第13話 そばに付喪神を

 天照大御神の社。

 縄文はちぎるを伴ってやってきた。

 他の付喪神達からの賛同を得てきたちぎるの熱意に負け、付喪神を増やす許可を得ようとなったのだ。


 人をたぶらかしたらどのみち神にあるまじき行為と高天原から罰せられるのだから、神であろうとあやかしであろうと、昔のように好き勝手できないと付喪神達は知っている。

 ならば、名ばかり神として知られるよりも、人に感謝される仲間が大勢居る方が付喪神として鼻が高いだろうというちぎるすずりの説得に応じたのだ。


 礼装の縄文の後ろに、礼装など持っていない普段着のちぎるが控えている。

 ただ、ちぎるはタスキをかけていた。


 『愛される、あなたの付喪神』


 そのタスキには、ちぎるの思いが書かれていた。

 以前の『一家に一人、付喪神』から変えたのは、単に付喪神の数を増やしたいわけではないのだと天照に判って欲しいというちぎるの気持ちの現れだった。

 すずりからは、タスキなんてみっともないからやめなさいと注意された。


「僕はすずりほど、気持ちをうまく伝えられる自信はないんだ。だから、格好悪くてもいいから、少しでも伝わる方法をとるよ。ダメでもともとだしね」


 ちぎるはそう言って、タスキを作ってかけてきた。


 本殿で天照が来るのを二人は静かに待っていた。

 しかし、来たのは月読だけ。

 いつもは天照が座る座椅子に座り、平伏した二人に顔をあげるよう伝える。


「付喪神協会からの陳情は、全て私が受け持つことになった。天照あねうえからの指示でな。陳情書は読んだ。神ではなく、人に愛されるあやかしを目指す故、付喪神を増やしたいとのこと。その件、説明せよ」


 月読の前まで、膝を使って進み、ちぎるはドキドキしながら口を開いた。


「付喪神のちぎるでございます。私は現世で人とモノの関わりを見て考えて参りました……」


 ちぎるは、人間がモノによって救われたり、楽しみを見いだしたり、自分を鼓舞したり、優しい気持ちになったりと様々な反応を見せることを改めて知ったと言う。

 

「ある人間は、現在の気持ちを込めるため、ある人間は、過去の苦い記憶を忘れないため、ある人間は、未来の自分の生きがいのため、モノを通じて自分自身と向き合っていると気付きました。

 また、モノとの絆が深い人間が大勢居ると判りました。


 付喪神には、そういう人間の手助けができる可能性があるとも気付いたのです。

 これは長い時間を経たモノを依り代としていた時代の付喪神であれば判らなかったことです。


 神が簡単に増えるのは宜しくないと言われました。

 確かにそうなのだろうと思います。


 ですが、であれば、付喪神の進むべき先は、神として崇められなくても、たとえあやかしであろうと、一人でも多くの人間の手助けできる存在であるべきではないのかと考えました。


 付喪ベビーへの影響のこともありますから、すぐにとは言いません。

 ですが、影響を観察した結果、問題ないようでしたら、是非、付喪神が増えることを許して頂きたいとお願いいたします」


 月読から目を逸らさず、自分の思いをちぎるは懸命に話した。

 ちぎるの話を聞く間、月読の顔には不思議な笑みが浮かんでいた。

 それは面白がっているようでもあり、親から子供に向けられる温かい笑みのようにも縄文には見えた。


ちぎるとやら。おまえの意見は判った。……面白い、面白いな……。神らしい行動をとるために、神としてではなくあやかしに戻りたいというのだからな」


 縄文に顔を向けて月読は話す。


「面白いことを考えるな。ちぎるという者は……」

「ハッ、仕事熱心な真面目な付喪神おとこでして」


 再びちぎるに月読は目を向ける。


「おまえの意見は面白い。そして認めても良いが、いくつかの条件が必要だ」

「どのような条件でしょうか?」

「一つ、人に悪さをした付喪神は滅せられる。これは当然だな。


 二つ、人から離れた付喪神は依り代からも離れて霊体に戻り、再び依り代を探す。

 新たに生まれる付喪ベビーと合わせて総数は百体までとする。

 あやかしであろうと際限なく増え続けるのはやはり問題だからな。

 但し、既に付喪神となっている者達はこの範囲ではない。


 三つ、ちぎる、現世での付喪神はおまえが管理せよ。その権限を月読の名で与えよう。……おまえ一人では無理だろうから、縄文と相談して幾人かで行え。


 どうだ? この条件を呑むなら、おまえの意見を認めよう」


「謹んで」


 ちぎるはガバッと平伏し、月読に感謝した。


「判っておると思うが、新たなことを始めるのだ。予想外の問題が起きることもあろう。その時は取りやめになる覚悟も持っているのだぞ?」


 そう言って席から立ち、笑顔の月読は去って行った。


 フウッと息を吐き、身体から力を抜いて縄文とちぎるはお互いの顔を見る。


「ハッハッハッハッハ、良かったな! ちぎる

「ええ、本当に緊張しました。まさか僕が監視役になるとは思っていませんでしたよ」

「ついでに、協会会長職もやらんか?」

「いえいえいえいえいえいえ……とんでもありません。会長は縄文様にしか務まりませんよ」


 チッと舌打ちする音が縄文から聞こえる。

 

 (これからの付喪神は、持ち主を応援し支える。

 依り代から離れても、持ち主の思い出を抱いていく。

 これからの付喪神は、持ち主との絆を大事にするんだ)


 ちぎるは、これからどんな持ち主に会えるか楽しみを感じている。

 そして勝手にこれからの活動を心の中でこう名付けていた。

 

 『あなたのそばに付喪神をプロジェクト』


 ――これを知ったらすずりは「もっと良いネーミングはなかったの?」と不満げな表情を見せるだろう。


 そう想像したちぎるはつい頬が緩んでしまった。


・・・・・

・・・


「もっとセンスを感じるネーミングはないの? 縄文様といい、あなたといい、どうしてそうなのかしらね」


 ちぎるの想像した通りの反応をすずりは見せた。

 働く者達のやる気を刺激するようなネーミングが欲しいわよとプリプリするすずりちぎるは伝える。


「これからも手伝ってくれるかい? いや、すずりに手伝って欲しいんだ」

「それは尊敬しているから?」

「ああ、もちろん尊敬しているし頼りにしているからだよ」

「で、そろそろ惚れた?」

「それは内緒だなぁ……」

「惚れたならはっきり言うって約束したじゃないの」


 ちぎるは言葉に出さず「いずれね」と……。


「さあ、これから忙しくなる。すみにも手伝って貰わなきゃいけないね」

「月読様から役を貰ったようだけど、すみへの指示は私が出すわよ。そんなことより……」

「ああ、構わないよ」


 ちぎるすずりの文句を無視し、手を掴んで歩き出す。


「さあ、今度はどんな持ち主にあおうか? 楽しみだね」




      ――了――

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アナタのそばに付喪神を 湯煙 @jackassbark

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