第10話PinchフロムHeat

 姉の小町の買い物を待っている間に立ち寄った喫茶店で気まずい時間を過ごしていると、カップを揺れ、その犯人が爆発音だと気づき、その発生源へ向かう。

 場所はすぐにわかった。

 ショッピングモールの全体像が円状。

 その中心は吹き抜けの広場になっている。

 そこに、爆発音の犯人はいた──あった。

 屋台の一つが燃えている。調理のために使っていたガスが爆発したのだろう。鐘吉たちのいる二階にも匂いが昇ってきていた。

「おい、あいつ」

 人の源流にそいつはいた。

 硬化した筋肉の鎧を身に纏った二足歩行の化けHazard。さらに、その手下とされる《Second》。

 二人は階段を使って広場へと。

「初対面、ということじゃなさそうね」

「そうか?」

 数多くの《Second》の奥にたたずむ《Hazard》の姿は、数日前、愛と出会った日に戦闘した個体とよく似ていた。

「それかただのそっくりさん?」

「わかんねえよ」

 突き放したわけでは無く、鐘吉には《Hazard》の区別などつけようがなかった。

 種類として何種類かいるらしいが、社会問題に熱心でもない鐘吉はニュースなどでその識別を学んでこなかった。

 人類を脅かす化け物についてその程度の認識なのか、と愛に批判されそうでもあるが、実際問題、多くの人類にとってどんな《Hazard》や《Second》だろうが、危険なことに差が無いのだ。身を守る方法として原則、見たら、逃げて、すぐに然るべき機関に通報する。それさえ覚えておけばいい。

 愛に出会うまでの鐘吉なら原則に則った行動をしていただろう。今でもそうするべきだと思う。

 だが、

「鐘吉、スマホ出して」

「おう」

「やるわよ」

 愛はやる気だ。 

 さっき買い物した紙袋を腕に引っ提げ、どこから取りだしたか謎の杖を構えた彼女は鐘吉がスマートフォンを取りだすのを待っている。

 もし、ここで自分が戦う意志を示さなかったとしても、彼女は先日のように一人で立ち向かっていくだろうし、調子よく敵を燃やしていたら最後は足元をすくわれてやられるのがオチなのも何となくだが目に見えている。

 そういう危うさが彼女にはある。

 ほっておけない。

 それぐらいの関係性をたった数日の間に、鐘吉は愛と持っていた。……一方的である可能性は多いにしてあるので、ここは鐘吉が愛に抱いている、が正しい表現かもしれない。

 とにかく、彼には自分だけ背を向けて逃げると言う選択肢は無かったし、あったとしても迷わず捨てている。

 愛の前に出て、スマートフォンを取りだす。

 喫茶店で沈黙の間少し弄っていたが、充電はまだ八十パーセント以上残っている。

 パスコードを打ち込み、ホーム画面へ。

 そのまま《Defenzard》を起動。

「おぉ……」

 鐘吉の一メートル先に、身体に並行するように地面に光の線が走り、数々のコンソールやモニターが宙へ放出され、展開していく。

 初めてのときは何が何だかわからず、意識してみることができなかったが、二回目となる今回はそれができる。光の線は防衛ラインだろう。これを越えられると、敗北へ一歩前進となる。

自然とこの現象にも感想が生まれる。

「かっけえな……」

 まさしくSF世界のそれだ。

「嬉しいけど、浸っている時間はくれないみたいよ」

 敵は宙に展開されたコンソール群にたじろぎつつも、操っている鐘吉たちを危険対象と認識してか進撃を開始した。

 前回……初めて戦闘を行ったときに比べ、敵との距離が空いている。それはつまり、

「フィールドが広い」

 空間は、前回の街中のほうが開けている。

 そうだとしても、今回のほうが戦闘を展開できるエリアは広いのだ。

 理由としては敵との距離だ。

 開始直後、というより開始する直前から敵が眼前にいる状態では取れる選択肢と、ユニット(兵器)を配置するべきまたは配置できる場所が限られてくる。

 愛が創りだしたこの《Hazard》への対抗手段が、タワーディフェンスゲーム《Defenzard》をモデルとしているなら、敗北への一段階として、防衛線の突破がある。

「いきなりその手前にポップはなあ……」

 ゲーム脳で考えれば鬼畜使用。

 突然湧いて出てきた敵に則したユニットを配置するのは、可能だが難しい。

 例えば、戦闘が中盤を終えようとしたときに防衛線の一歩手前でポップされたとしたら。

 大体の流れとして、中盤までに盤面は揃えているのだ。 

 敵の傾向に沿ったユニットと適切な補給の配置。

 それが完了すれば、あとは眺めるだけだ。

 鬼畜ポップが起きない限りは。

 傾向から外れたエネミーが、防衛ライン直前に突如として現れたら、整えた盤面は通用するのか。

 それはとても局地的な課題だ。

 力業が通じる相手ならば、それで解決だ。

 高火力の砲で粉砕すればいい。

 しかし、その敵が特殊なユニットでしか除去できないタイプであれば、その力業も通用しない。適切なユニットの配置が求められる。

 ただ置けばいいというわけではない。

 新たにユニットを配置することは、整えた盤面を崩すことと同義であり、既に置いていたユニットを取り除くかなければいけないことを鑑みれば、判断するための思考のルートはいくつかの迂回ポイントを通らなくてはならない。

