拾肆日目
朝が来た。
あれからナイトメアは――どこへ行ってしまったのだろう。
魔裟斗さんとナイトメア。
2人は本当に――ここにいないのだろうか?
いつも通りに朝が来て。
だから、もしかしたらいるのかもしれない。
だけど、そんな期待は――かけるだけ無駄だった。
いつもあった。足を――つかまれることはなかった。
昨日は――事実だったらしい。
いや、ダメだ。悲観的になってはいけない。
まだ。まだ死んだわけではないのだから。きっと帰ってくる。そう信じているのだから。
僕はあの二人のために何もできないだろう。だから――できることを最大限して、帰りを待とう。
せめて笑顔で、迎えてあげよう。
そう言えば、春さんの装束って、何で右側が上なのだろうか。聞いたら――答えてくれるのだろうか。
普通は左側が上だろうに。常識知らずなのか、それとも――。
いや、これ以上はやめておこう。さあ。
神社に参りに行こうかな。
今日は、久しぶりの――東の神社に行こう。
ベットには春さんもいないし――きっと出かけているだけだろう。それか、朝ご飯を食べているか――、あいさつ代わりに、ちょうどいいだろう。
下に降りても、春さんはいなかったため、出かけたということに、僕の中でそうしておいた。
靴を履き、家を出る。
今日の空模様は――少し、嫌いな感じだった。
東の神社に着いた。
何とも懐かしい。
春休みの初めに行って――春さんと出会って。
それからナイトメアたちと出会って――。
この春休み、いろんなことがあったな……。
しんみりとしてしまう。それも仕方ない。
今日は春休み最終日なのだから。
明日から学年が一つ上に上がり、僕の肩身はさらに狭くなるだろう。
今まで以上にいじめにあうだろうし、しかも僕が変わったことは、きっと誰も知らないだろうから、さらにいじめが辛く見えてしまうだろう。
だけど――春休みの思い出があれば、きっと大丈夫。春さんたちが存在しているのを知っているだけで、きっと心は軽くなるだろう。
さあ。考えるのもここまでにして、さっさと春さんに挨拶しよう。
道を進む。神社が見えてくる。
そこには――初めて出会った時のように風に髪をなびかせている春さんの後ろ姿があった。
「おーい春さん」
呼んでみたが、春さんは振り返らない。
「おーい春さん? 聞こえ、て、る……」
春さんは――泣いていた。こちらを見て。
今までの何より、悲しそうに。
涙が、一粒、二粒。
どんどんと溢れていく。
その度顔を歪め、喉が鳴る。
「春さん……?」
「ごめんね、秋斗君……」
「何が? え、どういう……」
僕は何が何だか分からなかった。
ただ一つ分かったのは――僕が関与している、ということだ。
「春さん……いったん落ち着こ?」
近付いて、春さんの肩をとり、さする。
「何があったの?」
「秋斗君は――」
春さんがようやく話してくれた。
そう思ってしまったのが、間違いだった。
春さんの口から出たのは、受け止めたくなかった言葉であり。
嫌に耳に残るものだったから。
「私が『死んでるんじないか』って、思ってたんだよね……?」
「は? いや、そんな……」
否定はできなかった。
事実だから。
「ごめんね、君を――傷つけたくなかった」
「春さん……?」
まだ分からない。
「私――もうこの世にいれないの……」
「は?」
やけに拍子抜けしてしまった。
どういうこと?
「秋斗君は――やっぱり覚えてないんだ」
「だから分からな――」
「もうやめてッ!」
春さんが叫ぶ。
「もう……聞きたくないよ……――傷つきたくないよ……」
――辛いよ、助けて。と。
誰かにすがるように、そう言った。
「秋斗君……私はもう――この世には――」
最後まで言うや否や、春さんの姿は――消えてしまった。
――。
――――。
――――――。
ぽつりと。
そんな音が耳元から聞こえた。
気付けば雨が降っていた。
ぽつり、ぽつりと。
僕は――呟いた。
「春さん……」
想い人の名前をかみしめるように、呟いた。
雨の強くなる空から。
大量の粒が――零れ落ちた。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
雨と一緒に落ちていく。
その音が、嫌に耳に残った。
「ちょっと秋斗! こんな日にどこ行ってたのよ!?」
「…………」
「タオル持ってくるからちょっと待ってて!」
あわただしい。いつもの風景。
「いいんだよ……」
「え?」
「自分でとりに行くから……大丈夫」
「え……――そう」
そう。それでいい。
今僕に触れたら――ダメだ。
溢れて、止まらないと思うから。
触れないで。お願いだ。
タオルをとり、部屋に入る。
入った瞬間――溢れる。
「うっ……うっ……!」
まだ、やってやれなかったことが、一緒にやりたかったことが――できなかったことが、押し寄せてくる。
僕から好きとも言えなかった。僕から――してやれなかった。たくさんあったのに。
――もう、終わりなの……?
