青春色の旅行譚

風舞人

Prologue



「もー……、涼夜、また行くの?ついこないだも、行ったばかりじゃないの…。」

「…旅が僕を掴んで離さないんだ、許してくれ…」

「…はぁ?何訳のわからないこと言ってるのよ?」

涼夜と呼ばれた男、即ち僕と、エプロンを着けた如何にも主婦(実際主婦なのだが)の女性が、口論になりそうでなれていない、言い合いをしている。


そこに、場違いな程に可憐な、一人の少女が割って入った。

「…まあまあ、二人とも落ち着いて下さい!涼夜も、さっき二人でちゃんと話そうって決めたばかりじゃない、…ね?」

そう少女が言っただけで、二人とも引き下がる。

「…分かったよ、悪かった」

「うん」

少女は頷くと、屈託のない微笑みを僕に向けた。


「…それで、その『二人でちゃんと話す』、っていうのは何なの?何か事情でもあるのかしら?」

「私が説明しますね。…えっと、元々今回のは、私が行きたかったもので、涼夜は関係なかったんです。でも、一人は心配で…。それで、慣れている涼夜に誘いをかけたら、快く了承してくれた、という流れです」

「…それで?費用とかはどうするんだい、涼夜。…まさか、彼女が全額負担、なんてことじゃないでしょうね?」


「………」


そうその通りだよ母さん。全額負担だ。彼女が。


「……はぁ…、母さんはね、息子をそんな風に育てた覚えは無いんだけどねぇ」

「…何を言うんだ母さん、子供ってのは、親の知らないところでも成長するもんなんだぞ」

「だとしたらあんたのは成長じゃなくて退化かしらねぇ?」


やめて!息子のメンタルライフはもうゼロよ!


「ひでぇ」

「あのっ、ストップ!」

再び彼女の怒声(無茶苦茶可愛い)が飛んでくる。

殺気もない可愛ささえ感じる訴えだが、やはりそれだけで、二人の勢いは止まってしまう。


「…ごめん」

「…ごめんなさい、取り乱してしまったわ」


「分かってくれればいいんですっ」


少し膨れっ面の彼女。怒られているのに、彼女を見ていると、何故だかほっこりした気持ちになってしまう。


「…まあ、そういうことなので、半ば無理矢理ついて来させる様な形になった、せめてものお詫びという形で、費用は私が全額負担します」

「…いろはちゃん、お金は大丈夫なの?…貴方達若いから、その、色々お金がかかるんじゃない?」


すると、首を振ってチッチッチ…、違うんですねー…、と彼女、いろはは、

「私、お金ならありますのでっ」

と、自慢げに言った。


果たしてそれは自慢することなのだろうか。

それに、そのお金以外無いような言い方は、なんだか悲しい人に感じてしまう。


…あー、そう思った瞬間にそう見えてきた。ふすーっ、と胸を張る彼女が実に哀れである。


……あーっ、何を考えてるんだ僕!今議題は別の所だろ!

と、頭を軽く振って雑念を落として、再び母さんと向き合う。


「そういう訳で母さん、改めて行ってくる」

「…あら?許可した覚えは無いのだけれど」

チッ…。

流れで行けると思ったんだけどなぁ。


すると、母さんは、半ば諦めた様な表情で、こう言った。

「……まあいいわ。もうお互い納得済み、ましてや引く気はなさそうだしね。行くなら気をつけて行ってらっしゃいね。…それと涼夜、くれぐれも、いろはちゃんに変な事がないようにね?」

「わあ、ありがとうございますっ!サチおばさん!」

「ありがとう、母さん」

「…はいはい、準備はしっかりしときなさいね」


こうして滞りなく(大嘘)、旅行の許可が下りたのであった。


そして次の日。


「「行ってきます!」」

「行ってらっしゃい、二人とも気をつけてね」

「「はーい」」


母親は一人、歩いて行く二人の後ろ姿を見つめて、感慨深そうに、呟く。

「…二人とも、大きくなったねぇ…。」


いつも暮らしている僕らの家を背にして、僕らは歩みを進める。

「まずは最寄駅に、レッツゴーだよ!」

「おー!」


何度も行った筈の旅。けれど、まるで初めて海を見た子供みたく、うずうずして、止められなくて、身体が勝手に走り出す。


そして、僕らの旅が、始まる。


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