拾壱日目
――新しい日が、というより、新しい生活が――一時的なものだろうが、始まった。
と、いってみたものの、特にすることはない。
許可が出たら、気の赴くまま、好奇心に任せて行動して。
鬼秋さんが話したいと言えば、僕は無言で話し相手に変わる。
執事、みたいなものだ。
まさかこんな成り行きでこんなことを経験することになるとは思わなかったが。
で、今は、鬼秋さんに神社内を案内してもらっている。
鬼秋さん曰く、これからこき使うために、この神社の構造を知っとけ。らしい。全く、僕を何だと思っている。
――と、思いたいがしかし、僕はもう死んでいるはずの命を持っているわけで。
それをこの鬼秋さんが救ってくれたわけで。
結論、――こんな言い方をするのは悪いが――僕の命の所有権は、鬼秋さんにあると言っても過言ではない。
「なんやわかもん? そんなボォーっとしとったら、わっちの執事は務まらへんで。――なんか気になるところとか、あるんか?」
そう言われて、初めて僕がぼーっとしていたことを知った。
焦って、とりあえず何か言おうとして、目に入った――風景に不自然に写った、少女を見て、言った。
「あ、いえ――あの、女の子は、誰ですか?」
一目見ると、あれは5歳児に見える。
白い髪に青い目。弱々しそうに下がる目じり。丸い顔。ショートカットの髪を風に当てて、彼女は下を見ている。
その手にはほうきが握られていて、きっと僕と同じ立場なのだろうと思った。
がしかし、鬼秋さんの表情を見るに、本当にそうなのだろうかという疑問が浮かぶ。
僕の勝手なイメージの中での鬼秋さんは人にこんな顔をする人ではない。そんな、誰かを蔑むような――あくまで勝手なイメージだが。
きっと仲でも悪いのだろう。そう無理に思うことにした。僕があの子に話しかけても――僕には何もできない。
「――別に。『アレ』は何でもない」
――その言葉が、深く胸に突き刺さるような感じがした。
それは――その言葉は僕に向けられたものではないと知っているのに。
それなのに。僕の胸に傷を負わせた。
何故そう感じてしまうのだろう。僕と彼女は――無関係なのに。
鬼秋さんの言葉が、深く。
――人を、『アレ』呼ばわりする、それに恐怖でも感じたのだろうか。
いや、そうではない。そうではなくて、もっと他の気持ちがあるような気がする。
――今はその気持ちの本性に気付けずに、僕はその場を後にしてしまった。
女の子の悲しそうな顔を最後に一瞥して。
一通り、神社をまわり歩いた後、鬼秋さんと話して、僕はいつもと同じように――いつもと違う場所で風呂に向かう。
一通り案内されたあとなので、場所は覚えている。――まあ、神社に風呂があるとは思いもしなかったが。
でも、あるのなら使わせてもらおう。幸い――というべきか、ここには僕と鬼秋さんと、そして――名前の知らぬ女の子だけだ。
身体を洗い、風呂に入る。
流石に1日ぶりの風呂だけあって、疲れが体から抜けていった。
「ああ~……」
つい口から洩れるその言葉。
あの場所では絶対に出ないような言葉だ。
その言葉と一緒に疲れを吐き出す。
皮膚に当たった温度が、体の芯をめがけて飛んでくる。
――さて、少し経ち、心も落ち着いたところで――考えることを開始しようと思う。
まず――あの女の子のことだ。
まず、掃除をしている、というところから、中々ここに長居していることが分かる。
しかし、5歳児ぐらいの子供を働かせるのはどうかと思うところもある。
するとある考えによってその考えは砕かれる。
それは――あの子が『人間』ではなかった場合。
もし神様だとして――だとしても、神様が神様の使いをしているというのはおかしいと思うのだが――あの子は何故嫌われているのかが分からない。
それは――鬼秋さんにでも聞いてみようか。まあきっと触れてくれないだろうけど。
さて――考え事も終わり、身体もすっきりしたし、そろそろ上がろうか。
あ。
そう言えば着替えってどうすれば……。
そう思った瞬間だった。
目の前に着替えが現れた。
――――やや下を向いている5歳ほどの女の子と共に。
「――――」
「じ――――――ッ」
――この子は何故、自分でじーッとか言っているのだろうか。天然なのだろうか。
――――そして、僕は。
遅まきながら、気付いてしまった。
――――後は察していただきたいものだ。
咄嗟に隠す。
女の子は、それを見ながら。
表情を変えることなく、僕の出方を待っていた。
「あ……あの……どう、されたのですか……?」
思わず敬語になってしまった。明らかに、あちらの方が年下だと言うのに。
「お着替え」
