第7話流れ着いたらとりあえず旅をしました(近所だけど)
異形の化け
刑部凛を除いて、集団はほぼ同一の装備をしている。
手にはアサルトライフル。防護服は男女の身体のラインの差を消すほど分厚い装甲を纏っている。
それでも集団が男女混合であることを判断できるのは、首から上のシルエットまでは均一にできていないからだ。
これによって、集団は男女で構成されていることがわかるし、比率としては男:女=7:3と言ったところだろう。
刑部凛は、
この集団が《OPPOSE》である可能性は高い。
今のところ連中は倒れた刑部の救護と戦闘が起きた現場の調査の二つに分かれている。
そこに、《Hazard》が率いる《Second》を撃退した鐘吉と女はいない。
その場から離れていたのだ。
☆ ☆ ☆
鐘吉と女は、先ほど戦闘を行った場所からさほど遠くない河川敷の橋の下に来ていた。
先を走っていたのは女だ。
薄暗く、真上にある橋からはもちろん、周りの道からも見えないところへ辿り着くと彼女は立ち止まり、壁にもたれかかった。
刑部と言う男が名乗った瞬間走り出した彼女をわけもわからず追いかけた鐘吉は、肩で息を切らしながら女に問う。
「なんでいきなり走るんだよ」
鐘吉にはなんとなくだが、女の背中は逃げるために走っているように見えたが、あえてその言葉は使わないようにした。
気まずいことが出てきても困るしな。
実は組織から逃げているとか言われたらどうすればいいかわからない。
もし、そうだとすれば、鐘吉はわずかに考える。
突き出すだろうな。
今までの日常は壊されたくない。
もし匿えばそれだけ日常に様々な厄介が降りかかってくるはずだ。
鐘吉にとって、それだけは守りたい最低事項だ。
女は鐘吉よりも長い時間息を切らしながら、しかし、落ち着いたところで返答を口にする。
「わからない」
それは、答えになっていない答えだ。
「わからないって。大体あんたは何なんだ。いきなり炎は出すし、これだって」
鐘吉はポケットからスマートフォンを取りだし突き付ける。
いつの間にか戦闘中発していた光は失い、手の中にあるのはいつものスマホだ。
「成り行きで戦ったが意味わかんねえよ!あれもお前の仕業だろ。どうなってんだ」
女は鐘吉の持つスマホを一瞥。
「わからないわ」
また、わからないだ。
壁に架けていた背中をそのままズルズルと引きずって、やがてその場に座る。
ただ、と続ける。
「なんとなく、やらなきゃって思ったのよ。やり方は、わかったから」
☆ ☆ ☆
いつの間にかそうだった。
一体いつからを指して「いつの間にか」なのかも不明だが、とにかく自分でもよく分からないうちに《Hazard》や《Second》を倒さなくてはいけないという義務感と、それを果たすための方法が己の中に目覚めていた。
あの力も……。
少年に授けた力、ゲームを現実に発現させたあの力も、いつの間にか自分の中で方法が確立していたものだ。
めちゃくちゃ疲れたけど。
炎を連続で出して戦っているよりも、少年に力を授けていた時のほうが所謂体力の消費は激しかったように思う。
そして今だ。
自分でもわけがわからないまま走ったのもあるが、とうに体力は尽きているし、地面にへたり込んだことで気力も尽きた。
これは、わかる。
自分は落ちる寸前の状態だ。
その前に少年に言わなくてはいけないことがある。
「ありがとう」
何驚いた顔しているのよ。失礼ね。
いくらわからないことが多いからって、感謝ぐらいは持ち合わせている。
己が果たすべき義務を目の前の少年は手伝ってくれたのだ。
その行為に疑問こそ抱くかもしれないが、感謝しない理由はない。
そして、
「ごめんなさい」
なにもう一回驚いた顔しているのよ失礼ね。
もしかして己惚れている?
