捌日目
眩しい光が目に当たり、私は目を覚ます。
何とも不愉快にならない起こし方だ。今日も晴れたらしい。
「――――」
ベットの下をふと覗く。――寝ぼけ眼でもよくわかるのは、神様だからではないだろう。
そこには、やっぱり秋斗君の姿はない。
私は常々思うのだが、秋斗君は起きるのが速すぎるのではないか。春休みなのだから、もう少しゆっくりしてもいいだろうに。
――私がそういうと、きっと彼は日課だからと返してくるのだろう。いや別に無理に止めようとはしていない。早起きは三文の徳というし。
「今日はどこの神社に行ってるのかな……」
そう呟いて、意識を自分の神社に持っていく。――そこには人はいなかった。うーん……最近私の神社に来てないなー……少し残念。
「――――――」
意識を戻してきて気が付いた。――魔裟斗が腹を出して寝ている。まるで酒飲んで帰ってきた夫のように。――これが女の子とは。怖い怖い。もう寝ているというよりも、寝転がっている、のほうが正しい。10秒に1回は寝返りを打っている。もうこんなのは女の子ではない。
「さっ、朝ご飯食べよう」
ベットから降りて、歩いて1階まで降りる。
神の力を行使してもいいけれど、運動は適度にしなけば堕落して太ってしまう。――神様も人間と構造は同じなのだ。それに、神の力も飽きるし。
さて、いつものようにご飯が置かれている。――秋斗君のお母さんは優しい人だ。居候にも、ご飯を出してくれる。それも毎日欠かさず。味もおいしいし、秋斗君のお父さんは本当、幸せ者だ。
「ご馳走様」
いつものように食べ終え、部屋を出て――今日は魔裟斗を起こしに行く。
「魔裟斗ー、朝よー」
「んー……私、魔裟斗じゃないよー……」
――何をさらっと嘘をついているのか。こうなればもうこれしかない。
そっと耳打ちする。
「朝ご飯、抜きでもいいの……?」
それを聞いた瞬間、さっきまで寝ていたのが嘘のようにものすごい速さで下まで降りていった。
「いつもあんなだったらいいのに……」
何故食べ物の話になると、ああも行動が速くなるのだろう。いつもあんな速ければいいのに……だから、あんな学生のような恰好をしているし――神様の仕事がメンドクサイらしい――いつも学生と言っている――友達が欲しいらしい――。
下に降りると、もう朝ご飯を食べ終わったらしい魔裟斗が、腹を抑えながら、大きく息を吐いていた。
――アニメでよく見る光景だ。それをまさかこんな目の前で見られるなんて。
「はぁー……食べ食べた」
「何それ……」
何だそれは。リズムがとてつもなくいいじゃないか! リズムゲーか!? 頭の中でリズムゲーをやっているのか!?
「で、春。あんたどうする? これから」
「え、別に私は予定ないけど……」
――なんか今のやり取り、カップルみたいだったなと一瞬考えたが、その考えを早々に払いのける。
私たち女だし、そういうのあり得ないし、私は秋斗君だけー!
「じゃあさ――ナイちゃんのとこ行こうよ」
「え……本当に言ってるの?」
その質問にニシシと笑って答えるだけで、結局それは行こうかという合図なのだった。
神社にはまるで神の力を感じられなかった。
あ、ちなみに神社には空間転移で行った。――歩くのとかだるいし。
「ナイちゃーん! 出てこーい! 昔からのよしみが来てやったぞー!」
「――――――――――――」
神社には何の返事も返って来なかった。
神の力も、微塵の変化もない。
「出てこないかー……しょうがないっ。おーいナイちゃーん! 秋斗が来てるぞう!」
イタズラ顔でそう叫んだ途端、背後から気配を感じた。
――振り返ってはいけない。本能がそう言っているのが聞こえる。それは恐怖ではなく、好奇心だろう。
今までの報いを受けろ、魔裟斗!
