魂を慰めるために
清水川涼華
最後のお医者さん
冬香ちゃんは病気で苦しんでいました。どこの病院に行っても、検査で何も異常が見つからないので、痛み止めのお薬が出されるだけでした。
ある日、お父さんとお母さんが、
「ここが最後の病院だよ」
と言って冬香ちゃんを、とてもかわいらしい、いつか絵本で見たお菓子の家のようなクリニックへ連れてきました。
「こんにちは」
お医者さんは従兄弟のお兄さんのようにとても若い人でした。
お父さんとお母さんは今までの事をお医者さんに話し、お医者の先生は
「そうですか、そうですか、それは大変でしたね…」
と、何度もうなずいてくれました。
「冬香ちゃん、痛い時、どんな気持ちなのかな?」
今まで聞かれたことがない質問に、冬香ちゃんはとてもびっくりしましたが、すぐに答えました。
「えっとね…悲しくて、悔しくて……それからとっても寂しくなるの…」
先生は眼鏡の奥から優しい光を投げかけながらまた言いました。
「そう、そうなんだね。冬香ちゃんは、自分のことをとってもよくわかっているね。
ここでもまた、いろいろ検査をするけど、大丈夫かな?」
「ハイ」
そして冬香ちゃんの一通りの検査が行われました。
診察室に戻ると、先生は言いました。
「冬香ちゃん、痛い時、体の中にどんなヤツがいて、どんな風に悪さをしてるのかな?」
また冬香ちゃんは戸惑いました。痛みについて、こういう質問をするお医者さんは今まで会ったことがなかったのです。
でも冬香ちゃんはいつも思っていたことがあったので、すぐにしゃべり始めました。
「あのね、マッチを持った小人さんがたくさんいるの。でね、マッチに火がついていて、冬香の中でみんなでケンカをするの。そしたら火がたくさん燃えて、冬香の大事なところが火事になっちゃうの…」
「そうか、それじゃあ大変だ。すぐに火を消して、小人さん達にケンカをやめて仲直りしてもらわなきゃいけないね」
冬香ちゃんに返事を返した後、先生は両親に言いました。
「やはり検査では何も異常が見つかりませんでした。しかし……」
先生が何か言いかけた時でした。
「痛い!痛い!」
突然冬香ちゃんが胸を押さえ椅子から崩れ落ちてしまいました。そのまま冬香ちゃんはうずくまって大変苦しそうにしています。
「発作だ!冬香ちゃん、今、小人さん達がいるんだね!」
「はい…」
先生の言葉に小さくうなずく冬香ちゃん。その顔は見る者をも辛くさせる表情でした。両親は冬香ちゃんのそばにしゃがみ込み、必死に手や背中をさすっています。
「先生、どうか、どうかお願いします!」
「どうかこの子を助けて下さい!」
お父さんもお母さんも先生をすがるような目でみつめました。
先生は大きく息をして、両親に向かって言いました。
「もちろんです。やってみましょう」
先生は冬香ちゃんの両手を取って言いました。
「冬香ちゃん、心の中で小人さん達にこう言うんだ。『ケンカをやめて、仲直りしようね』って。先生も一緒に心の中で呼びかけてみるよ。だから大丈夫。もうすぐみんなケンカはやめて、仲良しになってくれるよ」
冬香ちゃんはうずくまったままです。が、その手は力強く先生の手を握り返しています。
「そうそう、もう少しだよ」
次の瞬間、
「!」
先生の表情が苦痛にゆがめられるのを、両親ははっきりと見ました。さっきまでの穏やかな先生の顔が、一瞬にして豹変したのです。
「これは……」
冬香ちゃんの手をそっと自分の手から離し、先生は肩で息をしながら、しかしキリリとした口調で言いました。
「緊急に手術が必要です!」
先生の執刀で無事、手術は成功しました。機械による検査では発見できにくい箇所に心臓の病気があって、そのために病院をたらい回しにされていた冬香ちゃんでしたが、すっかり元気になり、その後、同じ病気にかかることはありませんでした。
冬香ちゃんは大人になった時、記憶を頼りに、あのクリニックを探しましたが、どうしても見つけることができませんでした。
その頃には医療技術が進歩して、どんな病気も検査によってすぐに発見してもらえるようになっていましたので、冬香ちゃんもその後何か他の病気にかかっても、あの時のように原因不明の症状で苦しむことはなくなりました。
「もうあの病院は無くなっちゃったの?」
冬香ちゃんは心細くなってお父さんに聞きました。
「大丈夫。検査で見つからない病気で苦しんでいる人がいたら、必ずあの病院へ行くことができるんだ。あの時の冬香のようにね」
冬香ちゃんのお父さんは亡くなる前に教えてくれました。
「あの病院で働くお医者さんは自分の体を犠牲にして治療してくれるから、たくさんお休みの日が必要なんだよ。それと、あそこで働きたいと思っても、試験がとても厳しくて合格できるお医者さんが少ないんだ。本気で患者さんを救いたい、と思っていてもあんなすごい不思議な力を持てるまでには大変な修行が必要だしね」
その時、冬香ちゃんはあの時のお医者様の両手のぬくもりを思い出しました。
「あのお医者様はね、機械の検査では見つからない病気の患者さんの痛みや異常を、自分も感じ取ることができる先生なんだ。子供やお年寄りや、話すのが苦手でうまく伝えられない人の苦しみも、何か不思議な力で読み取ってくれる。だから他の病院で病名が分からずに辛い思いをしていた人が最後に訪れる、お医者様なんだ」
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