参日目
――よし、今日は問題なく、朝に起きることができたぞ。
掛け布団をどかし、綺麗にたたんだところで――大きく息を吸って――ため息をついた。
――もう気付いた人もいるのだろう。そして、疑問を持っただろう。何故僕が寝ている場所が『布団』になっているのかと。
――それは、そう。――――僕の、ベッドにて寝息を立てている、寝ぐせの悪い『自称』神様に、僕の! 寝場所をとられたからだ。
この! 自称(笑)! 神様に! 僕の寝床をとられたわけだ。
と、文句を垂れていても、しょうがない。――さっさと日課に行こう。――その神社の神様(?)が目の前にいるけれど。
こんなのが本当に神様なのか、と、再度ため息をつき、部屋のドアに手をかける。
――下に降りると、そこには僕の父親がいた。――何故かニヤニヤしている。正直、いやな予感がする。
「おい明人ぉ~? 昨日の女の子は一体誰かな~?」
――やっぱりだ。予想的中すぎる。昨日の祭りの準備の時にいたから――おやじのことだから――何かしら言われると思ったんだよチキショウ!
「き、昨日のこととは、一体……?」
「お前も色男になって~。あ~んな可愛い子と手なんかつないじゃったりして~」
――正直気持ち悪い。それと、結構ガッツリ見られてたみたいだ。
「町の皆は気付かなくとも、俺にはあれがお前だって分かったたよ」
「そうですかいな。――言っとくけど、昨日の女の子とは何の関係もないからな?」
「じゃあお前は、関係のない人の手をつなげるまで男として成長しったてことでオーケーなのか?」
「うっ……」
本当に口の達者なおやじだ。いつもだが、会話をすれば、何か言われてその反応を楽しまれていると思う。
「ま、まあ、その証拠に、僕はこれからあの神社へお参りに行ってくるのでありますよ、父上」
「お参り目的は~? あの子じゃないの~?」
「んな訳あるかいッ!」
そう叫んだ後、「行ってきます!」と続けて叫び、僕は神社へと走り出す。
――神社に着いた。自称(笑)神様不在の神社に。
来る途中に露店が展開されているのを目の端でとらえたが、それを悠々と見ていると、また昨日みたいに、誰かにつかまってしまうかもしれないので、さっさとここまで来たわけだ。
――さて、今日は何を祈ろうか。
ここは一つ――――命の在り方を教えてください。
僕には友達がいない。その理由の一つとして、僕はよく、『怪物』だと言われる。
生き物たちの命が失われているのを見て皆が涙するシーンでも、何が感動するのか分からない。
生き物がたとえ死んだとしても、それが僕に関係あるか否かで言われると、完全に否なのだ。
それにより、『薄情の塊』とも言われたこともあった。
――その対象がたとえ人であっても、それが僕の人生に大きく関わっていないのなら、それに涙する理由があるのだろうか。自分には関係のない人なのに。そんな人に涙する必要がどこにあるのか。
それ故に、それ故に『そう』言われてしまったのだ。それ自体に不満はない。
――ただ、僕は、その涙の在りどころを、命の意味を知りたい。
「――あなたの願い、かなえてあげる……♪」
「うおっ!」
耳元で突然囁かれ、僕は思わず体をびくつかせる。全く心臓に悪いことをしてくれる。
まさか、心を読まれたのではないのだろうか。
「大丈夫。あいにく君が頭下げ続けているところからしか居合わせてなかったから」
「それのどこが大丈夫なんだか……」
あんなことを考えていたなんてばれたら――――
「あんなことってッ!?」
――ほら、こうなるから……。
この時ほど自分の思ったことに後悔する日はなかった。
「き、聞かない方がいいと思うよ」
「えー何でよー」
「…………」
僕はどうにもできず、下を向いてしまう。――きっと知られてしまったら、春さんもきっと僕を『怪物』だというのだろうと、心の中で怯えていたのかもしれない。
――その心を読んだのか、それとも空気を察したのか、春さんが明るく話題を振る。
「そ、それよりっ。今日ここで祭りがあるのよねっ」
「う、うん一応……」
さすがのテンションについていけず、僕はつまづきながらもなんとか返事をする。
「じゃあさ、露店っていうんだっけ? 見ていこうよっ!」
「いや――――」
「え?」
「どうせなら、夜のお楽しみに、さ?」
そう言うと春さんは己の身を己の腕に抱いて、
「……何だか言い方がいやらしいわ。私を見る目もいやらしくなってる。あなた本当に中学一年生?」
「――濡れ衣だーー!」