「うえっぷす!!!!」
案の定、魔裟斗の背後に現れていた悪夢が、魔裟斗を蹴り飛ばしていた。そして、魔裟斗が飛んでいった、あり得ないぐらい。
「秋斗は! ――いないじゃないか!」
「そんな怒んなくてもー……あ! それとも秋斗が恋しかったのかい? ナイちゃん」
「なっ!? 誰がそんなことを言ったのじゃ!?」
反応がもう、秋斗君ラブじゃないですか……――ただそうなると、私とライバルになるな、それだけはやめてほしい。勝てる気がしない。
「まあまあ、しかし久しぶりだね。会えてうれしいよ」
「わしもそうじゃったが――――出会い頭にだましてきたのじゃから、あんま嬉しくなーい」
「えーっ! そんなこと言わないでよ……」
結構嘘っぽい悪夢と、結構本気で落ち込んでいる魔裟斗。――一体何を見させられているんだ、私は。
「それで? これからどうするの、魔裟斗」
「世間話でも、ね」
悪夢はどうやらその『世間話』をするのが嫌らしい。――何故だかは知らないけど。
「まあ、よさんかっ。わしは世間話なぞしたくないわい」
「ああ、そう言えば、秋斗君がうちの神社に来た時に言った言葉がね――ナイト」
「やめんかぁー!!」
魔裟斗が最後まで言おうとすると、悪夢が叫ぶ。そのせいでほとんど聞こえなかったが、まあ、なんとなく分かった気がした。
きっと秋斗君のことだ。ナイトメアが早く戻ってきてくれますようにーとか願ったんでしょう。
――べっ、別に嫉妬なんかしてないんだからねっ。
「まあ、秋斗君も心配していることだし、一度顔をあわせてみたら? ――それとも何かやましいことでもあるのかな?」
あくまで魔裟斗は悪夢をおちょくっている。――こう見ると、悪夢の器がどれぐらい大きいのか、分かるようだ。
「いやっ、ないぞー………やましいのやの字もないぐらいやましいことはないと自負しているっ」
あくまで強気でいる悪夢。それに魔裟斗がふぅーんとだけ返していた。
――本題に戻るが、これからどうしよう。世間話は悪夢が話してくれそうもないし、どうしよう。
「はあ……ナイちゃんが戻ってきてくれるって言ってくれただけ収穫か……春、家に帰ろう」
終始落ち込んだ様子の魔裟斗は、家へと飛んでいった。
という表現が正しいかどうかは怪しいところだが。
ともあれ、午前はそれで終わってしまい、昼から暇なのであった。
「そういえば……」
悪夢は秋斗君が好きなのか? もしそうだとしたなら、私はどうすればいいのか。
――幸い午後からの予定はない――いつもないが――ので、午後は、相談会を開こう。といっても、私が直接その人たちに出会いに行って、どうしたらいいか聞くだけだけど。
差し当たり、まずは魔裟斗にでも相談しよう。――まともに話せる自信がないが。
「魔裟斗ー……ちょっと相談に乗ってほしいんだけど……」
「ん~? 秋斗君のこと?」
うっ……もうお見通しってわけか……
「ははっ、春は分かりやすいからね~。で、秋斗君がどうかしたの?」
「うー……あなたの言う通りよ、認めたくないけど。――実は私、秋斗君のことが――」
そこまで言って言葉が詰まる。――なんでだろう。言葉が出てこない。
「きっと緊張してるんだよー。私に言えないぐらい緊張してるんなら、秋斗君には到底伝えられないと思うよ~。――こっからは私の経験。恋なんて大体当たって砕けろの精神よ。そう重く考えなくても、成るように成るわ」
「そう言われてもー……」
緊張するものは緊張するのだ。しかも私みたいな恋愛経験ゼロの少女が緊張するなと言われたら、それには無理だと胸を張ってこたえられる。――誰が絶壁だッ!! ちゃんとあるわ!
