神殿ショコラ その壱

 2月14日、午後4時頃でした。

 憧れの先輩にチョコを渡せなかった中学2年生の少女が、とぼとぼ歩いていました。

 何だかまっすぐ家に帰る事ができず、下を向いたまま遠回りをしていたら、いつの間にか帰り道を大きく外れていました。

 ふと、顔を上げると普段はあまり通らない町はずれまで来てしまっていました。


「あれ、こんなところに道があったっけ?」

 何となくゆるい坂道を登っていくと小さな神社がありました。

 案内板に書いてある文字を良く見ると

「渡せなかったチョコレートのお焚き上げをいたします」

 と書いてあります。

「渡せなかったチョコ…」

 少女は何かに導かれるように鳥居をくぐりました。


 社務所までたどり着くとまた案内板がありました。


「チョコレートはお清めをして児童施設等へ寄付することも可能です。

 ただし、次の条件を満たしているものにかぎります。

 一、賞味期限が明記されているもの

 二、製造元が明記されているもの

 三、材料に酒類が使用されていないもの

 付則 手作りのものと生チョコはお断りします」


 ああそれじゃ、寄付は無理だ。少女は少し落胆しました。

 彼女が先輩に渡すつもりで準備したのは、自分で作ったものでした。


 受付を覗くと巫女さんが応対してくれました。

「ごめんなさいね。手作りのチョコは衛生上の理由でお引き取りできないんです。

 寄付ができなくてもお清めをして、ご自分でお持ち帰りになってもいいんですよ。

 それが難しいようでしたら、お焚き上げをして、ご自身のお気持ちを浄化してあげてください」


 少女は少し考えて、小さな声で言いました。

「持って帰ることにします。お清めをお願いします」

「わかりました。ではこちらへどうぞ」


 少女は社殿へ案内され、神主さんから御祈祷を受けました。

 チョコレートもお塩での浄化をしてもらいました。

 先輩への想い、お小遣いで材料を買い、必死でチョコを作った時の気持ち、

 緊張しながら登校した朝、たくさんの女子生徒に囲まれた先輩、それを見て

 どうしても渡すことができなかった残念な気持ち………

 今日一日のいろいろなことが頭の中をめぐりました。

 そして、何だかスッキリしたのに何故か涙も出てきました。


 巫女さんが少女のチョコを返す時に言いました。

「無事、お清めが済みましたから、このチョコをこの後どのようにされても

 なにも問題ありません。処分しても、ご自分で食べても大丈夫です」

「わかりました。本当にどうもありがとうございました」


 鳥居をくぐり、坂道を下り始めて少女はハッと気づきました。

「わたし、御祈祷料を納めてなかった!」

 急いで戻ろうと振り返ると、そこには生い茂った森があるだけでした。

 あたりはすでに暗くなり始めています。

「あれ?」

 返してもらった自分のチョコに違和感を感じて取り出すと、ラッピングしたままの

 チョコレートに小さいふくらみがありました。

 何か入ってる、そう思った少女は夢中でリボンをほどき、ラッピングペーパーをはがしてみました。

 そこには小さなお守りと、メッセージが書かれたカードが入っていました。


「悲しんでいる人、落胆している人、残念な思いを抱えている人だけが

 当神社を訪れることができます。

 未成年の方は祈祷料は必要ありません。このお守りも返納することを気にせず、

 心の支えとしてお持ちください」

 少女はもう一度森の奥を確かめましたが、神社はもうどこにも見えませんでした。


 その夜、少女は自分の部屋でチョコレートを食べてみました。甘い香りと、とろける舌触りに自分でもうっとりしてしまいました。

「自分で作るとこんなにおいしいんだ」

 こんなにおいしいなら自分で食べることができて良かった、とさえ思いました。

 そして何だか心がワクワクしてきました。

「将来、ショコラティエになりたいな」

 突然そんな思いが湧いてきたので、少女は自分でもビックリしてしまいました。

 今までそんなことは一度も思ったことが無かったからです。

「どうしよう、それならまず、何から勉強すればいいんだろう?」

 戸惑いながらも、心は躍っていました。自分がだんだんと元気を取り戻しているのが実感できました。


 次の日、少女は昨日歩いた道をたどってみましたが、あの神社へと続く坂道は、

 どこにも見つかりませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る