ほんの気遣いだったのに、それを『いやらしい』と言われてしまった。
露店は祭りの中でも結構な楽しみなはずなのに、それをいやらしいと。
――全く、ひどいものだ。
「まあ確かに、楽しみにはしときたいかな……?」
――その声は、僕には届かず、風がそれをさらっていった。
どうしようか。こうなってしまっては帰るに帰れない。
絶対この人はやらかす。何かしら。
例えば、僕の親の前で自分の姿を親たちにも見えるようにしたり。そこまでしなくとも、この人は絶対一言は話しかけてくるはずだ。それをどう回避しようか。
「どうしようか、ねぇ……」
「――――――」
「なんでそんな目で私を見るの……?」
僕は精一杯の憐れみの目を、春さんへと向けた。
――この人は、マジで何にも分かっていないのだろうか。あなたのために悩んでいるというのに。あなたが何かしら問題を起こすだろうから、それを阻止しようと考えているのに。それをあなたが考えるはずないというのに。
ともあれ、一応案は決まった。
「春さん……? この場所で夜まで待っていただくというのはどうでしょうか?」
「え……? それ本気で言ってる? ――本気で言ってるなら、それだけはやめて。――――ねえ、なんで私から一歩ずつ離れていくわけ!?」
――――――――――
だめだ。こいつ自分のこと、一個も分かっていない。という結論から、ここに置いていくことにした。
――まあ、本命は春さんにとある言葉を言わせることだけれど。
「わ、分かったから! 言うこと聞くから、それだけはやめて~!」
「……何でも、ですか?」
「何でもだから~!」
「――言質は、とったよ……?」
「ま、まさか……」
――そう、この言葉を待っていたのだ。
この言葉の言質を取り、そして家に安全に帰られるように仕向けた。
――これで安全に帰れる。
このミッションは、この命令をすることで完了する。
「それじゃあ、一つ――――僕の家に着くまで、一言たりとも言葉を発さないこと。分かった?」
「な、なんだ、そんなことか……」
そんなことを言っていられるのも今の内だ、と、心の中で笑い、僕は歩き始める。
それにやや遅れ気味に、春さんがついてくる。
さて春さんは、果たしてこのミッションを無事に終えることができるのか。
――正直言って、とても心配だ。
「………………」
――今のところは、しっかりとついてきているようだ。
これがいつまで続くのだろうと、僕は心の中でため息をついた。
――ようやくついた。
――無事につけたのだ。
あの春さんが一度も話さず、僕の言うことを聞いて、ここまでこれたのだ。
あー、肩の荷がすっかり下りた気分だ。
そして、家の玄関に手をかけて、中へと入る。
――そしてそこには、間の悪いことにうちの父親がいた。
「おっ、朝のお勤めご苦労さん」
「――――――」
僕は声を出すことができない。何故なら――――――
「あ――――疲れた~。あなたの家までの道のり長すぎ! 私、空間転移できたのに、言ってくれればしたのに!」
そう、もう終わったと思っている春さんが、途轍もない勢いで――先程までの分を――一気にしゃべり出した。
「――おい、どした?」
「……いや……」
どうやら春さんの声はおやじには聞こえていないらしい。
――だめだ耐えろ、あと少し。
そう心の中で呟き、僕は二階の僕の部屋へと向かう。――努めて無言で。
そしたら春さんが手を取ってほしそうにしていたが、僕は手を取らない。
その僕の様子に観念したのか、ようやくとぼとぼとついてきた。
部屋に入ったら、まず春さんの手を取り、僕は顔を春さんの耳元へと顔を近づけた。
「――春さん……?」
「は、はい……?」
僕は問い詰めた。
何のことについてはあえて公言しなかったが、春さんはどうやら分かっているようだった。
――この鋭い察しが、先程発動すれば、どれだけ楽だったか。
「春さん、僕の伝えたかった事、分かるよね……?」
「ハイッ! ゴメンナサイッ!」
――はあ。もうめんどくさい。今回は謝ったことだし、特別に許してやるか。
「もういいよ……」
そういうや否や、春さんは僕のベットへと移動する。
そして、ベットの下に手を伸ばし――――
「やめろ――――ッ!」
僕は思わず叫んでしまった。
その声を聞いてだろう、ドタドタと階段を急いで上がってくる音が聞こえる。
「おい、どうした!」
――入ってきたのはおやじだった。おやじは入ってくるなり目をこすっている。
「あれ、そこにいるの、昨日のお嬢ちゃん……?」
――嘘、だろ……?
