ゴボゴボ

「うわああああ!!」


「だ、大丈夫ですか!?」


「誰か!!救急車!!」


これが大丈夫に見えるのかよ? 救急車なんか呼んでももう助からねえよ。


言葉にならず、ゴボッ、と赤い気泡が口から漏れる。

俺はさっき、ビルから飛び降りた。 当たりどころも運も悪かったようで、即死しなかった。


多分、頭の右半分は潰れてしまっているんだと思う。左側しか見えない。


上手い具合に死ねなかったのは、飛び降りる時、鉄柵に脚を引っかけて態勢を崩したせいだろう。

全く最期の最期まで、この糞脚は俺の邪魔をしてくれる。


俺はデカい大会によく顔を出していた、まあまあ名の知れた水泳選手だったんだ。

周りで俺よりも速い奴なんて見たことはなかった。


何で何もかもが上手くいっていた俺が飛び降りなんかしたかっつうと、まぁ、ドラマなんかでよくある話で、大事な大会の前日にトラックに轢かれてな。

これもまぁ、よくある話だが運転手が居眠りをこいてやがって。最悪だ。


で、そっからはもう、最悪も最悪。

奇跡的に歩ける様にはなったが、思うように脚が動かなくなって、泳げる身体じゃなくなっちまったんだ。


俺には水泳しかなかった。

周りの奴らもそう思ってたんだろうな。今まで俺をヨイショして持ち上げていたコーチも、仲間も、オンナも、全員「あっ」という間にいなくなっちまったよ。


「え、まだ生きてるっぽくない?」


「うわ、なんか、痙攣してる……キモ……」


……散々言いながら写メを撮るんじゃねえクソ共が。どいつもこいつも好き勝手騒ぎやがって。俺だって、こんなみっともねえ姿晒さずにさっさと死にたかったわ。


喰ってかかりたかったが、身体は動かない。もちろん声も出ない。

微かに動く口を開閉させてみても、ドロドロした血泡が吐き出されるのみだ。


ふと突然、事故から数ヶ月経ったある日の出来事が、半分損なわれた頭を過ぎった。


どうしても諦めきれなくて、プールに飛び込んだ日の事だ。


もつれる脚で足掻きながら、沢山の青い泡が水面へと上っていくのを見て、ただ漠然と「もうこのまま、どこまでも沈んでしまいたいな」と思った。


そして今は、自分から流れ出た血の海の中で溺れている。

なんだか悪い冗談みたいだ。


ゴボッ……ゴボ。

笑った拍子に溢れた赤い泡が弾けるのを見送って、俺の意識は深く沈んだ。

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