願望
タマミちゃんは学校がキライでした。
学校へ行くといつも心をズタズタにされました。
突然怒鳴られたり、突き飛ばされたり、あっかんべえをされたり…
「わたしは何もしていないのに、どうしてみんなこんなにひどいことばっかりするんだろう?」
そしてタマミちゃんは思いました。
「誰かにイヤなことされたら、『わたしはこのくらい傷つきました』って測ってくれる機械があればいいのに。お熱がでたら体温計で測るのに、どうして心がケガした時は他の人にわかってもらえないんだろう?」
タマミちゃんは小学2年生でしたが、その日は朝図書室に寄ってから1年生の教室の前を通って自分の教室へ向かうつもりでした。
階段の踊り場で、ふと壁に目をやると、6年生が書いた素敵なポスターが貼ってありました。吹奏楽部の定期演奏会のお知らせでした。
タマミちゃんがじっとそのポスターをみていると、1年生の男子がやってきました。
名札を見てタマミちゃんが2年生だとわかると、いきなりこう言ったのです。
「2年生のくせにここに来るんじゃねえよっ!」
タマミちゃんはびっくりして声も出ませんでした。体が凍りついたように動けなくなりました。
そしてタマミちゃんの心は、大ケガをしました。
「キャーッ!」
「せんせーい!」
「血が出てるーっ!」
1年生たちの悲鳴が廊下中に響き渡りました。
タマミちゃんは自分の心臓のあたりを見て呆然としました。
ドクドクと血があふれ出ていました。痛みも相当感じていました。
「リョウスケがやったんだ!」
誰かが言っています。みんながその男子を見ると、いつの間にか両手に大きな包丁を持っていました。そしてその包丁からもタマミちゃんの血が滴り落ちていました。
リョウスケはぶるぶる震えながら包丁を握りしめていました。
「ボクはそんなつもりじゃ…」
タマミちゃんのようすを見てリョウスケはただうろたえるばかりでした。
先生方が駆け付けた後、学校に救急車が到着しました。タマミちゃんは救急隊員によって担架に乗せられ、病院へと搬送されました。
リョウスケは学校内の相談室という部屋へ連れて行かれました。手に持っていた包丁は、学年主任の先生が押収しました。
その日は緊急に職員会議が開かれ、授業は行われず丸一日自習になりました。
職員室では大きなスクリーンに事件の一部始終が映し出されていました。この学校ではあらゆる場所に監視カメラが設置され、児童の動きに合わせてセンサーが働き、すべてを撮影しています。
タマミちゃんは何もしていないのに、突然リョウスケが怒鳴りつけた。それを先生方はしっかりと確認しました。
ほどなくして病院から連絡があり、タマミちゃんのケガの処置が終わったとのことでした。
教頭先生が指示を出しました。
「では今後この女子児童と、1年生の男子児童が校内で遭遇しないよう、それぞれの名札にセンサーを仕込みます。近づくと本人達がお互いを回避できるようになっています」
そして校長先生がおっしゃいました。
「明日になれば子供たちはすっかり忘れています。しかし潜在意識には深く刻まれました。ちょっとした一言や行動で、相手がどれほど傷ついているのか、目に見える形で実感したからです。
本日のリョウスケくんのような言動は、この年齢の子供ならば、しばしば起こしてしまいがちです。意味もなく、そして悪気もなく本人にしてみれば何気ない事ですが、これからはタマミさんのような子供を守らなくてはなりません。
先生方も御存知の通り、これだけの感性を持ったお子さんが、そうではない人々を救うからです。彼女の持つ能力が、今日の出来事を引き起こしたのです」
その後タマミちゃんは一生懸命勉強して、お医者さんの資格を取った後、研究者になりました。
そして小さいころからの願いであった、心の傷を計測し、数値化できる機械を開発したのです。
いじめられている人、心の病気にかかっている人、争いごとに巻き込まれている人など、多くの人々がその機械を使用しました。
また、いじめた人、相手を傷つけた側の人々も、数字でハッキリ示されることによって、自分たちの言動の重要さを認めざるをえなくなりました。
そういうわけでこの機械から得られたデータは裁判でも貴重な証拠として提出されるようになりました。
「少しでも自殺者が減る事を願って開発しました」
タマミ先生はテレビの特集番組で言いました。
「子供の頃、相手に悪気が無くても自分はこれほど傷ついた、ということをどうしても分かってもらいたかったんです。ええ、こんな機械があればいいのにな、といつも思っていました。そして自分で作ってしまったというわけです」
タマミ先生はにっこり笑って首元のネックレスを指でそっと触れました。
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