視線を僕の目に合わせ、手に持っていた僕の着替えだろうものを、床に置いて脱衣所から出ていった。
のれんがあるのだが、それが頭にすらかからない女の子を見て――なんだか悲しくなった。その後に、のれんをもう一度見て行ってしまう姿が、可哀想で仕方がなかった。
置かれた服を着て、鬼秋さんの元に向かう。
寝床を聞いていなかったからだ。やましいことではない。
やたらと長い廊下を通りながら、さっきの女の子の名前を聞けなかったことを後悔して――そして、鬼秋さんの元に着いた。
「――どうしたんや?」
今宵の光る月を見上げながら微笑む鬼秋さんが、きわめて穏やかに僕にそう話しかける。
「――いえ。その――」
――こんなムードの中、僕は寝床を聞く勇気を持ち合わせていなかった。
故に――
「少し、お話しましょう」
そう、言ってしまった。
「――! まあ、ええか……」
続いた言葉に驚いたのだろう、鬼秋さんが目を丸くしてこちらを見た。――そしてすぐに、月を見て、言った。
「で、わかもんは何の話を聞きたいんや?」
「――じゃあ、あの女の子のことについて。教えてくれますか……?」
僕がそう言った途端――案の定というか、鬼秋さんが表情を険しくした。
「――話さなならんのけ?」
月を見たままであったが、その横顔は険しく――そして、美しかった。
そしてその横顔に――ときめいてしまった。
「どうしたんや、わかもん」
そうかけられて、ようやく気を取り戻す。
「い、いえ。無理にとは……」
――引いてしまった。相変わらず、僕の意思は――弱いものだった。
「じゃあ、話を替えさしてもらおうか」
そう言って。
鬼秋さんは――昔を話し始めた。
――昔々あるところに。
女と男がいたそうな。
その男は、その村では。
――『怪物』と。そう呼ばれておったそうな。
外を歩けば石を投げられ。
しかし家の中で過ごしていても。――と。言う話は、これには通じないのが、この話のミソでありまして。
この男に――家と呼べるものが、なかったそうな。
血の繋がる者はいたものの、住処をなくしてしまった。つまり。
――男は、捨てられた者でございまして。
そんなある日。
いつものように石を投げられ、蔑んだ目で見られている男に。
とある――美しい女が、男に笑いかけたとさ。
それはそれは――美しいもので。
しかし男は――見向きもしなかったとさ。
それに怒った女は、男の元に訪れて。
男は――女の首を絞めつけ。
そして――女の目を見て、手の力を抜いた。
女のまなざしが、真剣すぎた。
首を絞められているのに。きわめて平常心をもって。それを間違いだと、目で伝えて。
それに折れ、男は力を抜いた。――正しきものが、間違いを正した。
それから男は――女と共に過ごした。――女の優しい、しかし男には恐怖でしかない脅しで。
――それから幾つか時が経った時、男は女と共に過ごし。
少しずつ、しかし確実に。
『怪物』から『普通』になっていった。
そんなある日。
女は男に問うた。
あなたはまだ――人ならざるものかと。
男は――沈黙を選んだ。
そして女は――自らを代償として、男を人間と証明した。
私を――殺して、と。そう伝え。
男は――初めに出会った時のように。
首を持ち。力を入れ。
そして。
息の根を、止めた。
すべては愛する人のため。
そして女を殺した男の顔は。
ひどく歪んでいて、人々から。
『怪物』と。また、そう呼ばれるようになったとさ。
――昔話が終わり、少しの間沈黙が流れる。
「この男は何を想ったんやろな? わかもん」
――その問いに、すぐには答えられなかった。
きっとその原因は――男と僕自身を、重ねて聞いてしまったからだろう。
「きっと……きっと――僕には、分かりません」
答えは、出なかった。出せなかった。
僕では――たどり着けなかった。その答えに。
「――ほうかほうか。今の君では――まだ答えは出せんか」
答えを出せない、と言った鬼秋さんは、言ったこととは真逆の表情、楽しそうな顔をして月を見上げていた。
「ありがとうございます」
僕は何とか寝場所を聞き出し、鬼秋さんの元を去った。
――何故、鬼秋さんはあの話をしたのだろう。
それだけが心残りだった。
そして何故――僕が答えにたどり着けないことに、笑顔したのだろう。
そんなことを考えていると。
目の前にあった小さな頭が、僕の腹部と激突した。
まあ、激突と言ったら過言だが、とにかくゆっくりぶつかった。
「…………」
無言で見つめてくる女の子。
「じ――――――ッ……!」
――何故だろう。風呂場の時よりも強い、痛い視線を感じる。
「あのー……なんか、ごめんね……?」
