第11話ジプシー・クイーン

 鐘吉は空から落ちてきた男が愛に何かを手渡すのを見た。

 何を手渡したかは男の背中で見えなかったが、愛の「返して」から彼女のものだとわかる。

「そこの少年」

 男が鐘吉のほうに振り向きバットを向ける。

「なんだよ」

「ここからは私たちの仕事だ」

 そう言うと男は愛の手を掴み、振り回す要領で鐘吉にパスする。

「おっと」

「きゃっ」

 投げられた勢いを消すことができず、愛はそのまま鐘吉のほうに突っ込み、また、その勢いに対応できなかった鐘吉は、結果として彼女を受け止めるかたちになった。しかし、

「ちょっと何転んでるのよ」

「そうだぞ少年。受け止めるならば最後までしっかりと、だ。もしくはそのまま倒れるのはベッドの上だけにしたまえ」

「なっ」

 普段の生活ではあまり聞かないタイプの冗談に、言い返すことができない鐘吉から男は背を向ける。

「さあ、始めようか」

☆    ☆  ☆

 男の宣言に呼応して、装甲服に身を包んだ人間たちがフロアに雪崩れ込んでくる。

 その中の一人が近づいていき、

「刑部さん。周辺の避難は完了しました。……ただ、」

 鐘吉と愛に目を向け、

「女性が一人、一緒に来ている家族が見当たらない、と……」

「ああ、それは彼らだろうね」

 刑部は頷き、

「Hazardによって消されていたのならば、覚えていないだろう」

 あの二人以外に、まだ避難が完了していない人間がいるとは考えなかった。

 避難が完了しているという報告を受けた以上、それ以外の結果はあり得ない。確信できるだけの信頼が己の部下たちにあるのもそうだが、それ以上に、

「この場の確認は済んでいるのだろう?沢渡さん」

 呼びかけに、インカムを通して返事が来る。

『そうですよー。その調子だと現場はスプラッターじゃないみたいですね』

「いや、けっこうギリギリだよ」

☆    ☆  ☆

「ホントですねー。この前より比較的マシってだけで」

愛は鐘吉の背後から、聞き覚えのある女の声を聞いた。

 姿を確認しようにも、今は鐘吉の腕の中。肩越しに彼の背後を見ようにも、上手く体を起こせない。と言うか、意外にしっかりと抱きとめられた。力が強いのではなく、体をホールドする腕の位置が絶妙だ。抜け出せない。

 なので、腰を下ろすと言うよりも、寝かせられているに近い状態で声の主が誰であったか思い出してみる。

 はっきりとでは無いが、自分と間違いなく関わりを持っていた人物。

 なにぶん、記憶は数日分しかない。自分が知っている人間などそう多くないはずだ。

 それも女性となれば、かなり絞られる。

 それが誰であったか、先に思い出したのは鐘吉だった。

「病院のだ」

「あ……」

 そうだ。病院だ。

 鐘吉と初めて出会ったあの日。

 幼い少年を連れ、【Hazard】から逃げた先で連れていかれた病院で出会ったのだ。

 あの時、自分は【Hazard】の気配を感じ、ろくに会話をしないまま病院を出たが、確かに二言三言以上の言葉で声を聞いた。

 古くに聞き覚えがあると感じたのは、それだけ鐘吉や小町との生活が濃密な時間だったと言うことだろう。

 足音が近づき、沢渡と呼ばれていた女が自分と鐘吉の横に来た。

「あなたは」

 やはり、病院で見た顔がそこにあった。

「久しぶりですねー。元気でした?」

 背は高くない。

 ほぼ寝ている自分と近い距離の顔には笑みがある。

「この状況見てどう思う?」

「元気そうで何よりです。やはり、そう言う関係は大事ですからねー」

「待って」

 何か勘違いされた。そんな気がする。

「いやいや、元気が過ぎますよー。見てください、この現場」

 勘違いは、勘違いだった。

 沢渡が示すのは鐘吉と愛による、【Hazard】との戦闘の途中経過だ。

 【Hazard】及びその手下とされる【Second】が二足歩行で移動していると言っても、見た目は人間から程遠い。個体によっては鋼鉄のようなものを身に纏い、一見して生物として捉えられないものもいる。

しかし、だ。

 しかし、【Hazard】は生物なのだ。

 その事実に鐘吉たちは一度直面しかけた。

 その時は愛が何かに衝き動かされるようにして、その場を離れたが。

 正直、今だってこの場を離れたいと。そういう思いもある。だけど、

「見なきゃダメですよー。自分たちが何をしたか。そして、結果、どうなっているか」

「それは……」

 自分たちは人間を襲う【Hazard】を倒している。

 自信の力のみならば炎を使い、燃やして。

 鐘吉に力を託したならば、銃火器を出現させ、蹂躙するように。

 その二つを行った結果が二種類、眼前に転がっている。

 焼き焦げた死体と。

 身体に穴が開き、手足は千切れ、血を流す死体。

 愛は無意識のうちに鐘吉の袖を掴んでいた。

 取り返しのつかない結果がそこにある。

「おい、」

 と彼が言った。

「黙って見とけって言うのかよ」

 言葉には熱がこもっている。

 さっき、カフェで休んでいたとき、喧嘩になりかけた。

 あの時の彼の声と、今のものは違う。

「だいたい、あんたらが来るの遅いから俺たちがやってやったんだろ」

「……一理ありますねー」

「だったら俺たちがやったことに口出しすんな」

 吐き捨てた彼の顔は、逆光でよく見えない。

 否、上を向いていて、下からではよく見えないのだ。

 実のところ、彼は見栄を張っただけかもしれない。

 自分の頬は冷たく、血の気が引いているのがわかる。

 沢渡の言う、目の前の結果から長く続く、眠れぬ夜に襲ってくる恐怖を感じた。

 今は夕方なのに。

 彼の顔が邪魔する空はオレンジ色なのに。

 場違いな恐怖が襲い掛かってきていた。

 鐘吉の言葉でそんな恐怖が、戻ってきた血の気とは反対に去っていった。

 足にも力が入る。

 彼の袖から手を離した。

 立ち上がる。

 背は自分のほうが高い。

 沢渡を見下ろす形になる。

「開き直りますか?」

「その通りよ。私たちがやったことは間違いじゃないはずだわ」

 視線がぶつかる。

 愛と沢渡、二人の目は細く開かれているが、種類が違う。

 愛は対抗を示し。

 沢渡は笑みを浮かべている。

 この沢渡という女は、何が言いたいのか。

「逆に訊かせて。あなたはいったい、何しに来たのか」

「もちろん、【Hazard】を駆除しに。あなたと一緒ですよ」

 私の思い込みで無ければ、と付け加えて。

「含みのある言い方ね」

「あなたが気づいていないだけです」

 それは肯定だった。

 やはり目の前にいる女の言動には、表面以上の意味がある。

 裏に何を隠しているのか。

 知りたいが教えてはくれないだろう。

 最初は人を惹きつける笑みだと思った沢渡の表情も、今ではこちらの反応を楽しんでいるように見える。おちょくっているとも言えるかもしれない。

「おおい、」

 と、愛と沢渡の間を声が割って入った。

「そろそろ力をくれないかな?沢渡さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Defenzard 白夏緑自 @kinpatu-osi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