「アキトッ……!」
ぎゅっと。
突然、弱々しく温かく包まれた。
「アキト……泣かないで……?」
新の声がする。
「新……」
「アキト、まだ――諦めちゃ、ダメ、だよ……?」
「どういう……」
もう、何もかも、手遅れだろうに。
「ハル、言って、た……アキトに、『覚えてないんだ』って……」
――つまりそこに、何か秘密があると。
「アキトが、傷つく、かも知れない……後悔、するかも、しれない――でもッ! 私は……何が見えようと……後悔して、も……見るべき、だと、思う。――それが、アキトの、決めたこと、でしょ……?」
――そうだ。僕は決めたはずだ。
――全てを。お世話になった全てを――助けると。
「新。教えてくれ」
「じゃ――キス」
「は?」
――――。
――――――――?
「今、なんて……?」
「ハルに、できてない……後悔、アキトに、あった、から……練習の、つもりで……」
「ははっ……」
すごいよ。本当に、すごい。
こんなことを普通に言えるなんて――すごい。
こんな努力を無駄にはできないよな。
練習になんて――できるもんか。
僕は新に向き直る。
涙はもうとっくに引っ込んだ。
「新――」
――そして唇と唇は、触れあった。
温度の伝わる。温かい。
触れた瞬間、温かさと共に――いろんなものが頭の中に流れ込んできた。
これは――記憶?
その後僕は、衝撃と対面する。
瞬きの瞬間、僕は意識だけとなっていた。
身体は動くが――視線は動かない。視界が変わらない。
目の前には――男の子と女の子。
男の子はどことなく、僕に似ているような気がする。
女の子は――春さんに。
つまりそういうことだ。
これは。今見ているこの光景は――僕の知らない僕の過去だ。
これが――これを春さんは、知っていたのか。
何で僕は――忘れてしまっていたのだろう。分からない。
でも、そんなことを考えても、視線は動かない。
二人は――僕たちは手をつないで。
歩いている。
何だろう――――恥ずかしい。
今とは少し違う街並み。見たことあるはずなのに――僕の頭はそれを知らない。
そして二人が曲がり角に差し当った時――それは来た。
車が――飛び出してきた。
その車が――春さんだけを、轢いていった。
僕は――小さい頃の僕は、へたり込み。
そこでこの記憶は――プツンと切れた。
「ッ! ――はぁ……」
意識はまた、瞬きの間に戻った。
記憶は――とても壮絶なものだった。
本当にあの記憶が本物だとしたら――僕はどれだけ彼女の心を傷つけたことか。
森に出かけた時、僕は春さんに言った。僕と春さんって――昔からの仲ってぐらい、会話がスムーズだよね、と。
それがどれだけ彼女に影響していたのか。そして、さっきのことで、どれだけ彼女の心を壊したか、僕は知らなかった。
――これでは、彼女が救われなさすぎる。
僕を強くし、それで傷つきながら終わるのなんて――誰も、望んじゃいない。
僕も――そして、春さんも。
だからこそ――僕が何とかしなければ。
今までの恩返しと、これからもよろしくの意味を込めて。
どうしてでも――解決してみせる。
自分の命なんて――惜しくない。
やり遂げて、この春休みの物語を終えるんだ……!