「まあ、ありがとっ」
「どういたしまして」
そう言って即寝てしまった魔裟斗を、信じていいものかと悩んだが、私より目上の人には変わりないので、一応信用しておいた。
さて次は、私のライバルになるかもしれない悪夢のところだ。――歩いていくのは面倒なので空間転移してきた。
「悪夢ー!? いるー!? ちょっと相談があるんだけどー!?」
「――なんじゃ、昼寝しておったのに……で、なんじゃ相談って」
声のした方を振り返ると案の定悪夢が立っていた。――とても眠そうだった。神様って暇だったら皆寝ているのか?
目をごしごししている悪夢は、口調とは裏腹に子供のそれだった。秋斗君は、子供が好き、なのか……?
「あ、あのね……私、秋斗君のこと好き、だから……」
「――――――」
打ち明けた後の悪夢はしばらく放心状態だったが、すぐに意識を取り戻して言った。
「わ、わしも、あやつのことはすいておるが……しかし、お前に譲る気はないぞ」
「やけに好戦的ね。――じゃあ、こうしましょう。どちらも秋斗君に告白して、それでどっちを選ぶか。それで決めましょう」
自分でも、馬鹿けた提案だとは思った。本当にこんなことがあるなんて、私は思っていなかった。――テレビに飲み込まれすぎたのかもしれない。
「まあ、それでいいじゃろう。――別に支障はないじゃろうし……」
「それじゃ、決定ね! これから友達じゃなくて、ライバルだから!」
結局、ろくな相談もできず、本来の理由とずれてしまったが、これですっきりできた。
これから私と悪魔はライバルだ。どちらが勝っても、その結果に満足できるだろう。――きっと。
「そうだ――悪魔ー? 秋斗君の好きなものって何?」
「おいおい、ライバルじゃないんか……」
半ば呆れていた。――私だって、今こんなこと言いたくないわよ!
「まあ、いいじゃない。ライバルではあっても、友達じゃなくなるわけではないし」
「確かにそうじゃが……お前の方がよく知っておろうに」
「?」
何を言ってるのだろう。私は何も知らない。少し一緒にいた時間が長かっただけ。
「まあ、とにかく。わしが持っとる情報はないよ。わしはあやつのことをあまりに知らん過ぎる。心は読めても、分からないものがあるのじゃ」
どこか悲しげな顔をして、悪魔はそう言う。確かにその通りかもしれないが、――いや、確かにそうだ。心読では分からないことだってある。
「確かに――知りたいものね。好きな人の隅々まで」
――そう言い残して、私は神社を後にする。
「はぁーん……」
「な、何ですか……?」
「いや~? あんたの心が乱れてるからな~何事かな~って思ってな~?」
――チッ。ばれてはしょうがない。
「俺たち何でも言い合った仲だろう――っつてもなんとなく分かってるんだがなー」
「うっ。――じゃ、じゃあ相談にのってくれますか?」
できれば、心を読まれる相手が秋斗君だったらよかったのに……。
「まあ、いいだろう。――どんだけ心の中で何言っても、俺にはちゃんと取引できるものがあるからな~――秋斗の好きなものは――」
「お願いします。どうか、お願いします」
この人と知り合いで、よかったなぁ~!!
