番外編
大晦日・お正月
時計の針が二本とも十二を指した瞬間、日を跨いだだけなのに、同時に年を跨いでいると、それだけで特別な日になる。
大晦日の夜、僕はいろはの部屋でこたつでぬくぬくしながら、そばを食べていた。
「ずずる……、ごくっ。んん、年越しそば美味しい」
隣では、『天使の使いやないんやで!大工編年越しSP』をみながら年越しそばを美味しそうに頬張るリスのようないろは。
「これが生麺……すごいなぁ無茶苦茶おいしい」
そしてその隣で、僕はいろはの作った年越しそばを食べていた。
しかし、いつもは乾麺を茹でて食べていたお蕎麦だったけれど、生麺を使うと、蕎麦の麺の硬さ、舌触り、滑らかさ、コシ、どれを取っても格段に上である。
「信州から取り寄せた生麺だよ、おいしいでしょ?」
「もう、おいしいしか言葉が出てこない、僕食レポ下手かもね」
「下手になっちゃうくらい美味しい、って事だよ。よかったぁ、涼くんが喜んでくれて」
そう言ういろはの顔は、こたつに入っているからかとっても柔らかい笑顔だ。
「あぁあと、信州から取り寄せたわさびを使ったわさびもち!食べて食べて!」
そう言って差し出されたのは緑色のおもち。なるほどわさびが練りこまれているのか。
「はむっ、もにゅもにゅ……これがわさびもち、わさびの香りが凄くいいおもんおおおおお!?」
「どうよ?後からつーん、ってくるでしょ?」
「ほぉぉぉぉおぉぉ……。これはすっごい……」
そんなもちとそばを食べる僕を、いろはは終始満足そうな顔でこちらを眺めていた。
〜〜〜
ごーん、ごーん、ごーん……
田舎では無いが大都市ののベッドタウンでもない街に、除夜の鐘の音が鳴り響く。
家から歩いて10分程、商店街の近くに神社はあった。
その歴史は古く、僕達が住んでいる街の発展を見守ってきた古社だが、一度空襲により焼失しているので、僕といろはが見ているお社台は再建されたものだ。
「すごい人だね……、はぐれそう」
そういういろはは僕の隣にいるが、たしかに人の量は凄い。この辺り一帯の地名にもなるほど有名な所だからか、お正月ともなると凄い集客だ。本当にはぐれそうだな、と思った僕は、そっといろはの手を握る。
「しっかり握ってなよ……えっと、いろは?」
「…え、ああ!うん!大丈夫!」
「お、おう、大丈夫ならいいけど……」
僕が手を握った瞬間、いろはは何故かぼーっとしていた。その表情はまるで、何か信じられないことが起こったかのような……。
まあ、僕の気のせいか。
そして、人の合間を縫うように歩き、ようやく鳥居までついたその時、除夜の鐘の最後の一回が、街全体に響き渡った。
ごーん……という音は、打つ人の魂が込められていた。煩悩を完全に消し去り、新年のスタートを切るにふさわしい、心の底を揺らすようなたくましい響きだった。
その鐘が鳴り響くと、境内の方から、声が聞こえてきた。
「みなさーん!あけまして、おめでとうございまーす!」
その瞬間、わあっ、と人々に活気が宿る。新年に変わるタイミングの静けさが、まるで嘘のようだ。
そこで、手を繋いでいるいろはにくいくいっ、と腕を引っ張られる。
「あけましておめでとう、涼くん」
去年も一昨年も初詣には来なかった。去年で言えば、二人ともテレビの前で寝落ちしていたのだ。しかし今年は、来年こそは一緒に初詣に来ようね、と言ったいろはの願いを叶えることが出来た。
そのお陰なのか、心の底から幸せそうな笑顔を見せるいろは。僕はそれを見ると、なんだかちょっと背中が痒かった。
「こちらこそ、あけましておめでとうございます、いろは」
んふふ、といろはの朗らかな表情をみると、釣られて僕の頬も緩む。こんなにも素敵な笑顔を、新年の始まりに見ることが出来たのだから、きっと、今年も良い一年になるに違いないだろう。
新しい一年の始まりの日、雲一つない澄み切った空には、遥か彼方の星々が放つ、黄金色の輝きが宿っていた。
青春色の旅行譚 風舞人 @kazemaito_1208
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