後編

 では、萌依子はいったいなにを食べたのだろうか。


 炊飯ジャーはセットされていなかったが、それはご飯がなかったと必ずしもイコールではない。

 夜食を求めてキッチンに入った俺は空になった内釜を目にした。あくまで炊飯ジャーに白米がなかったというだけで、昨日炊いてあったぶんの米が全部食べ尽くされたとは一概には言えない。他の場所に移して保存してあったかもしれない。炊飯ジャーには保温機能があるが米をそのままにしておけば黄色くなり食感や味が悪くなる。半端に余ったものは浚えてしまい、お茶碗によそってラップをしたりおにぎりを作って冷蔵庫で保存するのも一つの手だ。そうしてある可能性がある以上お米がなかったと断言はできない。


 残ったお米があったのならそれを朝食としたという線もあり得る。両親はパンを朝食としたらしいが、だからといって萌依子もそれに倣ったとは限らないのだ。

 冷やご飯を炒飯にしたりお茶漬けにしたケースでは、フライパンや食器の使用が必須なので洗い物の条件に抵触する。だが、おにぎり説までは棄却できない。手で直接握って作ったものを皿に並べてラップをしてあったのではなく、一つずつラップやアルミホイルでくるんであったとすれば食後にゴミを捨てただけで証拠は隠滅できる。


 ところが、おにぎりがあったと仮定で考えを推し進めると、俺が食パンを夜食にした件と矛盾が生じる。他にめぼしいものがなかったからこそ、ジャムを塗った食パンという選択肢を取ったのだ。炊飯ジャーが空になっていたのを始点として、まだ白米が残っていた可能性を検討し行き着いたのがおにぎり説だ。ならば、あの夜の時点で存在していなければおにぎりは作られなかったという結論になる。テーブルやキャビネットの目立つところに置いてあれば気づかないほうが不自然だし、また冷蔵庫に入れてあったのならば、食パンとジャムを冷蔵庫で発見したときにいやが応でも目にとまったはずだ。調理する必要なくすぐ口に入れられるおにぎりは軽食として申し分がなく小腹を空かせた俺がこれを見逃すわけもない。


 おにぎりの存在は否定され、朝食が米を主としたものではないと導き出された。

 となれば他の食品になるが、袋麺やパスタは鍋で茹でなければならず洗い物が出るので違う。カップ麺であれば食器は要らないが、箸やフォークがなければ食べられず、それらが洗い物になる。割り箸で食べるという方法もあるにはあるが、割り箸を使い捨てにするのはに萌依子の性格にそぐわない。ゴミにするつもりならば無駄になると断じて新しい割り箸を出さないだろうし、再利用するのを見越しての行動であったとしてもそのためには使用後に洗わなければならない。


 洗い物が出ず、そして俺の起床時まで残っていた食べものがある。そう、食パンだ。両親がどれけ食べたのか不明だし、俺が夜につまんだのちに誰かが起きて来て食べたかもしれず、萌依子が起きるまでにどれだけ減っていたかは判然としない。しかし、俺が食べているピザトーストがあった以上、少なくとも一枚は確実にあったのだ。


 妹の朝をイメージしてみる。両親は法事に行って家におらず、兄妹二人きり。米は炊いていない。冷蔵庫を見れば食材はほとんどない。しかし、食パンがあった

 そして、もう一つ重要な事実がある。萌依子がリビングダイニングに来たとき、俺はまだ自室で寝ていたのだ。

 食パンが一枚きりだったとして、それをいつ起床するかもわからない俺のための食事にするだろうか。彼女がいうように俺はだらしない。自堕落に午前中は値腐っていてもおかしくない類いの人間だ。昼、それから夜のために米を炊かなければならない状況ならば、最後の一枚を自分が食べ、ご飯を炊いておけばいいと考えるのが自然ではないか。