「さて、話そうか。で、秋斗のことだろう? さっさと告っちまいな。――そうじゃないと、ナイトメアに秋斗をとられるぜ~」
あくまで呑気に言うおやじさんだが、ことはそう呑気ではいられない。――恋っていうのは、そんな簡単なものじゃあないのよ……。
「それじゃあ、聞くわね――秋斗君って結局何が好きなの?」
「んー……それは言えんなぁ……俺は秋斗じゃないし、しかし、あいつの好きなものかぁ……」
「えー……教えてくれないの……」
「それなら、あいつの下の本を探ってみたらいいじゃねえか。――それより、お前はそんなのを俺の口から聞きたいのか? 秋斗が好きなんだろ? なら本人から聞く努力ぐらいしてみろよ。お前の気持ちはそんなに軽いものか? ――神様っつったって、そこまで自由じゃねえんだよ。お前の気持ちは、お前の口からしか伝えられない。――俺の言いたいことが分かったか?」
「んー……つまり、その人じゃない人に聞いても、それは本物の気持ちとは言わないってこと?」
「そうそう、分かってんじゃないの♪」
――そう言われて分かった。私は本人から聞こうなんて思考を持っていなかった。
そうなのか。神になってようやく分かった。神も姿が人間であるように、心も人間なんだってことに。
「……ありがとっ!」
「いいってことよ。――困ったときは助け合う。それが人間だからな」
「あのねぇ春さん……? 私はそんな悩み、解決するほどの力を持っていないのだけれど」
「まあ、そう言わずに。どうか迷える子羊を導いてくれませんか?」
「私は神でも何でもないのに……」
そんなやり取りがなされていた。――訳が分からないだろうから、説明してあげよう。
私が秋斗君のお母さま(以下お母さま)に押しかけ、相談をお願いしたところ、今に至る。
「でも、私よりあなたのほうが人生経験がおありじゃないですか?」
「はぁ――そのわざとらしい言葉遣いを『やめなさい』」
「うん!」
――おや? 今何が起きた? 私は何故、敬語をやめている? それに、今のは紛れもない、神の力を行使したものだ。
え? どういうこと? まさか、秋斗君のお母さまって……。
「そうよ。――私はあなたの神社の1世代前の神様を務めていたわ。だいぶ力は弱まっているけれど。まあでも、まさかあの神社にまた神様が宿るなんて思ってもみなかったけれど」
「で、でも、何でこんなところで……――まさか、だけど、秋斗君のお父さんと関係があったり……?」
「そう。その通り。けど、細かいところは教えてあげない。――まあ、恋なんて、はじめっから結果が決まってたりするのよ。ただ、それを言えなかったら、あなたはあの子とは付き合えないでしょうけど」
「やっぱり。けど、秋斗君に気持ちを伝えられるか……それを聞きに来たの」
「なるほど、確かにあなたの意見には賛成だわ。――男って、結構鈍感だから。女の子は大変よね」
コップを手に取り優雅に茶を飲むその姿は、確かに神様だと言われてもおかしくないほどきれいなものだった。
でも、お母さまが続けて言う。
「それを気付かせて初めて分かることだってあるのよ。――その人の照れた顔とかね。それでまた、その人を好きになる。――どう、素敵でしょ?」
「ん……確かに素敵ですね。――ところで、妙にリアルな言い方ですけど、もしかして実体験がおありで?」
「ちょ、ちょっとっ……」
そうして2人で笑い合う。私にはお母さまが昔からいつも一緒にいた友達のような感覚だった。
それがひどく楽しくて、おかしくってつい笑ってしまうものだった。――少なくともこの時の私は、恋の束縛からは解放されていたのだと、確認ができた。
「――なんか2人とも仲良くなってない?」
「「え? 何のこと?」」
――今まで普通の会話すらしてこなかったこの2人――誰と誰かというと、春さんとお母さんだ――は、今日神社から帰ってくると、気持ち悪いほどに仲が良くなっていた。
何なんだ? 今日は何かがおかしい。皆僕を見ながらニヤニヤとしている。――ナイトメアが戻ってきたことはいいこととして。
「で、何で皆ニヤニヤしてるのか、僕は聞いていいのかな……?」
「ん~? 別になんでもないわよ~? 仲良くなっただけ~」
「ね~」
何、だと……! あのお母さんが、あの、いつも真剣なお母さんが……ほころんだ笑顔を見せるほどだと……! いったい何があった!