「アキト……」
「もう大丈夫。新――――ありがとう」
お返しとして――頬に口づけをしておいた。
もちろん真っ赤になる新。
「もうっ! ――行って、らっしゃい……気を付けて」
「ああ」
幸い空も晴れてきた。
今なら――なんでもできる。そう思うのは、きっと錯覚ではない。
「春さん!? どこ!?」
東の神社に着いた僕は――ただひたすらに叫んでいた。
誰が見ていようと関係ない。やれることをする。それだけだ。
「春さん!? 出てきて――」
叫んでいる最中だった。
木の陰から――出てきた男がいた。
ただの男なら特に何とも思わなかっただろう。
でも僕はその人を知っていた。知りすぎていた。
「何でここにいるの……?」
「何でって、お前に言うことがあるからだろう?」
「おやじが――何でここに……」
着物で、妙に風景に似合う――おやじが、そこにいた。
「で、言うことって、何だよ……」
「何だよ冷たいなー血の繋がった親子だろう?」
「さっさと用件を言いやがれこの野郎!!」
静寂が、二人の間に流れる。
「――――。じゃあ一つだけ言ってやろうかな……」
そうだ。そうやってさっさと言って帰ってくれ。
「そんな状態のお前と――春ちゃんは、出会いたがるかな?」
――――。
「当たり前だろ? 自分のためにそんなに熱心になるのはいいが――少しは周り見ろ。自分だけが、とか思ってんじゃねえぞ」
――――――――。
「春ちゃん、ナイトメア、魔裟斗……――全員俺たちの家族だ。お前はそんなことも知らなかったのか?」
――知らなかったわけではない。
「俺たちはみんな揃って家族だろ? ――だからそんな簡単に命賭けてんじゃねえ。お前もいてこその『家族』なんだからな。もらった命、最後まで使い切らなきゃ俺と母さんという株式会社から逆にお客様にクレームつけまくるぜ?」
――なんだ。そんなことだったのか。
僕はそんなことも知らずに。
「だから――死ぬ気で探せ。死ぬ気だけじゃ、人は死にゃしねえ」
「ははっ……確かに、そうだね……」
「だろ?」
「会社からのクレーム、受け続けるのも辛いし」
「ソッチかよ!? ――――秋斗」
「うん」
「任した」
春さんを、救い出してくれよ。
大切な人から――大切な人『達』から、気持ちを受け取った。
「もちろん。――帰ってくる時は――きっと二人で」
その気持ちを受けとり、今度は間違った捉えをしないように。
一歩一歩、かみしめて、こぼさないように、歩き出す。
さて。
先程かっこよく言い切ったものの、どこを探せばいいのだろう。
春さんは、自分の神社にはいなかった。
じゃあどこに? 考えろ。
二人で行った場所。
候補を絞る前に、行動してみよう。
まずは、記憶に新しいあの森に行ってみよう。
幸い、東の神社からさほど離れていなかったので、行くことにも抵抗はなかった。
――初めからまあなと思っていたからだろう、そこに春さんはいなかった。
川にも行ってみたが、そこにもいない。
「っ――!」
中々に疲れた。
だが。足を止めるわけがない。
そんな時、不意に。
「よぉわかもん」
その声は。
久しぶりに聞いたものだった。
そして。
――春さんの次に、聞きたかった声だった。
「鬼秋さん……」
「新は元気にしとるかえ?」
「ええ、まあ」
っと、こんな再会を楽しんでいる余裕はない。
「すいません! せっかく会えたのに――今ちょっと探している人がいて……」
「んー。心読めんわっちが言うのはなんやけど、その子――思い出深いとこにおったり」
「そこがよく分からなくて……」
「――案外、わかもんが最近知ったところかもしれんよ?」
「え? 何でそれを……」
その問いに――妖しく答える。
「わっちはわかもんの全部を知っとるからなぁ。こうなるのも、しょうがないことなんやで」
「ははっ。――ちょっと怖いなぁ」
二人の間に優しい笑いが起こる。
「辛辣やなぁ。――ま、わかもんがどうするかでどうなるかが変わる。――わかもんはどんな未来を見せてくれるのかいねぇ……?」
「――ま! 楽しみにしといてくださいよ!」
僕は走り出す。振り返ると鬼秋さんはもういなかった。
でも、これだけは言える。笑顔で手を振ってくれたんだなって。
鬼秋さんの言っていることが正しければ。
僕が最近見た――記憶に一番新しい、そして春さんと一緒にいた場所。
――つまり、あの交差点。
でもどこに? もう何年も前のことになる。
こうなったら、仕方がないが――。
そして僕はまた――走り始める。
「お母さん!!」
「あら秋斗。どうしたの?」
