こうきゅうほてる[2]
「ふぅ………」
極楽極楽〜っ!
(なんか体から一気に力が抜けてくなぁ……)
温泉ってすごい。
肩まで浸かると、すぐのぼせてしまって長くお湯に浸かれないので、僕は胸まで浸かってのんびり入る派だ。それで、時々温泉の端に書いてある、湯に入っている成分表とかその効能とかが載っている看板を眺めて、「リウマチに効くのか、僕は違うし関係ないか」「なにっ!?お肌もちもちすべすべだと!?いろはが喜びそうだなぁ」などと一人でレポーターの真似事をして、風呂を楽しむ。これが、僕のお風呂道なのだ。
「さて、一通り室内の風呂は入ったし……シメは露天風呂だなっ!」
室内の風呂は全てコンプし、体や頭を一通り洗ったら、最後は露天風呂でシメる。これは、僕のお風呂道においては非常に重要だ。
一般的に、大多数の露天風呂の湯温は外気温に左右されるため、室内風呂よりも低めの温度であることが多い。温度にして、大体室内風呂マイナス二度前後といったところか。そのため、最後に入るにはもってこいの風呂なのだ。
そして、僕は露天風呂へと足を踏み入れる。そして、直ぐに僕の目に止まったのは、木でできたある風呂だった。
「ほう、樽風呂か」
樽風呂とは、まあ名前の通り樽の形をした一人用の風呂のこと。胡座をかいて座ると、丁度成人男性なら胸のあたりまで浸かる様になっているのが一般的な大きさだ。
そして今回の樽風呂も、浸かると丁度僕の肩の少し下までお湯が来るものだ。一般的な僕と同世代の男子の身長を約170とすると、僕はそれよりも少し背が低い。それを考えると、丁度いいサイズに設計されていると分かる。
「ふぅ〜〜……」
そんな雑学的なもの(というかあくまでも僕個人の見解)は置いといて。
僕はとってもいい温度な樽風呂を堪能する。
――していた時だった。
ガラララ、という扉が開く音がして、少し経つと可愛らしい女の子の声が聞こえてきたのだ。
「はぁぁ〜〜、気持ちいぃ〜〜」
「………」
……妙に聞き覚えがある声だな。いやでもそっくりさんの可能性がある。
そう思っていると、今度はもう一人、女性……もといおばさまの声が聞こえてきた。
「はぁ、気持ちいいわねぇ。このヒノキの匂いがする樽風呂、とってもいいわね」
あ、女風呂も樽風呂なの。
……っていや今はそんな事どうでも良くて。
(そもそもなんで女風呂の声がここまで届く……?)
普通、たとえ開放型の露天風呂であったとしても、男女間で声や音が聞こえることは、殆どない。そもそもそういう設計がされているのが当たり前だったりするからだ。
(……っと、原因はあれか)
僕が見つけたのは、補修中の壁。どうやら腐食していたらしく、ぽっかりと穴が空いていた。申し訳程度のビニールテープが貼ってあるのみで、そりゃ幾ら防音の壁だったとしても意味がない。
……まあ、僕が何か独り言を大声で喋っていたわけでもないし、特にマズイことも何もないのだが、なんかよく分からないけど焦ってしまった。
僕はふぅ、と一呼吸して、再び樽風呂でくつろぎタイムに入る。
「そういえば貴女、ここまで一人で?」
「いえ、涼くん……幼馴染と二人で」
「あらまあ!……それで?その涼くんとは仲いいの?」
「えっと、その……。仲良し、って思って貰えてるのなら嬉しいです、ね」
「?……あら、喧嘩でもしちゃったの?」
「えっと、喧嘩じゃなくて……。その、涼くんに、私、話も聞かずに、一方的に涼くんにひどいこと言っちゃって……」
「あらあら……」
……なんだか深刻なお話をしているようだ。なんとなく聞いたらまずそうだし、僕はとっととトンズラしますか。よいしょっ――
ザパァ。
「………」
(う、動けん……!!)
くっそう、どうしたものか……。
(ん?でも待てよ、体がお湯の中に入っているのならば、僕が出た後にこの桶に残るお湯は僕の体積分少ないから、お湯が溢れることは無いのでは……!?)
そうだ。かのアルキメデスが実証していたじゃないか。先人の偉大なる発見を大事にするんだ、僕よ。
「わたし、怖いんです」
「なんか、最近になって、こう、なんていうか」
「……胸が、キュってなって、痛いんです」
……なんだって?胸が痛い?