いかにも♪マークの出そうな気分でいるお母さんなんて見たことがない。――それこそ天地がひっくり返ってもないと思っていた。――いや、笑顔なら見るのだが、こんな子供のような笑顔をするなんて……知らなかった。
「ま、まあそういう日もあるか……――それじゃあ、僕はお風呂に入ってくるよ」
――よし、抜けられた。あの妙な空間から。
正直言って、事情を知らないものが立ち入っていい空間ではなかった。
とりあえず、風呂に入って精神を落ち着かせよう。
そうして風呂までたどり着いた僕は、衣服を脱ぎ、そして風呂の中へと入る。
いつも通り体を洗い、そして風呂の中へと入る。
この風呂の少し熱い感じが、体を癒してくれる。――控え目に言って最高だ。
「ふぅ――――……」
何度でもいうが、今日は皆おかしかったな。朝はそんなではなかったのに。
特に怪しいのが春さんだ。いったい何があったのか、気になる……。
「そんなに気になるか?」
「うわっつ!?」
何でこんなところにナイトメアが!? ここは施錠していたのに!
「わしを何だと思っておる……わしは神様じゃぞ。空間転移はお前さんも体験したことがあろうに」
「でも、それとこれとは問題が違いますけど? ――まあ、とりあえず。おかえりなさい、ナイトメア」
「ん、んん……なんじゃか、かゆいのぅ」
お互いに再会を笑い合う。よかった。前みたいに気まずいままだと、どうも調子が狂うし――しかも今日は皆おかしい日だし。
「まあ、ただいま、お前さん。――差し当って、こんなことを言うのはあれなのじゃが――――お前さん」
「ん?」
呼ばれて僕は振りかえる。
そこには、ナイトメアは確かにいた。――いや、それ自体に問題はないのだ。だがしかし、細かいところまで追求するとなるなら、話は別だ。
その、これはいろいろアブナイからである。
そう、アブナイ。
もしこれがアニメだとすれば、それはきっと何とかなるのだろう。現に大事な部分は、僕の目にも見えない。
――話を聞いて、大体の察しがつくだろうか。もしかすると、勘のいいひとなら気付いただろう。
そう、彼女は裸だった。先程も言う通り、大事な部分は見えないけれど。
それでもその美しすぎる裸体、もう少し言葉を足すならば、ロリの裸体は、思春期の男の子を悩殺するほどの力を持っていた。
かろうじて意識を持ったまま、僕はナイトメアに追求する。
「ななな、何故にそんな恰好をしてッ!」
「え? ――だって、風呂では衣服は脱ぐのが常識じゃろう?」
それが当たり前だろうというように、ナイトメアは言った。
仕方ない。彼女の言い分は間違っていないわけだし。後は僕が見慣れたらいいだけの問題……まあ、それが出来そうもないから、今の状況になっているわけだけど。
「そうだけどさ……」
「それともわしの裸体を見て……興奮しておるのか? このロリコンめ」
ッ! マジでこのロリ許すまじ……!
ナイトメアがドSだということを知り、僕はまた対処しなくてはならなくなった。
「あのなぁ……! 僕はロリでも何でも、女の子の全裸を見たことがないんだよ……!」
「まあ、子供の身体で興奮するお前さんではなかろうに」
あくまではぐらかす気らしい。全く、僕が今日何をしたというのだ。今日は、いつも主人公なはずなのに、物語にすら登場していないような気がしていたのに。
「僕は思春期男児なんだから、ソッチ路線には敏感なんだよッ!! それにお前さらっと自分をロリだと認めたなッ!?」
「なッ!? それは言わん約束だろう!」
そんな約束した覚えがない。
「まあそれはこの際いいや。――で、何か用? さっき名前読んだけど」
「ああ、それの子とか……いいや、やめておこう。――少しいいことがあっただけじゃ」
「?」
「今はそれでいい。――後に真実を知っても、驚かんようにしてくれ、わしが言えるのはそこまでじゃ」
そうとだけ言い残して、消えてしまった。
一体どういうことだ? 真実? 何のことだか。
まあ後の話ならば、今に固執して考えることでもないか。
「さあ、上がろうかな」
そして今日は早く寝よう。皆おかしいし。
――布団に入ると同時、ガチャっと扉の開いた音がした。
どうやら春さんらしい。今日はおかしい春さんだ。
再びガチャっと扉の音がして、これで占めたのだと確認できた。
今から寝るのだろう。それなら僕もお構いなく寝るとするか。
いやしかし、今日は会話らしい会話をしていないから、話そうぐらいなら聞いてやろうと思ったが、まあ強いているわけではないので、寝ようか。
「――――――――」
ん? 扉の閉まる音から、一切音がしなくなった。どうしたのだろう。
心配だし、声をかけてみるか。
「あのー? 春さん? どうかし――――」
「秋斗君ッ!」
――――え? どうした、何が起きた?