 しかし、事実は異なる。俺のためにピザトーストが焼かれていた。一枚しかない食パンを俺用にすれば、萌依子自身の朝ご飯がなくなってしまう。

 つまり、食パンは二枚かそれ以上あったことになる。


 二枚目の食パンの有無がはっきりとしたら次に問題となるのは食べ方だ。はたして食パンは焼かれたのかどうか。

 俺は、妹の言葉を反芻する。

「も-、そんなとこで食べないでよ。パンくずがこぼれるでしょ。テーブルで食べなって」

 なぜ彼女はテーブルと限定した発言をしたのだろうか。皿で受けても、パンくずが床に落ちるのを避けられるではないか。ゴミを気にするだけならば、テーブルで食べなとわざわざと手段を絞る必要はない。こぼれていると指摘するだけで、注意を促すことができるのだから。


 テーブルという言葉には意味があったのではと俺は疑念を抱く。

 片面焼きに皿を利用したという案はさきほど打ち消されたので、すでに皿が用意してあったということもなく、受け皿にするには新たに出さなければならない。だから、洗い物が増えるのを嫌ってその方法を退けたのかもしれない。たしかに萌依子ならば洗い物のことが頭の片隅をありそれで無意識裡にテーブルと口にしてもそう変ではない。


 そこで思い出されるのは台布巾だ。室内はエアコンが効いて温かく、そして空気が乾燥しているという濡れた物が乾きやすい環境にあった。にも関わらず、インスタントコーヒーの粉末をこぼした俺が触れた台布巾は湿っていた。水道で濡らさずともキャビネットを綺麗にできるほどにだ。

 台布巾の濡れ具合が最後に使われてからそれほど時間が経っていないと示している。両親は朝のうちに家を発っているわけで、前回の使用者は萌依子と見て間違いないだろう。


 なにかがこぼれ、あるいは汚れて台布巾で拭く必要が出た。食パンをそのまま食べるだけでは台布巾の活躍するような事態は生じない。ジャムを塗る際に垂れたという線もない。ジャムをビンから掬うにはスプーンの腹のくぼみを利用しなければならないが、シンクに浸けてあったティースプーンにはジャムがついていなかった。ケチャップをのばす背と汚れる箇所が違うので使い回したとしても、腹にジャムが付着していないのはおかしい。ジャムは使われていない。


 パン食で台布巾を用いなければならない場面がある。焼いた食パンをテーブルの上で食べれば、食後にパンくずを掃除するのに湿らせた台布巾が要る。

 萌依子は食パンをトーストし、そしてパンくずが床に散らないようにテーブルの上で食べたのではないだろうか。自分がそうしたからこそ皿で受けるという選択肢を知らぬうちに除外し、テーブルで食べなと自分と一緒の同様の行動を俺に求めてしまったのではないか。


 パンが焼かれた蓋然性は高いように思われる。しかし、俺は焦げについての萌依子の台詞を思い出してさらに考えを先へと進める。


 裏面の色を確かめるためにピザトーストを掲げた俺を見て「あれ? もしかして焦げてた?」と訊ねた。俺が苦味を感じてそんな行動を起こした、そう萌依子は見なしたのだ。  大丈夫と返した俺に「じゃあ、あれかな。金網についてた焦げが移ったとか。チーズが垂れて焦げついたりしたのかも」と。

 はっきりと苦さを覚えるほど焦げたチーズが裏にくっついていたのではと彼女は推察した。


 しかし、ピザトーストのへりから伝って裏まで達したチーズであっても、ピザトーストと同じ時間しか加熱されることはない。トースト表面のチーズと変わらない焦げ具合にならなければおかしい。表のチーズは苦くなるほど焦げていないのに、焼かれた時間の等しいはずのもう一方、垂れたものだけ苦くなるわけはない。


 萌依子の思考において、焦げたチーズはの発生源はどこだったのか。

 食パンを焼く前に金網が汚れていたのならば、可能ならばまず焦げ付きを取り除くだろう。オーブントースターを使うとしたらそれからだ。従ってはじめから金網に焦げがへばりついていてそれがパンに移ったのはない。


 オーブントースター使用前にあったものではなく、使用中にできたものでもない焦げ。ピザトーストが出来上がったあとに焦げがつくわけもない。

 これでは発生する道理がないではないか。

 