俺は当然のことをしたまでで、感謝や謝罪は期待もしていなかったしされる覚えがないって。
だとすればそれは間違いだ。
あなたは、戦う必要なんてなかったのだから。
「だから、もう私のことは放っておいて──」
最後まで言葉を発せたのだろうか。
疑問に、己の声は耳に届かず、答えてくれなかった。
☆ ☆ ☆
気が付けば、刑部凛は寝かされていた。
眼を開け、視界はぼんやりと薄いモヤがかかっているが、見上げる天井にはすぐ思い当たった。
ああ、車の中か。
自分が寝かされているのは、自分たちが乗ってきたワゴン車のシート。
後部座席三列を倒せば簡易的なベッドになるそれに、清潔なシーツを敷けば応急処置も可能だ。
「倒れた私は要救護者というわけか」
とりあえず起き上がろうと手を床につけると、少し粒のたった毛並みのような感触が来た。
《OPPOSE》に配備されている車両のほとんどは初期投資切り詰めの影響を受けている。
もちろん、最高速度や外部からの攻撃に対してなど《Hazard》に対処・抵抗するための機能などについては相応のチューンがなされている。
しかし、《Hazard》に立ち向かっていくにあたってあまり必要性が無い部分、快適さは切り捨てられているものが多い。
乗り心地としてすぐわかるのは座席の質の悪さだ。慣れていないと酔い止めは必須。
刑部は起き上がることを止めて、その質の悪い毛並みを撫でる。
寝転がっていても背中に粒がわかる。
手で撫でればなおさらだ。
最近慣れを通り越して快感を覚えるまであるな……。だが、しかし──。
自分が寝かされているところにシーツは無い。敷かれていない。
直に、そこに置かれていた。
「ふっ……、まだ私に働けと言うことか……」
「そうですよー、早く起きないと今日サボりということにしますからね」
「ああ、沢渡さんか……」
彼女がドアを開けて、上半身だけ身体を入れてこちらを覗いている。
「どうだったかね、そちらの方は」
沢渡は首を横に振った。
「駄目です。今回も、消えた人を憶えている人はいませんでした……」
そうか、と刑部は手を身体の周辺に這わせ、何かを掴む動作を始める。
あった、と手に取ったのはネクタイだ。首を締めないよう誰かが外してくれていたのだろう。同じようにシャツのボタンも全て外れている。
まずはシャツのボタンに手をかけながら、
「消えた人は忘れ去られ、しかし建物などの非生物は破壊されても憶えている。その違いは一体なんなのか」
「命があるかどうか、ではないんですか?私たちはそう解釈していましたが」
「そう、私たちも最初はそう結論した。だが、それでは説明できないことがある。
なぜ、忘れられた人の記録まで消える?」
ボタンを全て留め、ネクタイを締める作業に移る。
「人が消えるのは“今”だ。過去ではない。その証拠に子孫は残っている」
「ええ、今日も子どもが一人、母親だけを忘れていました」
「そう、それだ。残された子どもが、消えた人間がいることを証明している。しかし、記録は残らない。出生記録も、例えば今日君が出会ったその子どもの父親の婚姻記録を見たとしても、母親に該当する人物は書かれていないし、父親と結婚したとされる女性もいない」
「だけど、母親はいたはずだから記録に無いだけ……」
「そう、ここで君たちとの解釈にズレが生じる。命あるものだけに《Hazard》共は影響を与えるとすれば、記録にまで及んだ影響は説明がつかない。
生命の無いモノにも影響を与えるとしても、そうではないものもある
別の物言いをすれば《Hazard》の被害には例外が生じている可能性がある」
その例外は一体どのような条件で発生するのか。また、
「そもそも例外など起きていない可能性もある」
《Hazard》に壊され、それでも人類の記憶に残っていること自体が間違いである可能性だ。
《Hazard》が破壊し奪ったものは人々の記憶からも消え、世界から跡形もなく消え失せる。
ならば、奪われ、消えたという事象を一体誰が証明できるのだろうか。
あの化け物たちに壊されても残っていると言うのは何かの勘違いで、その一例に関して化け物は関わっていない可能性も大いにあり得る。そうすれば、人類が壊された建造物に付いて覚えていることにも説明が付く。
「堂々巡りだ」
誰の記憶、どの記録からも消え、この世界に存在していた証拠が何一つ無くなるのだ。亡くなったものに対し考えを巡らせても予想の範囲を超えることはできず、また、同じ問いの繰り返しになる。
だからと言って、ただ頭を無意味に回しているわけにもいかない。いつかは予想の範囲を越えなければいけない。
そのために必要なのが決定打となる証拠であり、それを見つけ出すのが沢渡の仕事であった。
「刑部さん」
沢渡が口を開く。
「次からは私も同行させてください」
「覚悟は決まったかね?」
問いに、沢渡は目を伏せた。
彼女が瞼の裏に思い浮かべているものは先ほど出会った少年か。
それともその後ろにいた二人組の男女か。
それとも──。
「はい。この世界にも、私が戦う理由が見つかりましたから」
ただ刑部にわかるとすれば、自分たちの世界と彼女の故郷に通じるものを感じたのだろうとそれだけだった。
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