第6話燃焼気分

 炎の壁を地面から出現させ、今日一日だけで何度か命を救ってくれた女が言った。

 ゲームで人類を脅かす《Hazard》と《Second》を倒せないか、と。

 そんなバカげた話、そう簡単に同意することなどできない。

 授業中考える妄想みたいなものだ。

 不思議な力が自分にあったら。

 世界は何者かにひん死に追いやられていて、しかし自分に世界を救う力があったら。

 女の疑問はそれらに近い。

 現実的ではない。 

 だが、現実的ではないことを、鐘吉は既に何度か目にしている。

 アスファルトを突き破り、《Second》共を焼き殺した光景を。

 それこそ自分が女に助けられたのとほぼ同じ回数だ。

 女の言葉を否定すれば、それはそのまま自分がいま生きていることをも否定することになる。

 ならば、信じよう。

 手に持つスマートフォンは依然として光を放出している。

「それで。できそうなの?」

「知らねえよ!」

 鐘吉はスマートフォンのホームボタンを押し、表示される認証画面へ素早くパスコードをタップ。



 0616.

 


 特に意味も無く設定された数字。

 だが、毎日毎日何千何百、生まれてから朝目覚めた回数に追いつくぐらい打ち込んできた数字だ。指が覚えている。

 打ち込んだ。

 認証画面が上へスライドし、消える。

 代わりに現れるのはホーム画面。

 そこに並んでいるのは鐘吉が厳選したアプリたちだ。

 ブラウザ起動アイコン。

 SNSアプリ各種。

 電卓、アラーム。

 その中で、鐘吉にとって一番押しやすい位置にあるアプリアイコンをタッチ。

 指が覚えている位置だ。

 画面を観ずとも正確に押せる。

 押して、画面がアプリ起動に切り替わる。

 起動したアプリは《Defenzard》。

 タワーディフェンスを主としたシミュレーションゲームだ。

 暗転した画面にまず現れるのは制作・開発会社のロゴ。

 鐘吉はこのロゴと次に始まるオープニングムービーをタップすることでスキップさせる。

 そうすることで本来なら、ゲーム内ニュースやイベント状況などを知らせるホーム画面が表示されるのだが。

「あれ?」

 しかし、画面には何も表示されていない。

 アプリ起動時に観られるような、画面が映しだす黒とは違う、完全に機能が停止した黒が鐘吉の顔を鏡のように映している。

 電源ボタンを押しても反応しない。

 まさかここで処理落ちか。

「顔を上げて」

 女が言った。

 その声は何も、スマートフォンが反応を示さなくなり落ち込んだ鐘吉を励ますためではない。

 顔を上げた視線の先に、女が仕掛けた魔法があるからだ。

 それをただ見ろと、女は言った。

 そして鐘吉は見た。

 自分の顔を映すスマートフォンから顔を上げ、己と女を取り囲む炎の壁との間に広がるグラフや数値、さらには操作盤。全てはスマホの画面をそのまま宙に投影したかのように平面だ。初めて見る光景が広がっている。