おやじに、見えているのか、春さんの姿が。
「あ、やべ……」
後ろでそんな声が聞こえたので、振り返ると、こちらを、口を開けたままおやじを見ている春さんの姿があった。
――どうしよう。とりあえず春さんに身振り手振りで僕意外に見えないようにしてと頼んだ。
だが、春さんはおやじの乱入に混乱してしまい、どうすればいいのか分からなくなってしまっている。こうなってしまっては開き直ってしまうのが一番だろう。
「お、おやじ!? この人は――――そう! 僕の新しい友達なんだ! 今ちょうど遊びに来て、だ、だからここにいるんだ!」
「お、おう……そう、なのか……?」
「そうだよね!?」
そう春さんに振っても、春さんはこちらを向くだけだ。
そうしておやじと言い合っているうちに、春さんが口を開く。
「――――もういいよ、秋斗君。――こんにちは、秋斗君のお父さん。私は今晩開催される神社の守り神、『春』と申します。今晩から寝泊まりする場所がないので、この家で寝泊まりさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はあ。あの神社の神様……なら、あの神社で寝泊まりすればいいのでは?」
おやじもやはり信じられていないのだろう。少し不審がりながら、質問をしている。
「そ、それは……それよりもっ。私はれっきとした神様ですよ!」
「ほお、なら俺が何を思っているのかぐらい、分かりますな?」
――初対面にすごい挑戦的だなとおやじを評価しつつ、春さんの出方を待つ。
だが、いつまでたっても、春さんの口から言葉が出ない。僕の時はあれほどすぐに出てきたのに。
「……嘘、心が、読めない……?」
「おっ、どうしたんだい? 心を読むんじゃないのか? っと、まあ、その服装見れば、神様ってのもうなずけちまうわけだが」
「あなた、一体、何者なの……?」
「秋斗のおやじさんだよ」
――春さんが、おやじの心を読めなかった。何故春さんは心を読めなかったのだ。そして――おやじは一体何者なのだ。僕の、おやじは一体……どこで何をしてきた人物なのか。そんな疑問が絶えず出てきた。
「まあ、この部屋にだったら、泊めてやってもいいぜ」
僕のおやじは――え? 今なんて? 僕の部屋に泊めるって言ったのか?
「じゃあ、そゆことで」
僕は出ていこうとしているおやじを引き留める。
「おやじ! どういうことだよ!?」
「あ? ――なるほどね。じゃあ一つ答えてくれ。お前は、春さんを襲うことができるか?」
――なんて質問してくれてんだ。この人。
「襲えるわけないだろ!」
「じゃあ、お前の部屋でいいじゃねえか。襲わないんだろう?」
確かにそう言ったが、そういうことじゃないんだよな……。春さんに危害を加えはしないが、春さんが僕に危害を与えないとは限らない。
その旨をおやじに伝えると、おやじはニヤニヤしながら言った。
「まあ、そうなっても、お前には得しかないだろうよ」
得? いったい何が得になろうか。僕には不利益しかないはずだ。――現に僕の性癖が春さんにばれてしまっている。
得、と一言に言われてしまった当の春さんはというと――何故か顔を赤らめている。
何故こうなってしまったのか。
「じゃ、そういうことで、よろしく~。あ、母さんにちゃんと言っとくから」
よろしくと言い、部屋を出ていくおやじを、僕はもう、止めることさえできなかった。
春さんを見ていると、春さんはまだ顔を赤くしたままだ。
「――なんか釈然としない……」
そう言い――またベットの下をあさり出す。
「だから、やめろ――ッ!」
――日もだんだん落ちてきて、そろそろ祭りの時間がやってくる。
町の住民がぞろぞろと神社に入ってくる。その年齢層は様々なものだ。年寄りから学生まで、様々な、だが、どこかしらで見たことのある人々が神社に入ってくる。
さて、そんな人たちよりも一足早くやってきた僕たちは、それらしく浴衣なんか着こんで、雰囲気に合わせてしまっている。
もう何年も見慣れた景色は、今年も変わらず、春を教えてくれている。
――さあ、これから祭りが始まる。