「――隠さず言ってくれるって、まず誓って!」
「え――? ――うん。分かったわ」
言質はとった。後は僕が言えばいいだけだ。
「春さんが事故死したところを――教えてほしいんだ」
「――――――――」
「――――――」
「――――。――はあ。分かったわ。教えてあげる」
「ありがとう」
そして――知った。
春さんの最後の場所を。
そして――春さんを取り戻すべき場所を。
「あなたは――乗り越えたのね」
苦難を。
「そして、向こう側へ行けたのね」
困難の。
でも、まだ。
「まだ終わってないよ。――春さんを連れ戻して、やっと」
やっと終われる。いや、それでも足りないだろう。
ナイトメアや魔裟斗さんも――引きこもるのなら引っ張り出してやる。
そうして――やっと、終われる。
「家族皆で、笑顔で終わる。そうじゃないと、ダメなんだ」
妥協は許されない。
「それじゃっ」
「気を付けて」
「行ってきます!」
今日何度目かの行ってきますを言って。
僕は駆けていく。目的の曲がり角へと。
曲がり角に差し掛かり。
僕は曲がり角を飛び出した。
飛び出した先には――春さんがいた。
驚いた風にこちらを見て。
目を見開いて。
「なん、で、秋斗君……」
「僕が春さんをほっとくわけがないだろ」
「でも――」
「でもとかいいから!」
出来るだけ暗くしないように。
「――。秋斗君」
「ん?」
「ダメだよ、暗い気持ちから逃げちゃ」
「――――」
――それは、どっちのセリフだよ、全く。
「春さん……」
「――」
「返事しろ!」
「――!」
あまりの矛盾で――僕は怒鳴ってしまった。
「何が暗い気持ちから逃げんなだ! お前が一番逃げてるじゃないか! 人にばっか言ってないで、自分もしっかりと向き合えよ!」
「――――――」
返事がなかったので、また怒鳴りそうになったが――僕は春さんの顔を見て、言葉が出なかった。
悲しそうな顔。今朝の顔だ。
「もう――ダメなんだって……」
「――――」
――こんなことは、聞いてはいけないのだろう。
けど。聞かなければ。
この。春さんの物語は――一歩進めない。
「春さん。――何があるんだ?」
「――――」
「この先――何が、起こるんだ?」
春さんは――答えてはくれない。
「春さん。あなたはすごいさ。神様としてじゃなく、人として。一人の人として。だけど――」
今の姿はまるで――。
「弱いことから逃げてるようにしか見えない」
「――――ッ!」
「春さ――」
「秋斗君にッ! 私の何が分かるのッ!? 全部忘れたくせに!」
「――――春さん」
そして僕は――語る。
「僕は確かに、知らない。知らなすぎる。自覚してる。でもさ。僕は知ってる。春さんは確かに神様だったさ。――少なくとも、僕の中では」
「――――――」
こちらを見て、助けてほしそうな目をしていたから。
「僕だって聖人じゃない。ましてや神様でもない。――昔がそんな大切なら、未来も同じように大切にしていこう。春さんが今悩んでる悩みの種を、取り払って。全部かき集めて」
僕は助けたいと思った。
「でも――もうだダメなの……」
「春さん――僕は、君の手伝いをしたい。一人で抱えるのが無理なら、二人で抱えていこう」
僕と――新のように。
一人で成し遂げず――二人で成し遂げればいい。
「だから僕は――あなたを――春を、助けたい」
「ッ!」
「だから教えて――何を抱え込んでいても、僕は君の隣にいよう」
春さんは。
――春さんは、泣いていた。
子供のように。――あの日の僕のように。
でも一つだけ。
決定的な違いがある。
春さんは――得たのだ。
僕というものを。
一度、大きなものを手放したからこそ分かる。
得ることの喜び。
「分かった。――秋斗君」
「はい」
「私を――助けてください」
そうして。
彼女の心を聞くことが、できた。
長かった一日も終わりが近付いている。
春休み終了まで、あと――六時間。
――大体の話はつかめた。
「つまり――春さんがもうこの世にいられないってこと?」
「うん」
簡単なことだった。
神様としての期限が切れるらしい春さんは、皆を思い、こうして自然に分かれるのが正解だと思ったらしい。
「ははっ。――馬鹿らし」
「ちょっと!」
ついつい笑いが漏れてしまった。
でも――こんなこと。
解決方法なんて簡単じゃないか。
「神様を続けたいって言ってやったらいいんじゃん」
「――え?」
「だから――続けたいって。言ってやったらいいだけでしょ?」
「え、でも」