僕の身体にさらに重量がかかるのを感じる。
つまりどういうことだ?
「ねえ、秋斗君……」
目を凝らすと、春さんの顔がすぐそこの距離にある。
「私のこと、嫌い……?」
「い、いや……嫌いじゃ、ないけど」
暗闇に目が慣れてくる。
「そう、よかった……――私ね、いつも思ってたの。秋斗君が誰かと楽しそうに喋るたびに、私っているのかなって思っちゃって――私はあなたをこんなに愛しているのに……あなたにそれは届かないと思っちゃって……」
「そんなことはない。今の僕は春さんがいて存在するんだから。春さんが要らないなんて思わない」
「なら、聞かせて……? ――私と、付き合ってください」
「――僕でよければ」
これは、心からの言葉だ。嘘偽りのない、真実の言葉だ。
実際、春さんと出会い、春休みが一変した。あの1日がなければ、こんなにも楽しい日々がなかったのだ。
喧嘩しているときも、それを嫌だと感じたことはない。もしかすると、心のどこかで春さんを求めている僕がいるのかもしれない。
だからこそ、今回の件で気付けた。僕はそうして、また春さんに1つ教えてくれた。
だからこそ、僕は――春さんが望むのならば、どこまでも近くにいようと決心した。
――今日も、夜の密会が行われる。
男の両側には女、きっとこれを両手に花、というのだろう。
片や、悲しそうな顔をし、片や、それを楽しんでいる。
「お前ら、今日は何用で?」
「おぬしになら、分かるじゃろう? わしの胸の痛さが」
「正直、僕には理解しがたい痛みだがね」
女は女を否定する。男はそれをどうすることもなく、2人を子供のように見る。
「しかし、それはちと問題だな……その目的にその類のものは持ち込んではいけないものだ」
「でもッ! じゃとすると、わしの心を、わしの心の行き先をどこに向けたらいいのじゃ……」
「それもまた、神様の気まぐれだろう。君を選ぶも、彼女を選ぶも、あの子の自由だ」
男はそれに賛成する。それに対する女の返事は――沈黙だった。
しかしそれは工程でも何でもなく、それに答えないことで、何をしでかすか分からない、そんな意味も孕んでいた。
今宵も月が照る。しかし今日に限り、月は照るのではなく、隠れてしまう。
まるで存在を隠すように。まるで――そう、存在より大事な何かを、隠すように。
女3人で、今度もまた密会が行われる。
それは非常に久しいメンツで、しかしその感動に浸る余裕はない。
「あの子はね、人でも何でも平等に見ている。だからこそ、神様さえも人間としてみるのだと思うわ。――それ故に、あなたはそうなってしまった」
「そうだとしても君は、事実を受け入れなくてはならない」
「確かにそうじゃ。――でもわしはあきらめたくない。どうすればいいのじゃ?」
女は懇願する。男を、すいている男と道をともにする方法を。――たとえそれが邪道だとしても、彼女は懇願する。
「まあ、どうしようがあの子の勝手だわ」
「君があきらめたくないのなら、きっと彼は別の方向から助けてくれるだろう。彼はそういう人だ」
そして彼女は再度、懇願する。
雲に隠れて出てこない月に、我が願いも一緒に隠して。
――――そうして平然を装って明日を迎える。
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