 一見して、それらが何を動かすためなのか判別することは難しい。

 鐘吉も宙に浮いて広がるそれらが何であるか気づくことができなかった。

 しかし、女との会話で答は示唆されていて、気づく。

「Defenzard……!」

よく見れば、投影されているアイコンやグラフはゲーム内でよく見ているものと酷似している。

「そう、あなたが子供にやらせていたものを参考にさせてもらったわ。

 そこに浮いているもの──面倒くさいから纏めてコンソールと呼ぶわね──の使い方は、」

「いい、大体わかった」

 鐘吉は女の説明を遮り、コンソールと呼ばれることになった各種操作盤やグラフに手を伸ばした。

 宙に浮いた平面たち。

 常識で考えれば触れることはできない。

 現代日本に生きる彼にとって、空間へ投影する技術は確立されつつも、触れることはまだまだ実現されていない。

 しかし、映画やアニメ、SF世界の住人がごく自然と使っているのを幼少のころから見てきた。

 だからこそ予想はつく。

 予想の結果は指に吸い付いてくる感触が証明する。

 触れられた。

 指で各種コンソールを動かし、結果の証明を繰り返す。

 操作系は手元に。

 ユニットを生産するためのエーテル、各種資源の在庫管理系コンソールはやや見上げる位置に配置。

「準備はいい?壁を消すけど」

「おう」

 と、返事してから気づく。

 あ、これ、壁が消えたらいきなりご対面じゃなかろうか。

 戦う術は理解した。

 だが、理解しているからこそ事実の危険性も、またわかる。

 今から自分が行う戦いは距離が必要な戦いだ。

 相手と己とで、ある程度の距離があって、初めて自分は戦える。

 しかし、壁の向こう側に敵が待ち構えているとしたら。

 距離にして一メートルもないところで出くわすことになる。

「ちょ、ちょっと待て!」

 鐘吉の制止は、女に追いつかなかった。

 女は杖を地面から離していた。

 二人を囲んでいた炎の壁が消える。

 わずかに残った熱が見せる蜃気楼の向こう側に、《Hazard》と大量の《Second》がいる。

 距離にして数十センチ。

 目と鼻の先。

「うおぉぉぉ!」

 と驚愕と気合を混ぜた雄叫びを上げ、鐘吉は二つのアイコンをタッチし、TowerDefense系ゲームの要となるユニットを生産していく。

 一つは小型戦車。

 威力は低いが、小回りが利き、なにより生産エーテルの消費が少ない。

 もう一つは固定機銃。

 選択した理由は機動力を除いて、ほとんど小型戦車と同じだ。

 生産数は小型戦車が一台。固定機関銃が四門。

 選択したのち、配置する位置を求めるコンソールが五つポップアップしてくる。

 固定機関銃四門のうち、二つは向かいあっている《Second》たちを横から挟むように。もう二門は己の横に配置。

 小型戦車は己の眼前、つまり《Second》に砲門を突きつけるかたちで置いた。

 使用可能な残りエーテルを示す棒線が一気に減った。

 ここまでの処理を壁が消えてから一瞬で済ます。

 そして、次からも一瞬だ。

 固定機関銃全てのセーフティを解除。

「発射……!」

 機関銃のばら撒いていく音が鳴りだす。

 小気味よい音と共にばら撒かれていく銃弾たちが《Second》の集団を挟撃する。

 的そのものである集団にとって、横と前方から襲ってくる攻撃はほぼ無傷での回避は不可能だ。

 固定機関銃近くにいた《Second》はもちろん、中心部に近い位置で構えていた個体も、逃げようにも、しかしすぐに集団から脱せるわけでは無い。

 攻撃の方向を把握しつつ、さらに攻撃から逃れる方向へ行こうにも進行方向に同種がいて動けない。

 結果、《Second》の集団の六割を削ることができた。

 残り四割は、固定機関銃が置かれていない方向──《Second》にとって後方──へ逃げ、さらに鐘吉横の固定機関銃の死角、鐘吉の真正面へ固まることで逃れている。

 だが、鐘吉の真正面と言うことは、小型戦車前方の位置でもある。

 砲門はやはり、前を向いたままだ。

《Defenzard》の小型戦車が発射可能な弾種は威力の低いものばかりだ。

 特に、この場でそれなりに威力の高い弾を選択しようにも、残りエーテルを鑑みると数発しか撃てない。