「でもでもなんでも! 神様以前に――春さん、人間だったんだから。人の意見はしっかり聞きましょーってことだよ」
「――――」
――僕だって分かっている。暴論だって。
でも、そうだろう。
人間をやめて。また命をもらった。
そんな命を易々と引き渡す奴なんて――いるはずない。
ましてや春さんなんだから――鬱陶しいぐらいがちょうどいいさ。
「春さんらしく、ガツンと言ってこい!」
「うん!」
「あ、あと――」
「ん?」
振り向いたその瞬間。
僕は、頑張れとありがとうの二つの気持ちを込めた。
「――――」
「――――」
静寂が、訪れる。
温度が、伝わる。
春さんから、涙が流れる。
きっと――嬉しかったのだろう。
「……お返し。僕だって、ずっと待ってたんだから。このタイミングが来ることを」
「ん……ありがと。――じゃあ、行ってくる」
「おう! ガツンと言ってこい! 春さんをしっかり見せつけてやればいい」
「――! うん!」
今までの中で一番の笑顔で、飛び出していった。
僕は――もちろん春さんを追いかける。
不安だ。正直言って。
こんな幸せな終わり方。
響きはいいだろう。でも。
約束した。任された。
どれも皆から。だからこそ、このことは責任を持って――見届ける。
月の出る夜。
春さんの決意した夜。
春休み終了まで、あと――四時間。
どうやら面会は神社で執り行われるらしかった。
神社に似つかわしくないテーブルと――椅子二つ。
向こう側には――人ではないものが一人。
そして――春さん。
お互いが向き合い、そして口を開く。
音声は――離れた僕にもしっかりと聞こえるものだった。
「それで? 東の神様よ。覚悟は決まったかな?」
「――はい。決まりました」
「それでは今から――」
「私は」
――。
正直、何度も言うが、不安だ。
「神様を続けることに決めました」
「は……? 何を言っとるか!? そんなこと許さんぞ!!」
「でも――それを許してくれた人がいるんです。温もりを、優しさを――真心を。人間達と触れ合って、分かったことがあるんです」
心臓が跳ねる。
言葉一つ一つを重ねていく度、心が温かくなるのを感じる。
緊張と温もりが同時に押し寄せる。
「直に触れ合って。――この神社で、久しぶりに出会った人がいるんです。そしたらその人、家に泊めてくれたんですよ。笑えるでしょう? 今時そんな個族いるんだって。――でも、嬉しかった。私を見て、そんな神様――そんな私を、認めてくれた。それだけで、どれだけ――どれだけ救われたか」
全て――僕達『家族』の話だ。
「だから、その温もりを手放したくない」
春さんの目に――涙が浮かぶ。
「私を――こんな私を。私だからこそ認めてくれる場所に、私はい続けたい」
「つまり――やめたくない、と?」
「はい」
「――人間というのは、どこまでも愚かだ。己を神と言うだけで、目の前以外が見えなくなる」
「そうかも、しれません。――でも、私が見てきたのは、そんなではなかったです。もちろん辛いこともありました。嫌なことだって」
「なら!」
「でも――でも。あの場所にいたいんです。いがみ合って、妬み合って――笑い合って。そうできる場所に、いたいんです」
――僕も、泣いていた。
春さんが、僕達をそういう風に見てくれていた。
それが分かって――素直に嬉しかった。
「私は神様じゃないです。全知全能でもないし、誰からもあがめられないでしょう。――けど、私はそうでいたい。今のままでいたい。一人で抱え込んでいけないなら、二人で抱え込んで生きればいい。私が教わったことです。私も――そうでありたい。なんて、わがままですか……?」
心が破裂しそうだ。
ただ祈る。認めてやってくれ。
春さんは『家族』なのだから。
いたいと彼女が言うのなら、それを認めてやってくれ。
「――もう一度言おう。人間は、愚かだ。その内嫌気がさすかもしれん」
「――かも、しれないですね……」
「それでも、お前がいいというのなら――私はそれを止めはしない」
「!」
――! それって……つまり……。
「私は、このままで――いいんですか……?」
「――――――」
無言の肯定。
それはつまり、春さんは。
「良かった……」
言葉が漏れた。
良かった。本当に、良かった。
「全く……」
そうして、その一人は消え。
――僕の後ろに現れた。
「お前だな? あいつにそのことを吹き込んだのは」
「――ッ!」
「そう警戒するな。その、何だ」
「何ですか……?」
「ありがとう」
「は」
ただ一言出てしまった。ほとんど素で。
「どういうことですか?」
