花と獣

序 常盤の地

 屑しかないゆえ、屑ノ原という。

 華雨はなさめが初めてかの地を踏んだとき、そこは果てなき天と曠野が広がるばかりで何もなかった。まさしくクズだな、と口端に笑みを引っ掛け、華雨は袖をまくる。風がごうごうと唸る曠野の真ん中に家を立て、草をむしってできた庭に橘の樹を植えた。冬、あたりが雪原に変わっても色褪せぬ葉を茂らせた常緑樹である。


「ばばさま、ばばさま」


 濡れ縁で刀を研いでいると、頬を林檎色に染めた子どもが髪に雪片をくっつけて駆けてくる。


「ばばさま、とってきた」


 得意げに胸を張った風也は、小さな腕いっぱいに抱えた実を華雨の膝に落とした。甘酸っぱい芳香がくゆる。懐かしい橘のかおりだ。

 華雨は目を細め、橙色をしたその実を今、手に取る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る