 外すリスクを考えれば、避けたいところではある。

 しかし、鐘吉は一番威力の高い弾を選択する。

 一発の威力は高く、目標に当たれば爆発し、周囲を巻き込むのが特徴だ。

 当然、消費するエーテルはそれなりに多量。

 鐘吉は消費を省みなかった。

 三発補給。

 残りエーテルから見れば約九割か……。

 残量を示すバーがグッと減っていく。

 戦闘区域を平面で表した簡易マップには敵が赤○マーカーで表示されている。

 集団一団につき一個ではなく、一体につき一個の○があてがわれていた。

 固定機銃の射程から逃れたのを察したのだろう、《Second》の集団は左右に広がりつつ、それもあって数は簡単に数えられる。

 全部で十六。

 一発で五~六体は倒していきたい計算だ。

 いけるだろ。

 自信だ。自信がある。別に計算通り倒さなくとも、全滅させられる自信が。

 鐘吉は己の手元にコンソールを一つポップアップさせる。

 コンソール画面は三つの要素で構成されている。

 一つは小型戦車の耐久値、残弾数、燃料、残り起動時間などを表したグラフ。

 二つ目は小型戦車の砲門から弾を発射させるためのトリガー。

 三つめは、大きく、およそ画面の六割を占める構成で小型戦車からの視点がフレームの中に表示されている。

 視点はフレームをフリックすることで動き、同時に砲門も同じ幅で移動しており、常にフレームの中心に向かって水平に伸びている。

 鐘吉は知っている。

 《Defenzard》において、この戦車の射程距離は短いのだと。

 そして、《Second》たちは鐘吉から離れるようにして逃げている。

 射程距離を越えてはいないが、数十秒もあれば可能な距離でもある。

 ゆえに撃った。

 狙いは敵集団の中心──ではなく、

「右?」

 女の疑問を鐘吉は無視。

 命中。

 三体撃破。

 次に狙うのは、

「左?」

 四体撃破。

 残りの九体は、

「ああ、なるほど」

 左右にいた同種が、後ろから飛んできた兵器にやられた《Second》たちの動きは遅くなっていた。

 射程距離には未だ届き、時間も稼がれた。

☆   ☆  ☆

「密度が増したのね」

 見れば、左右の同種がやられた《Second》たちは中央に固まりつつある。

 集団の密度が増したことにより、明らかに行動が遅緩した。

 先ほどの開幕固定機銃が成功したことと、要素は共通している。

「あれも、集団だったことで逃げるのが遅くなったもの」

 左右と前方からの斉射に、三面それぞれの外の近くにいた《Second》はもちろん、中央もまた状況把握が遅れ、逃げることができていなかった。

 まあ、あの化け物たちにどこまで考える脳があるのか不明だけど。

 それでも、生物として危機から逃げようとするのは自然なことだ。生存本能を発揮していると言えるかもしれない。

 実際、集団で固まろうとしているのは知恵ではなく、弾が飛来してきていない場所を求めての生存本能だろう。

 小型戦車の砲門が固まりを完成した《Second》九体の方を向く。

「これが狙いね」

 散り散りになりかけていた的を中央に固めた。

 固定機銃とは違う、重たい音が小型戦車から響く。

 弾はまっすぐ飛び、狙いを的中させた。

 結果は、爆発だ。

☆    ☆  ☆

 爆発の後。

 広がる《Second》たちの死体を鐘吉と女は見ていた。

 特に鐘吉の目の前、足元とも言える位置には十数体もの死体が転がっている。

 足元の死体全てには穴が空いており、そこから血も流れている。

 鐘吉のつま先は血の池にわずかに浸かっている

 己が作った池だ。

 靴下に湿り気が来るのと、臭いが鼻孔に到達するのは同時であった。

「うっ──!」

 胃の中の物が逆流しようとしたとその時、

「大丈夫かね、君たち!」

 凛とした声が鐘吉の吐き気を止めた。

「対Hazard組織OPPOSE局長、刑部凛が来たからには安心したまえ……って血ぃぃぃ!」

 ぃの音が絞られるのと同時に、刑部凛と名乗ったその男は顔をどんどん青くしていき最終的に、

「ああ、局長がぶっ倒れた──!」

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