 解決策がないのならば、どこかで前提が食い違っているのだろう。そう推察し俺はひとつの可能性に思い至る。

 一枚しか焼かれていないとするから、焦げたチーズが生まれなくなってしまう。ならば、ピザトーストは二枚焼かれた。それも、同時にではなく時間差によって二枚焼かれたのだ。まずピザトーストを一枚仕上げ、そのあとでもう一枚焼く。すると、一枚目で金網に垂れたチーズが二枚目の裏にくっつき、二枚目つまり俺のぶんの調理で真っ黒に焦げる。二度焼かれることで苦味を覚えるような状態になる。だからこそ、萌依子は俺の舌がその味を捉えたと思いこんだ。


 オーブントースターに俺のぶんしかなかったので、一枚しか作られていないのだと錯覚していた。しかし、そうではなかった。

 テーブルという発言、台布巾、焦げ、それらが作り出した道筋を辿り二枚目のピザトーストの存在に到達した。


 片面だけ焼いた方法も今ならば簡単に理解できる。

 単純な話だ。食パンを二枚重ねてオーブントースターに入れるだけでよかった。一般的にオーブントースターはグラタン皿のようなある程度高さのあるものも使用可能な構造になっている。五枚切りの食パン二枚くらいであれば余裕で入るだろう。


 二段の食パンは上下両側から炙られるが、焼き色がつくのは外側の面だけだ。ホットサンドのように内側は焼かれることなく白い色を保っていられる。上段の表と下段の裏で焼き色に差が出るかもしれないが、肝心なのはそれぞれの片面だけに焼き色がつく点だ。ソースを塗っていない面がその色と揃えば俺が食べたピザトーストの姿になる。どうしても二枚の色を統一したいというなら、最悪、途中でひっくりかえせばよい。


 おいしいピザトーストの作り方を看破した俺は気分良く残りのピザトーストを平らげた。

 相も変わらず萌依子はコーヒーを舐めるように飲みながらこちらの様子をうかがっている。心に余裕ができたからだろうか、もう萌依子の表情に見下しの気配を嗅ぎ取ることはなかった。むしろ、どこかそわそわとしているようにさえ思えた。自慢したくて仕方ないといった浮ついた雰囲気ではなく、なにかを不安がっているような。

 はじめて手料理を披露したときも、こんな顔をしていたのではなかっただろうか。おいしくできただろうか、兄は喜んでくれただろうか。そんな内心が容易に透けて見える表情で当時の萌依子は俺を見上げていた。


 そんな妹も、今では一通り家事をこなせる母親よりも母親らしい存在となっていた。そこにはある種の自信が滲んでいて、不安げな顔など見せることなくかいがいしく働き回っている。俺の世話を焼く妹、はたから見ればどちらが年上なのかわからないのではないだろうか。

 しかし、どんなに大人びて見えても、こうして憂いを含んだ視線を投げかける萌依子を眺めていると、やはり彼女も年頃の女の子だと思い知らされる。


 そして、たとえ上下が転倒したような兄妹関係であったとしても、俺は萌依子の兄なのだ

 安心させるように俺は優しく笑いかける。


「ごちそうさま、おいしかったよ」

「どうしたの? いつもご飯作ってあげたってなんも言ってくれないのに」

「んじゃ、いつもありがとう」

「んじゃってなによ、んじゃって」

「こういうのガラじゃないんだよ。ともかくおいしかったよ、ごちそうさま」

 話を打ち切るように一気にコーヒーを呷る。

「ん」安堵だろうか、短く息をついた萌依子はそれからぽつりと「べつに、にーちゃんのためってわけでもないし」と漏らした。


 たしかに、俺のためだけというわけではないだろう。

 萌依子の行動をなぞればこうなる。まずパンを二枚重ねて下焼きをする。次に一枚を取り出してよけておき、もう一枚にソースとチーズをかけてピザトーストに。二枚目が焼かれるのは妹が自分のぶんを食べ終わってからだ。

