弐日目

 ――振り返った彼女は、とても美しかった。それこそ、文字に起こせられないぐらいに。

 僕と彼女の間を、ただ風が通り抜ける。

 揺れる木々と彼女が、一つのセットとして見えてしまう。

 ――どうしよう、彼女はこちらを見たまま顔色一つ変えずにこちらを見つめ続けている。

 見つめられて鼓動が速くなるのを感じる。ドクドクとだんだん早くなる心を、抑えようと手を動かそうとするも、どうも自由に動かない。

 少し、とは言えないほどの長さ見つめ合っている謎の時間が続く。

 うじうじしていると怪しまれてしまうとでも思ったのか、気が付けば口が開いていた。


「「あのっ」」


 と、彼女と被ってしまう。

 ――また、気まずい空気が流れる。


「……そちらから、どうぞ……」


 と、申し訳なさげに振られたので、僕から話させていただきます。


「えっと……僕の名前は、『秋斗』。君の名前は?」


「えっと……私の名前は……『春』。――で、何か、用なの……?」


 表情こそ平常を保っているものの、声はとても震えて聞こえる。――僕、そんな怖い容姿かな……?


「僕は、その、お参りに……」


 そう僕が答えると、彼女――春さんはくすくすと笑った。

 そう変な答えじゃないと思うけどなー。


「ごめんなさいね、今時、お参りって……」


 笑いをこらえながら、春さんがそんなことを言う。

 ――自分でも、なかなかいないタイプの人ってことは承知しているが、ここまで笑われると傷ついてしまう。


「そんな笑うことかね……」


「ごめんごめん」


 そこで、オホンと春さんが一区切りつけて、


「私は、この神社の……守り神ってところかな」


「嘘だ」


「ちょっとは信用しなさいよ!?」


 嘘に決まっている。理由は二つ。

 服装が巫女姿であること。この神社の関係者だろうが、しかし、神がこんな服を着るのだろうか。もう少し、神秘的な格好をしていたっていいだろう。そして、二つ目。僕がお参りに来ていることに笑ったことだ。

 その二つがある限り、守り神でも何でもないだろう。

 それこそ、心の中を読むぐらいできなければ――


「守り神を名乗ることは許されない、でしょ?」


「えっ」


 まさか、本当に……? 心を読んだっていうのか?

 いや、まさか。そんなはずはない。


「心を読めるなんて嘘だ、とか思ってるんでしょ?」


 ――本当に読まれているようだ。


「知ってるわよ、毎日お参りに来てることとか、今日寝坊したとか、夜あんなこと……――」


「そこまで言わんでよろしい!!」


 女の子がはしたない。男の性事情を口にするんじゃありません。

 すると、春さんが、自分の言ってしまったことにようやく気付いたらしく、急に顔を赤くする。


「わわわわ、私、なんてことを……」


 ――ここはさっきのことをやり返すチャンスなのでは?


「ほんとだよ、人の心を勝手に読んだ挙句、そんなことまで言って……」


「ごめんなさいって! そんな泣きそうな顔しないで……」


 そう言いながら近づいてきたので、僕は――緊張でもしたのか、慌てて「嘘嘘」と言った。

 ――自分が結構チキンな存在だと知ってしまったのは、心の、いや、片隅にも置かないでおこう。悲しくなるだけだろうから……。




「へえーそーなんだー」


 現状は、この町のことを春さんに教えている最中だ。

 この町に神社が3つあることとか、色々話した。

 その中でも春さんが一番目を輝かせていたのは、明日、この神社で行われる予定の、祭りだった。


「今準備してる最中だから――」


 邪魔したらいけないんだ。と言おうとしたら、


「じゃあさ、今から行ってみようよ!」


 ――話聞いてくれよ最後まで!