正直言ってしまうと、春さんが理由で、僕はあまりこういうところが好きではなくなってしまう。
「おっ、今年も来てんのか。『怪物』」
――――来た。同じクラスのトップ集団だ。
「えっ?」
――春さんは、今の状況を分かっていない。そして僕が、怪物であることも、きっと知らない。
「あ? 何だお前? 女連れてんのか? 怪物のお前には似合わねえ。その内その女、殺しちまうんじゃねえか?」
「おい、お前。それ以上言ったら、どうなるか分かってんのか?」
「あ? 今のお前に何かできるのかよ? 出来ねえだろ? なあ?」
こいつの言うとおりだ。僕は、こいつらに何も手出しできない。
この町の伝承と僕の姿が一致しているから。これで行動しようものなら、僕は、町の決まりに従い、死ななければならない。
どう、今の僕は、無力なのだ。――春さんが何と言われても、僕には黙ってみているしかない。
「あのー……これって、どういう……」
「あ? 知らないの? こいつのこと。――じゃあ教えてやるよ。こいつは生きているものに対して何の感情も持たねえ『怪物』なんだよ」
「え……? 怪物って……? ――ねえ、嘘だよね……?」
春さんが泣きそうな顔でこちらを振り向く。その顔に、心が痛くなる。
「ハッ! そんな怪物に近付いていたらお前も怪物になっちまうぜ? そんな奴にかまうのなんかやめて俺たちとつるもうぜ?」
「――春さん、行こう」
春さんの手を取ってその場を後にする。
――うしろであいつらの声が僕の耳に届く。
「あの女も大変だなーあんな奴に絡まれて」
それに合わせて周りも笑っている。
――どうとでも言っておけ。もうそんなのは慣れた。
「秋斗君……」
そんな声よりも、今は春さんの声が、心に痛みをもたらす。
――何故こんなにも、心が痛むのだろうか。今はそれだけが、ただただ謎だった。
「お、お二人さん。どうしたんだい?」
「ちょっと本殿に行ってくる」
僕は半ばやけくそにおやじにそう言い、本殿へと向かった。
――本殿はとても静かだった。3月だというのにとても寒く感じてしまい、そこに僕ら以外の人の気配はない。
「秋斗君」
「……」
僕はその問いかけに答えない。答えることは出来ない。
「ねえ……今のって本当なの……?」
その質問に僕はただ頷くことしかできない。
「――そう、なのね……」
その一言には、色々な意味が詰まっているのだと思う。
「――じゃ、じゃあ、私は一足先に家に帰っとくわね!」
きっと僕を思ってくれてのことだろう。
そして春さんは、僕の前から文字通り消えた。
――家に帰ったら春さんにお礼を言っとかないとな……。
今日、願ったばかりの願いを、神様に否定された気がした。お前には心はないと。故に、お前の心は在り方を知らないと。
明日から神様は、僕に何を見せるのだろう。今まで心を持たなかったことに対する怒りをぶつけるのだろうか。
命の重さを知らない少年に、命の重みを分からせるために、見せつけるのだろうか。
――その時見上げた空が、やけに綺麗に見えた。
それを、僕が小さい存在と知らしめているようで――少し、切なくなった。
――先に帰ってしまった。あはは……弱いな、私。
神様を名乗っているのに、少年一人助けられないなんて。
その時、ガラガラッと、後ろの扉が開いた。
「済まねえな、あいつ、ああなると、さ」
――声の主は秋斗君のお父さんのものだった。
私が寝ていると思い込んでいるのだろう。声はとても小さいものだった。
――その心は、やはり読めないままだ。
けれど分かる。これは、今こそ私に向けられているものの、他の誰かに向けられているものでもあることを。
2度目の扉を開く音は、誰のものかすぐにわかった。
「――春さん。ごめんよ……あと、ありがとう」
入ってくるや否やそんな言葉を発する。
その言葉に、自然と涙が出てしまう。
悲しくないのに、何故……。
今はその涙の理由を、知りたかった。――この胸の奥の痛みを、知りたかった。
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