 俺がリビングダイニングに入って目撃したのはその二枚目だ。一枚目はすでに萌依子の胃のなかにあった。だからこそ俺は一枚しか作られなかったと誤解した。


 入室時にすでにピザトーストが焼き始められていた事実こそ、俺のためだけではないという根拠となる。

 完璧なおいしいピザトーストに仕上げようとするのならば、ソースを塗ってから口に運ぶまでの時間をできるだけ短くしなければいけない。時間をおくとソースの水分が浸透して、しっとりとした食感になってせっかくの下焼きが台無しになる。

 ここで重要なのは萌依子に俺がいつ起きてくるかを知る術はなかったということだ。もしかしたら、床が軋む音などから目覚めた時間を把握するのも不可能ではなかったかもしれない。しかし、それとてどのタイミングで部屋を出るのかは予測のしようがない。食事も摂らずに自室でだらだらと過ごすかもしれないではないか。なにしろ、この自他共に認めるだらしない俺だ。


 そうした状況下にあってぱりっとしたピザトーストを俺が食べられる調理法はひとつしかない。俺がリビングダイニングに来たのを確認してからケチャップをかけるのだ。

 その行程を経ないで、俺が来るどうかも不明瞭なまま調理を開始したというなら、つまり二枚目のできにはさほど頓着していなかったということだ。オーブントースターの使用中に俺が現れたのは純然たる偶然だったのだろう。


 極力洗い物やゴミを出さずに完璧なピザトーストを作るにはパンが二枚必要だった。萌依子は自分のものをおいしくするためにこんな裏技じみた工夫をしたわけで、俺のぶんはあくまでついでだった。ソースとチーズをのせた二枚を金網に並べて同時に焼かなかったのだから、多少は気を回してはいたのかもしれない。それでも強いこだわりはなかったのではないだろうか。いつまで経っても起きてこないほうが悪いとでも考えていたのかもしれない。あるいは、洗い物をまとめて済ますことができないのに焦れて結局焼いてしまうことにしたのか。おおかたそんなところだろう。


 事実がどうであったにせよ、萌依子の意図がどんなものであったにせよ、寝起きで空腹の俺が料理をすることなく食事にありつけたのは紛れもなく彼女のおかげだった。

「洗い物は俺がやっておくよ」

「なに? 珍しいね」

 カップを手に立ち上がった俺を驚いたように見つめていたのも一瞬。

「ま、やってくれるっていうならその言葉に甘えるけど」

 萌依子は残っていたコーヒーを飲み干してマグカップを手渡して来た。


 キッチンのほうへと行き、いったんシンクにカップを浸けて両手をあけ水道に手を伸ばした。

 そこで、俺の胸中にあるひとつの疑惑が浮かび上がる。背の曲面にケチャップの赤を纏ったティースプーン、そのケチャップのつきかたに違和感があった。


「部屋戻るならエアコン切っといてね」

 リビングダイニングのドアに手をかけた萌依子の背中に俺はほとんど反射的に声をかけていた。

「なぁ、もしかしてお前スプーンのケチャップ舐めた?」


 平らな食パンの上をティースプーンでなぞってケチャップをのばす際、スプーンの背はカーブを描いているので接点となるのはその一部分でしかない。スプーンの背で削ぐようにしてソースを濡れば、行き場を失ったケチャップが押し出されることとなる。スプーンの曲面に沿って流れたものの一部はまたパンの表面に戻るかもしれない。しかし、なにしろ粘度のあるペーストだ。だまになってスプーンの背にへばりつくのが普通だ。


 膜のように薄くはりつくなんて形にはならない。ケチャップの紗は一様にかかるのではなく、その量の過多にむらができるはずだ。

そうなっていないのは、拭われたからと見るべきだろう。食パンには端まんべんなくケチャップが行き渡っているため、パンのへりでこそげ落とすことはできない。キッチンペーパーで拭うのも萌依子の主義に反する。

 だったら、舐め取るしかない。


 脚を止めて振り返った萌依子が俺を見つめる。シンク越しで距離もあったし、カウンターとドアの位置関係から角度があって視線が交差するという感じではなかった。それでも、萌依子が俺の表情を確かめるかのようにこちらを見つめているのがわかった。