「で、あれがここの人たち……?」


 あの後一応説明しても、行きたいと言い張るので、しょうがなく、できるだけ最低限のルールを作って今に至る。


「そうなるね」


「でも、多くない? 本殿にはあんな人数来てないわよ」


 ――そうなのだろうか。確かに本殿にそれほど人数が来ていないのは確かだが――住民がもっと大きい神社にお参りに行っているため――、そこまで来ていないのか。


「……確かに、この町にはあと3つ神社があるけど――」


「聞き捨てならない言葉が聞こえてきたけど……!」


 ? ! なるほど、そういうことか。つまり春さんは、他の神社に皆がお参りに行っていると思っているのだ。

 ――というか、さっきこの町の神社の数教えてあげたんだけど……。


「違うよ、他の神社は確かにあるけど、皆そこのどれも、というか、日常からお参りに来てるの、僕ぐらいだよ?」


 努めて小声で言う僕に反して、春さんは、表情だけで僕の声量を軽く超えてくる。

 なんていう奴だ……! 声量に感情で勝る奴が現れるなんて! というふざけた回想はそこまでにして、さて、これからどうしたものか。

 このままずっといても、大人たちに捕えられかねない。

 ここは春さんの意見を頼りにしよう。――事の原因は春さんなわけだし。


「――春さん、これからどうする……?」


「え? 何するって――」


 そこまで言ったところで、春さんの顔色がどんどん変わる。――青ざめるとかでなく、その逆、赤くなっている。

 もちろんのことだが、何故としか思えない。今の言葉のどこをとれば顔を赤くできるのだろうか。――春さんは一人で何かを高速で呟いてるし。


「でもだって草むらの中で男女が二人ででもそういうのじゃ全然ないしほとんど成り行きで私たちはここにいるのにそれとも『ここまで文句を聞いてやったんだから……』的な展開なの?いやいやそれはもっとないわ秋斗君の頭の中にそういう考えはないしじゃあ何で急に『どうする』なんて聞いてきたの――」


「あ、あのー……大丈夫、ですか?」


「い、いや、何でもないのよ……! ただ急にセクハラ発言をしてきたから困っただけ……」


 はて、セクハラ発言なんてしただろうか? 記憶を探ってもそんな記憶は一切存在しない。

 まさかとは思うが、この人の頭の中は、いわゆる『そういう』成分で出来ているのではないか。

 ――やはり、はしたない。


「いやあのね!? ここに来たいって言ったのは春さんな訳でこれから神社に帰るのかそれともここで町の住民をまだ観察するのかを聞いていてですねえ!?」


 声量こそ小さかったものの、それで春さんの一人暴走を止めるには十分だったらしい。


「え、どうするって……あ、どうしよう」


 ――この人はきっと後先に事を考えて行動しないタイプの人間だと、遅まきながら気付くことができた。きっと心のどこかで気付いていただろうが。


「あ、あいさつに行ってくるわ!!」


 僕の視線がそんなに冷たかったのか――慌てた様子で茂みを飛び出す。


「あッ! そっちは――」


 そして、その先の景色はとてつもなく鮮明に覚えている。

 あの後、春さんは大人たちに――案の定というべきか――つかまり、色々と尋問されていた。


「あーめんどくさいけど行くかぁ……」


 そして僕は、茂みから顔を伏せて大人のほうへ――幸い、フードが服についていたのでそれを深く被って――向かっていく。

 幸い、というべきか大人たちはどうやら僕だと分からなかったらしい。

 そして僕は春さんのところまで行く。


「あ、秋――」


 春さんがそこまで言ったのを聞いてから、手を引いて神社を抜け出す。

 春さんが何か言いたげだったが、それは後からどれだけでも聞いてやろう。

 僕を知っている人が一人でもいたら、確実におちょくられる。――春さんも助けたかったし。




 結構走ったはずだ。春なのに汗をかくほど。

 それは春さんも同じだ。途中で「ギブアップ」と言っていたけれど、無視して誰もいない安全なところまで移動できた。


「あなた、足、速い……」


 春さんは完全に息が上がっている。それは僕にも同じことが言えるわけで、返事する余裕すらない。ただ息を荒げることしか今は出来ないぐらいに走ったのだ。

 ――落ち着いて深呼吸、した後に空がもう夕暮れ時になっていることに気付いた。

 そういえば――春さんはどうするのだろう。


「春さん、あなた、夜はどうするんですか?」


 ――ここでもやはり、春さん節が炸裂した。


「何……? まさか私が寝泊まりするところないって言ったら、自分の家に呼んで私の――」


「それ以上先は言わんでよろしい!」


 女の子ははしたない、という概念が植え付けられそうで怖い。

 そうこうしていくうちに日は沈んでいく。


「あ、春さん! 明日、祭りですよ!」


「分かってるわよ! それじゃ、また明日!」


 そう言って手を振り、走っていく。――そして、瞬きの瞬間に、彼女は消える。

 ――今日は色々疲れた。守り神とか、はしたないとか、色々。――でも、楽しい疲れだったな。

 そうして僕も、沈んでいく日を背に帰路を歩き始める。




 家について、まず風呂に入った。

 明日は今日みたいなことにならないように早く寝ようと、部屋の扉を開いた瞬間――

 そこには、僕の薄い本を楽し気に読んでいる、神様の姿があった。


「あ、お帰りなさい。心配しないでいいわよ、あなた以外に私は見えないから!」


 そう胸を張って言う神様に、僕の言うことはただ一つだけに限っていた。

 神様がいることでもなく、姿が見えないどうこうでもなく……。


「なんで僕の本を読んでるんだ――!!!!」


 ――やっぱり女の子ってはしたない(この人に限る)。

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