 さらには当然、場所が場所なだけにミスは許されない。

 ミスをすれば、それはそのまま防衛ラインの突破に繋がり、敗北への一段を上るのだから。

 その一段に足をかけて、しかし登らずに済んだのが前回だ。

 前回は戦闘開始直後だったため、捨てる選択をせずに済んだことと、同時に使える資源(エーテル)にも限度があったため取れる選択肢が少なかった。少ないがゆえに、間違いを犯さなかった。幸運だったのだ。

 そのフィールドが狭く、最序盤であるがゆえに掴んだ幸運は落ちていない。

 今回は取れる選択肢が多い。

「考えなきゃいけないことが多い……」

 まずは敵を観察する。

 姿かたちは前回とほぼ同じだ。

 突然空を飛んだりはしないだろう。

 怖いのはスピードだが、地に足をつけて移動することに違いはない。

 上空など、三次元的な戦闘は想定しなくていい。

「とりあえず」

 コンソールを操作し、小型の固定機関銃を二つ設置する。

 追尾と射撃をオートに。

 位置は敵を挟むために、隊列の両サイドに。

 基本の形。

 このように敵を己の攻撃ユニットで挟み込み、逃場を無くして削り取っていくのが鐘吉の基本戦略となる。

 戦略を確実に完成させるために行うのが戦術だ。

 挟撃という戦略を確実に完成させるため、鐘吉は戦術を立案し、遂行させていく。

 最初に設置した機銃から放たれる鉛弾が《Second》の足を止め、進行を遅らせ、そこから資源が貯まりしだいユニットを配置していけばいいと、戦略構想がそのまま戦術構想になり果てているが、《Defenzard》ではその基本さえ抑えておけば彼我の戦力差に圧倒的なものがない限り勝つことができ、それを実行してきた。

 だが当然とでも言うべきか、《Second》は回避行動を取る。

 射線に侵入していない《Second》から、機銃の外側へ回り込もうとしたのだ。

「え、マジ……?」

 次に鐘吉の口から発せられる言葉に、今度は愛が驚いた表情を見せる。

「一直線に来るんじゃないのか……?」

 これまで人類は《Hazard》と《Second》に対し意思疎通のコンタクトを得たことがないが、生き物であることは間違いなく、それゆえに危険から逃れようとするのは必然だろう。この行動も原理則っているものだ。《Hazard》と《Second》に対して鐘吉以上に理解が少ない愛ですら、《Second》の回避行動は当然のものとして認識できる。

「当たり前でしょ!何考えてるのよ」

「敵は一直線に進むものだろ……」

「はあ?誰が決めたのよそれ」

「誰って、そりゃあ……」

 いない。

 そのルールを創ったものなどいないのだ。

 ゲームでもない限り、敵、あらゆる生物の行動に絶対的行動パターンやルールは存在しない。絶対などあり得ないのだ。

 そう、ゲームでもない限り。

 ゲームならパターンがあった。

 敵エネミーは真っ直ぐにしか進まず。曲がるのは障害物にぶつかったときぐらいだ。

「やべえ……」

 敵がパターン外の行動を取ってきた。そのパターンというのも、鐘吉のなかでの酷く限定された範囲の中で算出されたものだが、しかし彼自身を慌てさせるのには十分であった。

 外側に回り込んだ《Second》を攻撃するユニットを設置しなくては、敵エネミー共は悠々と防衛ラインに向かってくるだろう。

 鐘吉は戦略を無意識のうちに手放した。

 迂回した隊列の前方に小型機関銃を配置。

 射撃を開始する。

 突如現れた兵器になすすべなく《Second》は倒れていくが、それも先頭の数体のみである。倒れる味方の音や悲鳴を聞いた《Second》たちは、小型機関銃を分水嶺として二手に分かれたのだ。

