親を審査する日

 ある夫婦に男の子が生まれました。両親はそれはそれは大切にその子を育てていました。祖父母も親戚も、みんなでその子の成長を見守っていました。



 3歳のお誕生日、親子は町のお役所へ行きました。3人は少し広いお部屋に通されると、そこには10人のお役人がズラリと並んで座っていました。

「どうぞ、おかけ下さい」

 子供を真ん中に座らせて、両親も両側のイスに腰掛けました。なぜだか、両親はとても緊張しています。

 男の子のすぐ目の前には、真っ黒いスーツを着ておひげを伸ばしたおじいさんが座っています。その人が言いました。

「きみは今日で3歳だね。お誕生日おめでとう」

 男の子が黙っていると、お母さんがせかすように小声で言いました。

「ほら、ありがとうって言わなくちゃ!」

 周りのお役人さんたちはクスリと笑みをうかべました。

「ありがとうございます!」

 元気よく男の子が答えると、黒いスーツのおじいさんは

「とっても元気にお返事してくれて、ありがとう。きっときみのお父さんとお母さんは今日まで本当に大事に育ててくれたんだよね。きみはお父さんのこともお母さんのことも大好きですか?」

 と聞きました。

「ハイ、大好きです!」

 男の子が答えると、おじいさんはさらに続けて聞きました。

「それではこれからも、このお父さんとお母さんに育ててもらいますか?」

「ハイ!」

「そうですか。わかりました」

 そしておじいさんは両親に向かって言いました。

「おめでとうございます。これからもどうぞお幸せに。今日はこれで終了です。ではまた再来年に来て下さい。ご苦労様でした」

 両親は安堵して、息子を連れてその場を後にしました。


 5歳のお誕生日、3人はまたお役所を訪れました。今度は男の子は一人であの広いお部屋に通されました。両親は別室のモニターで見守っていました。

 今度は男の子の目の前には、一昨年のおじいさんより少し若い、青いスーツの男の人が座っていました。

「幼稚園は楽しいですか?」

「う~ん……」

 青いスーツの人がたずねると、男の子はちょっと困った表情になりました。

「あんまり、楽しくない」

 男の子はポツリと言いました。

「でも、ママが幼稚園に行かなきゃダメだって言うの」

「そう。パパは何て言ってるの?」

「パパは……」

 別室の両親は体をこわばらせていました。

「あんまりおうちにいないから、ボクとお話しない」

 10人のお役人さん達は思わず顔を見合わせました。

 青いスーツの人は、男の子の顔をしっかり覗き込んで聞きました。

「これからも、今のお父さんとお母さんに育ててもらいますか?」

 男の子はちょっと間を空けましたが、ハイと答えました。

 お母さんは別室で、少し涙ぐんでいました。お父さんは大きくため息をつきました。

 3人が帰った後、お役人の一人が言いました。

「要警戒ですね。今後の様子を見守りましょう」


 7歳のお誕生日、男の子はお母さんと二人でお役所へ行きました。

 今度はお母さんはモニターの無い、離れた別室へ通されました。男の子はまた同じ広いお部屋へ入りました。

 今年の担当の人は、髪の短い、とても痩せた女の人でした。

「小学校は楽しいですか?」

 男の子は女の人を真っ直ぐ見て言いました。

「まあまあ、楽しいです」

 女の人はゆっくり書類をめくりながら聞きました。

「お父さんは今日はどうしたの?」

「仕事、だと思います」

「お父さん、最近はおうちに帰って来てる?」

「……」

「言いたくなければ、無理に答えなくてもいいんだよ」

 一番隅に座っていた年配の男の人が言いました。他のお役人も気を遣うような表情をしています。

「お父さんは…僕が一年生になる前から、ずっとおうちに帰って来ないです」

 一斉にお役人さん達がどよめきました。小声で誰かが言いました。

「カウンセリングしてたんじゃないんですか?」

 男の子は4年前に比べて随分大人っぽくなっていました。お役人たちの会話を耳にしても動じる様子もありません。

 女の人はいつもの質問を投げかけました。

「では、これからも今の両親に育ててもらいますか?」

 男の子は迷わずはっきりと答えました。

「無理ですね。他のお父さんとお母さんのところへ行きたいです」

「お母さんのことは、好きじゃないの?」

 女の人は心配そうに聞きました。

「嫌いじゃないけど、好きでもないです」

「そうですか、わかりました。ではそのための手続きに入りましょう」

 それからしばらくの時間、広い部屋の中は忙しくなりました。

 別室のお母さんには、その日は何も聞かされませんでした。



 二人が帰った後、お役人さん達はこんな会話をしていました。

「残念だな」

「私は毎回あの子を見てきたが、4年前に比べたら目が死んでいる。とてもあの年齢の子供の顔とは思えない」

「これで本当にいいのかな。こんな制度、意味があるんだろうか」

「それはあるさ。この法律ができたおかげで、虐待や育児放棄、貧困から子供たちを守ることができているんだ。実際に成果が出ている」

「子供の保護者は生みの親でなければ、というわけでもないし、誰が育てたとしても、子供が幸せに成長できることが一番大事な事ですからね」

「そしてそれを子供が決める。子供が自分の意思で親を、保護者を選ぶ時代なんだ」

 一番年長のお役人さんが言いました。

「さあ、忙しくなりますよ。今度は里親とのマッチングをしなければ。申し込んできている御夫婦のデータをすぐに準備して下さい。あの子にとって本当に良い両親をきっと見つけましょう!」

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