「やっぱ、気付いてる……!」
何にだろう。僕の身長のほうが高いことだろうか。
「やっぱり、分かってる……!!」
次第に怒りがたまっている様子の女の子。残念ながら、この手の対応は僕にはできない。
「えーっと、ね……? いい子は寝る時間だよ……?」
「なめるな、よッ……!!!」
びっくりマークが増えているような気がする。原因は――言わずもがな僕のようだ。
「女の子、じゃ、ない……!!」
あ、減った。
どうやら『女の子』と呼ばれたことが嫌だったようだ。
「『女の子』じゃ、なくて、『女性』と、呼ぶッ……!!」
なるほど。そこが気に食わなかったのか。
いやしかし、少しだけこの子に――いや、この女性に、助けられたような気がする。
僕はそのお礼――といってもこの女性は何か直接的にしたわけではないけれど――として、頭に手を伸ばす。
手は予想を裏切り、女性の――いやもうめんどくさい――女の子の頭にしっかりと着地した。
ふわふわした髪の毛の間を指がすり抜け、こそばゆい感覚が寄せる。
「ヴ――――――ッ……!!」
小さく唸る女の子。その様子がおかしくてついつい笑顔になってしまう。
――マジでロリコンになりそうだった。危ない危ない。
撫で続けると、手に気持ちよさが押し寄せ、同時に女の子の唸り声が大きくなる。
やがて――僕は手をかまれた。結構強めに。
「んが――ッ!」
叫んでしまったが、幸いにも誰も来なかった。
手を見てみるとしっかりとかまれた跡が残っていた。くっきり。赤くなっていた。
「次したら――ちぎるッ……!!」
――本当にちぎられそうだ。
僕は女の子を見ながら、かまれた場所をさすり、すり足でその場を後にした。
――結局、その手の跡は明日もあった。
――男が。
1人の男が、北の神社にやってきた。
その男を女は知らない。男も女を知らない。
「――あんた、何もんや……?」
月を見据えたまま、目も動かさずに男に問う。
「俺か? ――誰だろうなぁ……?」
あくまで男は正体を明かさない。顔も姿も見せているのに、女にはそれが、得体のしれないものに聞こえた。
「まあ。ここは1つ、話そうや」
「――はぁ……まあええか」
女は観念し、男と話すことを決める。――月から目をそらさずに。
――こうして、今夜は密会が開かれる。
「まあ俺に戸惑うのも無理はない」
「――何でそないなことが言えるんや?」
「おっと。失礼だったかな? 過去の見えぬものには過去の見えるものの見ている事柄は分からないと言うが……どうやらお前はそれの典型らしいな」
「過去が見えん程度で――なめるなよ、人間ッ……!」
ようやく女が月から目を外し、男を見据えて――女は、驚愕する。
そこにいたのは人のはず――だが、身体が。
それを、その存在を自らより上位だと感じた。
ただの人なのに。
体が動くことを許さない。
「さて――お前は未来が見えるらしいな……」
「――ッ! ――それがどうしたんや?」
女は男を怪しみながら。
「いや。確認だけだ。後教えといてやるよ。過去が見えねえ者さん」
そう言い、男は語る。
「お前さんが生まれるより前に、俺たちは生まれている。人として、じゃなく、使徒として。――誰かの願いをかなえるため」
それが人がすることではないと分かっていても。
「俺たちがしなければならない。あの子を願う子たちがいるから」
たとえどんな結果を迎えようと。それがバットエンドだとしても。
「結末までたどり着ける。その道を作る。それが――俺たちの仕事だ」
――神に選ばれた人の仕事だ、と。
「――で? そこまで語っといて、何を言い出すんやろな?」
「お前は分かるだろ? あいつに未来は通用しねえ。お前もそれは分かるだろう? ――だから」
だから協力しろと。
男はそう告げた。
「はあ――? ――ま、ええわ。好きにさせてもらえるんやろ?」
「もちろん。お前がいて初めて下地が完成する」
「未来をも通さん心を、正しき方向へわっちたちが導く」
「――楽しくなるさ。これを知るだけで、お前もあいつも成長できるのさ」
詐欺師の決まり文句みたいだな、と男が言い。
女が怪しく――妖しく笑う。
「ああ、お前は知らんかもしれんが、お前のそれは『可能性未来』を視るだけしかできんぞ」
「ははっ! ――そんなんとっくに知っとるわ」
そうして出張密会は終わりを告げる。
その日は――月が怪しく光るのみ。
明日の準備をしていく。
力を蓄えるもの。
月を見るもの。
――密会を、行うもの。
月は――そのすべてを照らすのみ。
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