで毎回、上から二十位以内に入っている程度。

 ちなみにそう言って笑っているアンジュこそ、毎回レーナと女子首位争いをしていたりする。


「つーか、シンたちが手ぇ抜いてるだけなんだよな。この前の中間考査とか、アレ絶対わざとだろうし」

「うちの担任の“参謀長”なんか、人でも殺しそうな笑い方してたものね……」


 まだ若い教師なのだが、性格と笑い方が妙に怖いのでそんなあだ名がついている。

 要するに推薦狙いでない連中が真面目に考査を受けていないだけなのだが、友人たちはちょっと、それがあからさまにすぎたのだ。

 バレない程度に手を抜いたアネットやカイエはともかく、関心のない教科では露骨に手を抜いたシンとライデン、とりあえず平均くらいとっとけばいいんでしょとばかり全体に手抜きしたセオ、赤点さえとらなきゃいいんだろなシデンに、面倒くさくなって全部投げたクレナとハルトと、その前後の体育祭と学園祭に注力されたこともあってまあ、なかなか惨憺たるありさまだったらしい。

 ちなみにもっともやらかしてくれやがったのはヴィーカで、なんでも全科目で平均点ぴったりを取ったらしい。偶然ではない。狙ってだ。テストの内容から配点と平均点を予想した上で、平均点を取れるだけの問題しか解かなかったのだとか。

 つくづく無駄な方向に頭の良さを発揮する類の天才である。

 で、そういう友人たちの露骨な手抜きを快く思わなかったのが。


「まあ、レーナは怒ってたよなー。特にシンには、これからは予習復習ちゃんとやってください! なんて言って」


 生真面目が制服を着て歩いているようなレーナである。

 少なくとも彼女にとっては、学生の本分とは勉強であるのだろうからまあそう言いたくもなるのだろうけれど。


「定期考査の結果次第では、この一月からはみんなで勉強会もやるってはりきってたわよね」

「つっても勉強会って、定期的に集まって遊びましょの言い換えだからなあ……」


 多分、レーナが思っているような会にはまずならない。

 というか全員、頭が悪いわけではないので、勉強会自体本当は要らない。

 単にやる気がないというか、全科目でいい点を取ろうと思っていないだけで。

 ぐだぐだの友人たちと、ぷりぷり怒りながらも結局毎回流されてぐだぐだしてしまうのだろうレーナのありさまを、つい想像してしまってダイヤは声を出さずに笑う。


「……楽しそうだし、俺たちも参加するか? アンジュ」

 応じてアンジュも微笑んだ。

「そうね。レーナはちょっと、怒りそうだけど。……遊んでいられるのも今のうちだものね」


 来年の今頃は、きっとさすがに。

 みんな楽しく勉強会なんて状況じゃ、ないかもしれないから。

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