つくもぶ!!
あまくろう
序章
俺は神様とやらを一切信じていない。
もちろん、それに付随する幽霊やら仏やら何やらも例外ではない。
この世に、残念ながらファンタジーは存在しないのだ……と言いたいのは山々なのだが、寺の生まれだからかなんなのか知らないが、俺には他の奴らにはない摩訶不思議な能力──いや、
最初にそれに気付いたのは三年前だったか。中学生に上がるかどうかの頃、近所の交通事故の現場に供えられていた花束の近くに小さな女の子が立ってたんだ。
あの頃の俺から見ても小さいとなると小学校低学年か、あるいは幼稚園児だったのだろう。愚かしくも俺は「そんなところで何してるの?」と妙な親切心と正義感を抱いた
その時、その女の子は──。
いや、いい。思い出すのはやめよう。
とにかく俺はその一件以来、ある種の「恐怖」を知り、自分の置かれた状況、このままだと将来どのような職業に就いてしまうのかを自覚するようになった。
寺の生まれ、住職の息子、父親には常々「全ての人や物に感謝の気持ちを持って生きろ」と
もうウンザリだ。
間違ってるとは言わない。大切なことだが、そんな大層な考えを持って日常を生きる人間がどれ程いるのか。住職の息子だというだけで、毎日そんなことを言われて生きなきゃならないなんて、どんな罰ゲームだよ。
生き方くらい……選ばせてくれ。
「
「……」
一二月中旬、吐く息が白むような頃。
まるで寒さなど関係なし、といった具合に元気よく、どん! と背中から軽い衝撃と共に、馴れ馴れしくも下の名前で俺を呼ぶ声。
無視するわけにもいくまい、と俺はやや面倒ながらも対応する。
「どうした? 転校生さん」
「うわ、まさかまだ名前覚えてくれてない?
「分かってるよ……」
何故、特に連むメリットのない俺などに構うのだろうか。たまたま席が隣だったというだけで。
まぁ俺も馬鹿ではない。席が隣だということは、それなりに交流のきっかけになることは認めるし、転校生の彼女からしてみれば、ようやく掴んだ交流の糸口なのかも知れない。
だが、残念なことにその頼みの綱であろう俺は、特にクラスの人気者というわけではない、というかどちらかと言えば若干浮いている感すらある優良物件だ。よって交流の糸口になる筈もなく、場合によっては同じ目で見られてしまう危険性すら存在する。
「なになに? ジーッと見て。アタシの顔になにかついてる?」
「ん? いや、まぁ色々な」
「色々!? 色々ってなに!」
「うるさい。色々だよ」
まぁ、彼女に至ってはその心配は無さそうだ。容姿端麗をそのまま具現化したような顔立ち、よくここまで似合うものだと感じさせる金髪。地味なブレザータイプの制服をここまで着こなす転校生。
いや、これはある意味浮いてるな。もちろん良い意味でだが。
なんにせよ、他の男も放ってはおくまい。あと二、三日もすれば何事もなかったように離れていくだろう。
「ねぇねぇ、きみって住職さんの息子なんだよね」
「だからなんだ」
「将来はそういう仕事に就くの?」
「絶対就かない」
「わお……もしかして悪いこと聞いちゃったかな」
「気にしなくていいが、まぁ……あまり将来の話とかには興味は無いな」
「そっか、分かった! ごめんね」
「こっちには慣れたか?」
「うーん、まだ二週間……まだまだこれからって感じですぜぇ」
なるほど、目立ちすぎるのも問題という事なのだろうか。どうにかしてやりたいと思わなくもないが、残念ながら“見えてはいけないものが見える”という事くらいしか取り柄のない俺には、どうすることも出来ない。
せめて、飴玉(いつ誰に貰ったかは不明)でもくれてやって、それで手を打ってもらおう。確か鞄の底の方にあったはずだ。
ぐわし、と掴んだそれは何だか妙な弾力があった。まるでゴムか何かのような感覚。
「……!」
俺はその正体を予感するや、握り締めて鞄から取り出した。ずっと無くしたかと思っていた、ある意味宝物にも近い物。
「なになに? お、それって……消しゴム?」
「ああ」
ずっと探していた、とは敢えて言わなかった。
他人が抱く愛着や執着を聞く事ほど、どうでもいいことも無いだろう。ましてやただのクラスメートの消しゴムに対しての“それ”など尚更である。