……もしかしたら、心臓とかが悪いのかもしれない。尚更、外へ出て医者へ行くべきだ。
いろはは、昔から体が弱い。事あるごとに風邪をひき、流行りのインフルエンザもどこから貰ってくるのか、毎年ABコンプリートする。
病気に苦しんでいるいろははいつも辛そうで、看病している僕はいつも、体を入れ替えてあげたい、代わりにその負担を背負ってあげたい、と思うくらいだ。
更に、いろはは痩せ我慢するタイプだ。昔から彼女が「大丈夫だよ」って言った時に大丈夫だった試しがない。その事を僕は知ってるから、ささっと湯船から足を抜いて、音を立てない程度に早足で扉へ向かう。
「涼くんとの関係が崩れたら、私、一人ぼっちになっちゃう……」
「一人ぼっち?どうしてなの?よければ、理由を聞いてもいいかしら?」
思わず、足を動かす筋肉が止まってしまう。
「……私、友達、居ないんです」
「……なんとなく、そんな気がしたわ」
……いろはに友達が居ないのは、僕も初めて知った。でも、居なくても不思議じゃない。僕は、その理由を知っているから。
「それで、今唯一、安心して話せるのは、涼くんだけなんです」
「……よっぽど、大切なのね」
「はい。すごく、大切です」
……やばい、聞いててなんか全身がむず痒くなってきたな。蕁麻疹かな?
「嫌われて、ないかな」
「……心配なのは分かるわ。けれど、ワタクシからは一つだけ、自信をもって言えることがあるわ」
「それは……?」
「貴女がそこまで愛しているのなら、彼だって貴女の事を好きな筈よ?」
「……!?」
(ええええぇぇぇぇぇ!!!???)
なんでそうなったおば様!?
どういう理論を元にしたら、そんな事が言えるんだ!?
「あ、あの、さえこさん、あの、わたしと涼くんは、そっ、そんなんじゃなくて!おお幼なじみというか、その……」
「あーもう、分かり易いわねぇ、貴女は」
「〜〜〜〜っ!!!」
(…………)
……聞き間違い、か?
いや、おばさま(どうやらさえこさんという人らしい)は、そういう意味で言ってるよな……?
大体、僕と彼女は不釣合いだし、そもそもいろはには婚約者がいるとか本人が言ってた記憶がある。まさか恋人同士なんて、あり得ない。
(けど、長い付き合いだから、もう家族のようなもんだよな)
多分、いろはは幼馴染だけど、双子の様に仲がいい、って言おうとしてたんだろう。おばさまの茶々でテンパっちゃってるけど。
そして、ここまでいろはが喋れているし、声色もいつも通りだ。何か病気という事は多分ないだろう。
そう分かって安心したところで、僕は扉をあけて露天風呂を後にするのだった。
〜〜〜〜
「……貴女を見ていると、なんだかワタクシの若い頃を思い出すわねぇ」
「若い頃、ですか」
「ええ、そうよ」
そう言ってさえこさんは、夜空に浮かぶ光る砂つぶを眺めながら、話し始めた。
あれは、ワタクシが16の時かしら。
当時は、モントリオールでオリンピックがあったから、日本のみならず世界が沸いていた。そんな時代に、今の夫とは出会ったわ。
実は、その頃ワタクシは訳あって北九州にいてね、丁度その用が終わったから船と夜行列車で帰ろうとしたのよ。
そしたらね、その関門海峡を渡る船の船員が、ワタクシの幼少期にとても仲の良かったお隣の男の子だったのよ。凄い偶然よねぇ。
それで、その男の子とは夜寝る間も惜しんでお話ししたわ。あの日は寝てないかもしれないわね。
それでね、紆余曲折あってワタクシは船員として採用されて、働き始めたわ。それが17の時。そうよ、だから所謂高校には行ってないわね。
それで、ワタクシの初仕事の航海中に、その出来事は起こったわ。
人生初めての航海で、不安とプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも頑張って働いて、更に連日の船酔いが重なって、航海3日目には心身ともにクタクタだったのよ。
そして、そのまま一週間も経たないうちに限界はきたわ。突然、体が動かなくなってしまったの。仕方がないから、その日は一日休ませてもらった。
それで、ワタクシがベッドで寝込んでいると、一人の男の人が、暖かいココアを持って、看病に来てくれたのよ。
それが、そのお隣の男の子だったのよ。
聞けば、彼は真面目な働きぶりから、入社早々にして副船長に昇級してたらしいの。そんな彼が、一人船員が潰れたという話を聞いて、それは誰なのかと名前を聞いたら偶然にもワタクシだったから、船の仕事を放り出して、看病に来てくれた。今思えば既にこの時両想いだったのね。
それからというもの、同じ船で一生懸命働いて、休憩する時はいつも二人で休んで、そうね、寝る時以外は大抵いつも一緒にいたわ。
でもね、そこまで仲が良くても、お互いの気持ちには気付けずにいたのよ。気付いたのは、それから6年も後の話。夫の方から、プロポーズされて、ワタクシもやっと自分の想いに気付いたわ。
「ワタクシ達の時は、たまたま二人で入れたけど、……貴女達は、どうかわからないわ。ワタクシからアドバイス出来るのは、そのくらいかしらね」
「……」
……そっか、わたし、私、
涼くんのこと、―――――
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