「そのままだ。そこで――お礼をしたい」
そして目の前のものは言った。
一つ、願いをかなえてやろうと。
「――」
「どうだ。悪くないだろう?」
「そうですけど――でも。やめときます」
「――そうか」
「でも」
僕は続ける。
一つの願いを。
「春さんの事故を――なかったことにしてください」
「――! いいのか……? そうしてしまうと、他の神様との記憶が消えてしまうのだぞ……?」
「大丈夫ですよ。――僕は皆を信用している」
記憶はなくなっても、きっと。
どこかで出会える。
そういう運命なのだと。
「きっと、出会えるさ」
「――そうか。それじゃあ、その願いは君が眠ってから執り行おう。――君が」
「?」
「君が、他の神様にも影響していることは分かっている。他の神様達も先程のように、まだ神様でいたいと言って期間勝ったぞ。――一体君は、何者なんだ?」
「僕ですか? ――そうですね……」
――。
いいのが思いついた。
「恋している、ただの『怪物』ですよ」
僕は、僕を認めたのだから。
こんな恋に貪欲な『怪物』がいても、いいだろう。
「――ははっ! 君らしい。――それでは」
「そうですね」
「そうだ。君にお願いがある」
「はい?」
「あの子に――お父さんが、末永く幸せにな、と言っていたと言っておいてくれないか?」
「――。分かりました」
――全く。不器用な親だ。
でも、これが。
春さんがああまでできた理由なのかもしれない。
恵まれた父を持った。
春さんは――本当に。
「幸せ者だ」
「それでは」
そして、消えた。
月はもう真上まで上がり切り。
それは春休みが終了したことを告げた。
僕は木の陰から出て、春さんのところへ――先程の約束を果たした。
春さんはそれを聞いて――泣いた。
泣いた。
僕はただ、近くにいてあげた。
彼女が温もりを感じられる距離に、僕はいてあげた。
春休みは――もう終わった。
明日からは――何もかもが違うのだろうか。
新学期に期待を込め。
僕達は帰る場所に帰った。
――朝が、来た。
――――。大丈夫だ。僕は昨日のことをしっかりと覚えている。
覚悟を決める。
幸い、まだ目を開いていない。
僕は――どんな景色でも、受け入れてみせる。絶対に。
僕が選んだことだ。
目をゆっくり――開ける。
日の光で、少しばかり目が慣れない。
そして、ピントが合った視界にいたのは――。
――皆だった。
魔裟斗さんも。ナイトメアも。新も。――春さんも。
ようやく、できたのだ。大きな恩返しが。
できた、成し遂げた。
涙が落ちる。
その涙は、何よりも幸せの色で染まり。
世界を鮮やかに見せてくれた涙だった。
僕は泣く。
実感が湧かなかった。出来ていたかどうか。
だからこそ――その結果があったからこそ、泣くことができた。
「おーい! 起きろー!」
僕は皆を起こす。今までにはないことだ。
――だからこそ、始めてみよう。
何日か経って分かった。
皆の記憶が特に変化していないこと。鬼秋さんもしっかりいたこと。そして――彼女達が学校に通っていること。
どれも初めてだ。
もちろんお願いしていたものあっての変化か、僕は『怪物』と言われなくなった。故に今は、知らない僕がどんな立ち位置だったかを探しながら学校生活を送っている。
そしてもう一つ。ささやかながら、始めたことがある。
――小説を書き始めた。
記憶があるからこその。
それが、同じ境遇にあっているかもしれない人達の希望となるように。
僕は書き続けている。
春さん達も知らない物語を――春休みの物語を届けたい。
身近な人から――遠くの、傷ついている人達に伝えるために。
そして、それが救いになるように、僕は書く。
下手でもいい。伝えたいことを伝える。それを文章に乗せて。
――きっと成功する。やってみせる。
春休みがあったから。
僕も皆も――成長できた。
春休みの物語。
そして、とある休日。
春さんが唐突に提案した。
「ねえ秋斗君」
「ん?」
「神社、行こっ」
「――うん。分かった」
そして僕らは歩いていく。同じ歩幅で。
同じ道を――歩いていく。
ちょうど桜の花が落ちる。
その花達と春さんが――とても美しかった。
この美しい光景を。
僕はいつまでも。
いつまでも見続けたいと。
「秋斗君?」
「ごめん。ボーっとしてた」
「ささっ。早く行こ」
春さんが僕の手を取り、駆けていく。
その時――桜のつぼみがゆっくりと開くのを見た気がした。
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