「くそっ!」

 枝分かれしたそれぞれの隊列の先頭へまた同じものを設置する。

 今度は二門。

「ちょっと!」

☆    ☆  ☆

 鐘吉の采配に愛は叫んだ。

 増えた隊列の先頭に置いたところで結果は同じだ。

 また分裂して列が増えるだけ。

 二又から四又。四から八に。

 その全てに機銃を設置できればいいが、

「ダメよ……!」

 資源が足りない。

 鐘吉が見やすい位置にコンソールやモニターは置かれているが、愛のいる位置からでも覗くことはでき、それを確認できる。

 それとは資源の量を表示したモニターだ。

 モニターに表された数値とグラフは鐘吉が機銃を設置するたびに減っていき、もうほぼゼロに近い。

「鐘吉!鐘吉!」

「うるせえ!黙って見てろ!」

 返ってきたのは怒鳴りの声だ。

 こちらに耳を傾けようとしない。

 それどこらか枝分かれし、頭が増えた隊列に同型の機銃を設置していく。

 いくら敵を倒し時間ごとに資源が増えるとしても。さらに生産コストが低くとも、大きな成果を達成できない限り慰めでしかない。

「いいんだ。ここまで来たら数を減らす。今はそれでいい」

 彼はそう言っているが、対抗手段を無くし、一体でも倒し損ねればこちらの負けは確定だ。

 やがて、資源は底をつく。

 システムにはユニットを回収すれば全てとはいかないが資源を回収できる緊急措置が備わっているが、今の彼が適切に行えるとは思えない。

 殴ってでも冷静な状態に戻したい。

 しかし、自分が動けばこの魔法──《Hazard》たちに対して対抗する手段は消えてしまう。

 なぜ、自分の声が届かない。

 届いたら彼を勝たせることはできるのだろうか。

 彼を勝たす。

 疑問が湧いて出た。

 彼を勝たす?

 どうしてその必要がある?

 私は勝つために戦っているのか?

 彼に勝ってほしいから戦って──彼のスマートフォンとか言うものに魔法を使っているのか?

 違うはずだ。

 私はあの化け物たちを殺すために戦っているのだ。

 そのために魔法を彼に授けている。

 だが、現状はどうだ。

 彼は冷静さを失い、今ここで負けようとしている。

 負けては駄目だ。

 死へと繋がる。

 そうなる前に、どうにかしなければ。

「……っ!」

 愛は、動くことを決断した。

「おい!」

 設置した機銃やコンソール、モニターの数々が光の粒となって消えていく。 

 粒をかき分けることなどせず、体で払いのけるようにして前へ。

「愛!」

 鐘吉の制止を通りすぎ、さらに前へ。

 己の魔法は一種類にあらず。

「燃やす……!」

 地面に突き立て、宣言を実行した。

 地面から生えたともいうべき炎が《Second》を燃やす。

 断末魔が響く。

 機銃に打ち抜かれている時とまた違った響きだ。

 こっちのほうが耳に残ってしまう。

 嫌な響きだ。

 しかも、鳴りやまない。

 再起不能。そう呼べる段階まで燃やして、火を止めても燃やした《Second》からは音が鳴る。生きている。しぶとく。だけど確かに。

 構ってられない。

 敵は次から次へとやってくるのだ。

「愛、おい、愛!」

「うるさい!」

 彼が肩を掴んでくるが振り払いさらに前へ。

 先に声を聞かなかったのは彼だ。彼の声を聞く道理はこちらにもない。

 呼ぶ声は遠くなる。

 自分が前に出て、彼は後ろへと離れていく。

 ただひたすら燃やして前へと出る。

 目標はボス。

 仲間を燃やされても狼狽える姿一つ見せない《Hazard》とか呼ばれている化け物に辿り着き、そいつを燃やす。

「愛、後ろ!」

 彼の声がひときわ大きく聞こえた。

「うるさい!黙って見て、……!」

 文句と注文を言ってやろうと後ろを振り向けば、そこに今まさにナイフを振りかざそうとする《Second》がいた。

「……っ!」

 炎は間に合わない。

 勢いで杖を盾に。腕を身体の正面に来るよう振る。

 ナイフが先に当たったのは杖でも愛の腕でもない。

 紙が裂ける音。

 愛の腕にぶら下げられたままの紙袋が盾となり、彼女の身体を守った。

「え?」

 風が吹く音。

 妙に強い風だった。

 何かの到来を告げるように。

「あ……!」

 その正体を告げる前に愛から去っていくものがあった。それは六つ。

 風に乗って、三色の布が二つずつ、合計六枚飛んでいく。

 愛には見覚えがあり、鐘吉は初めて見るもの──と言っても、彼はこのとき見上げた空に輝く太陽に視界を奪われそれを見ることはできなかったが──。

 それは今日、愛が小町から購入してもらったもので。

「赤と黒と、青っと。駄目だ、一組だけが限界だね、これは。」

 到来の正体は空中からやってきた。男は布を空中で二枚掴み、落下にのせて紙袋を破いた《Second》を鈍い音で叩き伏せる。

 着地で膝を曲げていた男は立ち上がり、バットを肩に担いだ。

「大丈夫かね?派手な趣味を持つお嬢さん」

 その男の手にはしっかりと風に攫われた布たちが掴まれている。……胸に着ける布は手のひらで包むように。もう一つは指にかけて。

「返して!」

 一度も身につけてはいないと言え、何となく嫌悪感が所有権を主張させた。

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