Defenzard
白夏緑自
第1話Heart OR Lust
綾野・鐘吉にとって日常はルーティンだ。
平日は学校へ行き、放課後はそのまま帰宅せずハンバーガーショップでアルバイト。休日は大体アルバイト。このルーティンに変化が起きるとすれば、鐘吉が一番力を入れているソーシャルゲーム《Defenzard》でイベントが開催された時だ。
鐘吉はこのときだけは、バイトのシフトを極力減らしランキング上位になるべくそれに集中する。
アルバイトと《Defenzard》の二つが鐘吉にとっての日常であり、学校はおまけみたいなものだ。
その日の日常はアルバイトだった。
四月中旬。校門付近の桜は満開を越え、葉桜になろうとしている。毛虫の気になる時期でもある。が、それも校門を通り抜ければ関係ない。学校からアルバイト先のハンバーガーショップまでの道中に桜の木は無い。あるのはちょっとした公園だ。
その公園はいつも賑わっていて、子どもたちの遊び声がイヤホン越しに届くのも日常だ。この声を聞いていたらバイト先までもうすぐ。そこで働き、給料を貰い、ソシャゲに課金するために電子マネーへと変える。ルーティンの一部が今だ。
ルーティンが崩壊するのも今だ。
イヤホン越しに届いていたはずの子どもたちの声が突然爆発音とともにかき消された。
爆発から起こる空気の振動、地響きで腰を抜かした鐘吉はなんとか公園の方を見る。
「なんだこれ……」
いつもは大きい滑り台が視界を邪魔し、その向こう側まで見ることができない。しかし、今はどうだ。あったはずの滑り台は消え、遮るものは何もない状態では向こう側の歩道までも見ることができる。
こんなに小さかったのかと呑気な感想はすぐに失せる。
クレーターの真ん中に人影を見つけたのだ。
その人影は大きく、威圧感を放ち、怪物と呼ぶに相応しい姿をしていた。
人間ではないことは火を見るよりも明らか。全身は灰色。見た目からわかる身体は鎧を着ているかのように堅牢。拳は大きく球の形をしている。
化け物の足元と拳から煙が上っていることから、クレーターの作り主はやはりそれだ。
そして、その化け物の名を鐘吉は知っている。
特別なことではない。
普通に生活し、日常を生きるものなら誰でも知っている。
その名は、
「Hazard」
それが化け物の名だ。
名の通り、化け物の存在は人々にとって災害そのもの。
《Hazard》は突如現れ、人々を襲い、消滅させていく。
目的や意思は確認できず、「害獣による災害」という言い方が正しいのかもしれない。
否、普通の害獣なら餌の不足や己の身の危機を感じてなど、ある程度の推測及びそれに準じた被害の発生を防ぐ方法が採れるだろう。しかし、《Hazard》にはそれがない。先にも記した通り、目的や意思が確認できないのだ。だからこそ、害獣のように生態を分析し、ピンポイントな対策を取ることができない。
台風で例えるなら、発生源と進路がわからず、突如猛威を振るってくるようなものだ。
そう、猛威は鐘吉の目の前で暴れまわろうとしている。
《Hazard》が吠え、呼ばれるようにして地面から現れるのは《Second》と呼ばれる《Hazard》と共に人間を襲う化け物だ。
現れたのは《A-Type》と分別されている身体は小柄だが、数が多い《Second》。形態はやはり人型だ。
鐘吉が認識できるものだけでも十数体はいる。それらが、それぞれに散らばり、逃げようと《Hazard》から背を向けて走る人たちを追いかけていく。
そして、人間に追いついた《Second》は容赦なく手に持つナイフのような得物を突き刺していく。
《Second》にナイフを突き刺された人間はわずかな断末魔の後、その声ごと消えていく。
死体は残らない。
記憶からも消えていく。
目の前で人が殺され、消えていると言うのに、鐘吉はそれを目の当たりにするたび今起こったことを忘れる。
だが、今に至るまで──今までの日常生活の中で──《Hazard》に消されると、人々の記憶やほとんどの記録から消滅していくことは知識として知っているため、ほぼ本能的に危機であることは鐘吉もわかっている。
逃げなくては。それはわかっている。
だから、腰を上げた。砕けた腰はわずかだが戻っている。
とにかく今は《Hazard》たちから逃げよう。
そう思ったときだ。
子どもの悲鳴が耳に届いた。
イヤホンはとっくに外れている。
直接、鐘吉の耳へ届いた声だ。
声の方を見れば、今まさに《Second》が子どもへ得物を振りかぶっている。
走れば、ナイフが刺さるより早くたどり着ける距離だ。
自分が両者の間に割って入れば、庇って守ることもまたできるであろう。
同時に、自分には《Second》を退けることはできないことも悟る。
助けに行けば、自分の身が危ない。下手をすれば助けることも……。
確かにこのまま目を逸らせば、子どもは消滅する。
しかし、消滅すれば忘れる。
あの子どもの声や、《Second》に襲われていたことも。全て忘れることができる。最初からいなかったことになるのだ。ならば、ここで逃げても問題ない。自分の命が無くなるよりかはいくらかマシな選択にも思える。
そう、それはただ自分の命を大事にするだけのこと。誰かに責められるものではない。
だが、鐘吉は走った。
悲鳴が聞こえたほうへ。
叫びながら走る。
己の叫び声で子どもの声も周りの絶叫も何も聞こえない。
それでも走った。
ナイフが子どもに刺さるより早く鐘吉はたどり着けた。だが、抱えて走りだせるほど余裕はない。
できるのは《Second》を背にし、子どもを抱きしめるのみ。
だからこそ、それをやった。
鐘吉はこれから自分の身に起きるであろう、死までの身体の変化について考えた。
まずは痛みが来るはずだ。
それはどんな痛みか。
《Second》の持つ得物からしてきっとデカいナイフで刺されたような痛みだ。
ナイフで刺された痛みとはどんなものか。〝鋭い〟という形容詞が似合うものなのか。
さあ、そろそろだ。
鐘吉は身を固くし、構えた。
しかし、実際に背中が感じたものは、鐘吉の思考を裏切るものだった。
熱い。
服越しに火の熱を感じる。
じわじわと、だがそれでも服越しに皮膚を焼くような熱の痛み。
鐘吉は振り返った。
自分に刺されたものは本当にナイフなのだろうか、と。
しかし、見えたのはナイフでも《Second》でもない。
人間だ。ボロボロのローブを纏いフードで顔は見えないが、銀の杖を地面に刺すその手は若い女性の手だ。
彼女の向こうには炎が壁を作っている。
背中に感じていた熱の正体はこれだ。
炎は勢いよく燃え上がり、空気を燃やし、風の音を響かせている。
下から巻き起こった風が彼女のフードを外す。
現れたのはどこに仕舞われていたのかわからないほど長い黒髪。
黒髪の主がこちらを向いた。
「それじゃあ、ここから私はどうすればいい?」
「そんなこと俺が知るか」
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