 俺たち兄妹の目線が絡んだのはほんのつかの間だった。すぐに萌依子は顔を反らし、そのまま言葉を探すように視線をさまよわせる。

「だって!」顔を上げ口を開いた萌依子だったが、思いのほか自分声が大きかったことにびっくりしたように、一度言葉途切れさせた。

 若干トーンを落としてこぼした「もったいないじゃん」の言葉に、俺は思わず笑ってしまった。


「そうだよな、もったいないよな」

「なにそれ? 馬鹿にしてない」

「いや、お前らしいなと思っただけだよ」

「やっぱ馬鹿にしてる」

 そう言いながらも拗ねているような調子ではなく、軽口を楽しむようなどこか弾んだ印象の声だった。

「らしくていいんじゃないか。べつにその性格をどうこうしろと言うつもりはないし」

「にーちゃんはもうちょっとちゃんとしたほうがいいと思うけど」

「うるせーよ」


 再度エアコン切っておいてと言い置いて萌依子が部屋を出て行き、俺はさっさと洗い物を終わらせてしまうことにする。


 水が跳ねないよう向きに注意してスプーンをすすぎながら、ふと俺は嫌な想像をした。

 萌依子はスプーンを舐めたと認めた。しかし、いったいそれはいつ舐めたということなのだろうか。

 ピザトーストは二枚作られ、その二枚のソースが塗られたタイミングは一緒ではない。俺のピザトーストもさくりとした食感だったのだから、焼く直前に塗られていたはずだ。リビングダイニングに俺が来るほんの何分か前の話だろう。


 二度のケチャップの塗布の間には時間的な隔たりがある。だとするのならば、一つ目のピザトーストの準備でケチャップがついたスプーンは、二つ目にとりかかるまでどうしていたのだ。

 まさか舐めたんじゃ……


 体操着入れの件では自分から語り出して自慢していた萌依子が、このピザトーストに対しては沈黙を貫いていたのはなぜだ。二枚重ねで片面焼きになるというのは、いかにも萌依子がひけらかしてきそうな創意工夫であるにも関わらず、彼女はそれについて一切触れようとしなかった。


 同様の調理法で作ったピザトーストは妹も食べているのだから、その味は自分の舌によって保証されているではないか。そもそも失敗しようのないお手軽な料理だ。だというのに、なぜ萌依子は俺の反応を気にするようなそぶりを見せていたのだ。


 食事中のまるで観察するかのようなまなざしが記憶を刺激する。

 あれは、スプーンを舐めたことを俺に悟られまいかと恐れていたがゆえの行動であったのではないか。見抜かれるかもしれないと俺の動作に目を光らせ、同時にいらぬことを口にしないように工夫の披露も控えていた。


 いや、そんなはずはない。

 冷静になってみろ。ケチャップでスプーンが汚れるのは背の側だけなのだから、腹を下にして伏せて置けば、そのまま二度目でも問題なく使用できる。この方法であれば、ゴミも出ないし他の場所にケチャップがつく心配もない。

 だいたい舐めていたとしてどうだというのだ。家族ではないか。そんなことを気にするような間柄ではないだろう。

 そう思うのだが、胸中にくすぶるぞわぞわとした感情は洗い流すことができない。


 萌依子はスプーンを舐めたという事実を隠そうとするかのような行動を取っていた。それは彼女にとって伏せなればならない事柄だったということだ。

 俺にとっては、間接キスなど些細な問題でしかなかったが、しかし、妹にとっては異なるものだったようだ。意識していたからこそ事実を隠蔽しなければという心理が働いた。

 

 萌依子が意識していたと把握しまった俺もまた、その秘せられた行為を意識せずにはいられなくなる。桃色の舌が、銀色のスプーンを這うのを空想する。血を思わせる鮮やか赤が舐め取られる。糸を引く唾液、濡れたくちびる、甘い吐息。


 蛇口から流れ落ちる水の音は静かに、そして優しく響いていたが心を鎮めてはくれなかった。

 ピザソースの濃い味が不意におもいおこされた。

 それは舌先にねっとりとからみつくような。

 

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おいしいピザトーストの作り方 十一 @prprprp

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