第12話 決意

 ちぎるから報告を聞いたすずりの反応は、無関心というほどではないけれど軽いものだった。


「そう。でも天照様のご指示も当然ね。たとえ付喪神でも神が年に数人ずつ増えるのはおかしいし、何より有り難みってものがなくなるわ」

「それでこれからのことなんだけど……」

「私と離れるのが寂しくなった?」

「そうじゃないけれど、そうかもしれない……」

「尊敬したから?」

「うん、まあね」

「惚れそうだから?」

「それはわかんない」


 そこは惚れそうだって言いなさいよと、小声ですずりはつぶやいた。


「わからない……ね……まあ、いいわ。で、どうしたいの?」

「僕は君みたいに賢くないんで、いろいろ教えて欲しいんだ」

「それはいいけれど、どうやって?」

「できたら……現世の人間を見て、僕が疑問に感じることを一緒に考えて欲しい」

「……他には?」

「万年筆、カメオ、そしてカメラの持ち主と、憑依した付喪ベビーのこれからを追いかけたい」

ちぎるはホント真面目よね。そういうところは尊敬するわ」


・・・・・

・・・


 ちぎるすずりは、現世で人間を観察した。

 目についた人間をただ見ていたわけではない。

 付喪神らしく、モノに愛着を持つ人間を観察するようにしていた。


 サイズが合わなくなっているし、頻繁には使わなくなっているけれど、野球に夢中になっていたころのグローブを休日に手入れする社会人。

 映画で見た髭剃りに憧れて、ナイフのようなカミソリで毎日髭を剃る大学生。

 子供の頃大好きで、いつも身近に置いていたぬいぐるみを大人になっても自室に飾っている女性。

 祖母の形見として貰い、当初は邪魔だと感じていた和服の美しさに偶然気付いて事あるごとに着るようになった姉妹。

 モノに愛着を持つ人間はたくさん居る。

 

 そういう人達を二人で見ては、モノを通して彼らの生活がほんの少しでも豊かになるにはどうしたらいいかを話し合った。


 また、万年筆の彼、カメオの彼女、カメラの女の子のところへも行った。


 万年筆の彼は、子供の成長日記を書くようになっていた。

 成長日記には、子供の記録だけでなく妻への感謝やいたわりも記され、妻や子供への愛情と家族の絆が感じられる。


 カメオの彼女は、すずりと雑談を楽しんでいた。

 そして、ずっと身につけられなかったカメオのブローチだけど、たまに身につけられるようになったという。

 自分自身を戒め、強くありたいと思う時に身につけるようにしたと、笑顔ですずりに話した。

 

 カメラの彼女は、すずりが予想した通り、しばらくの間は付喪ベビーは要らないと決める。

 両親とも話し合い、将来は写真家への道を進むと決め、芸術大学進学を目指して勉強にも力をいれるようになったと明るく話し、手にしたカメラを磨いていた。


 ちぎるは、人とモノの間をつなぐ絆を深める手伝いを、付喪神はできると確信するようになってきた。

 その絆はきっと、人の幸せの手助けになるとも考えるようになっている。



「きっと気のせいだとは思うのだけど、弱い自分と向き合うように努めていると、このカメオがほんの少し温かく感じることがあるの。勇気づけてくれてる、応援してくれてるって思うわ」


 カメオの彼女から聞いたその一言は、ちぎるにある考えを生んだ。


・・・・・

・・・


「縄文様。お話があります!」


 協会本部で昼寝していた縄文に、ちぎるは気持ちを伝える。

 

「何じゃ? まあ、水でも飲んで落ち着いてから話せ」


 横になっていた身体をゆっくりと起こして縄文はちぎるを見た。

 ちぎるは言われた通り、部屋の片隅にある水瓶みずがめから柄杓ひしゃくで水を飲む。

 縄文の前に座り、ひと息吐いてから彼は話しを始めた。


「縄文様。神でもあやかしでもない道を付喪神は選びましょう」

「は? 急に何を言い出すんだ」

「つまり……その……人をたぶらかしたりしないあやかしであれば、付喪神がたくさん生まれてもいいんじゃないかと……」

「どうしたんだ。順を追って説明してくれ」


 現世で大勢の人間を見て、人とモノの絆を深める手助けを付喪神はできると感じたこと。

 その絆が人間の幸せに役立つなら、それは付喪神として誇れることではないかと考えたこと。

 人とモノの間の絆を深める付喪神。

 これこそが、神としてできることではないかとちぎるは考えた。

 だが、神が毎年のように誕生するのが問題であるなら、あやかしのままでもいいのではないかとも考えた。

 人の役に立つあやかしでもいいのではないかと考えている。

 これまでがそうであったように、神でなくても、高天原から追い出されるわけじゃない。

 神として認められても、付喪神には特に恩恵があるわけでもない。

 せいぜい「我らは神であやかしじゃない」と言える程度だ。


 だけど、そんなもののために、人の役に立つ神らしい行動を取りづらいなら、あやかしでいいではないか。


 名ばかりの神より、実質の伴ったあやかし

 ちぎるはそこを目指すべきではないかと、縄文に熱い口調で説明した。

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