俺の掌にあるのは、既に角が丸まっている程に使い込まれた消しゴム。それでも持ち主がそれなりに綺麗に物を使う性格だったのか、どこも千切れていなければ、四方が均等に使い込まれている。
「そうか……こんなところに」
思えば、あれから八年。二度の進学を経て、この消しゴムも居所を変えるうちに、ついに高校の通学鞄にまで入れていたとは。我ながらその
ちなみにこの消しゴムは貰い物で、自分では一度も使ったことはない。正確に言えばすぐに使うつもりだったのだが、“とある事件により、使うに使いにくくなってしまった”特別な一品である。
そうこうしているうちに別れ道、残念ながら飴玉はお預けのようだぞ。倉木よ。
「ほら、お前はあっちだろう? また明日な」
「うん、また明日! またね〜」
大袈裟に手を振って、軽い足取りで離れていく倉木。ある程度見送ると、俺も反対方向に歩き始めた。
懐かしい感覚だ。最初の頃こそは「これは形見なんだ」と肌身離さず持っていたのに、二年三年、四年、五年と経つ内に、そういう事が妙に小っ恥ずかしくなって、思い出と共にしまい込むようになった。
ついには八年。いやはや時が経つのは速いものである。
弱冠一六歳とは思えないような事を考えつつ、今度は“しまい込み過ぎて”無くさないように、ブレザーのポケットに、ぐしっと突っ込む。
どうせ、こんな呪いに苛まれるなら、一度でいいからあいつの姿を見せてくれてもいいのに、と思うも、姿が見えないなら無事成仏したということで良しとする。
八年前、親の転勤で海外に行くということで離れ離れになった幼馴染み“
彼女は言った。
『シンジは寂しがり屋さんだから、これを私だと思って大切にしてね』と。
「よりによって使いかけを渡すとは……」
子供心では仕方ない。何か贈り物を用意するにも先立つものがないのだから。
それに当時の俺は、それでも嬉しかったのだろう。海外ともなると簡単には会えないが、いつかは会えるだろうと、そんなことも考えていた。
そんな矢先に、彼女は飛行機の墜落事故で死んだ。
生存者ゼロ。
わずか八歳の子供に絶望を植え付けるには十分すぎる言葉だった。
「……やめよう」
過去は振り返らない。いや、振り返りたくないだけなのかも知れない。
俺は生きて、彼女は亡くなった。その事実は何年経っても変わらない。後を追おう等微塵も考えなかった。それこそ何様だという話である。
精一杯生きる。その道も自分で決めてみせる。
きっとこの先も生きていたかったであろう彼女を悼むのなら、それ以外に俺の進む道はない。
少し思い出に浸りすぎて湿っぽくなってしまったテンションのまま、俺は自宅へと戻り、自室へと向かった。
いつものようにドアノブに手を掛け、いつものように捻る。カチャリ、という軽い音と共に開いた扉の先には────。
「あれ……あれれ? 確かにこの辺に気配があったはずなのに。まさか捨てちゃったとか?」
「……」
言葉が出なかった。
空き巣か。いや、この状況は間違いなく空き巣だ。見慣れないタイプの制服、あれがセーラー服とかいうものなのか。とにかくそれに身を包んだ女が……俺の机の引き出しを漁っていた。
「な、ななな……」
咄嗟の判断で大声を出すのをやめた俺は、まずは様子見と言わんばかりに女の肩に手を掛け、振り向くように促した。空き巣め、どんな顔してやがる……その顔ひと目拝んでやろう。
「(おい! お前……何してるん、ですか……)」
……こんな状況なのにも関わらず、イマイチ強気に出れないのが俺の悪いところなのだろう。心配無用、自覚はある。
「う、うわひゃわわ!!」
その代わりに、何故か空き巣側である彼女の方が盛大にシャウト。馬鹿野郎、一階の家族に聞かれたら事だろうが!
それとも自首のつもりか。それにしてもこの状況だと俺が強姦とも間違われかねないのだが。
まさか相討ち覚悟なのか、と俺が戦々恐々していると、取り乱しつつも彼女が言葉を続ける。
「わ、私が見えるんだ……。じゃなくて!! キミ! アレは何処にしまったの? ア・レ!!」
アレとは何だ。生憎だが俺の部屋には人様が空き巣に入る価値のあるようなものは置いてない。
ここで振り返った彼女の顔を見た俺は驚愕した。
そんな馬鹿な……いや、確かに八年も経っているのだ、それなりに当時よりも大人びているのだが、面影だけは中々変えられない。
そして俺は、その辺で見間違える筈もない程に彼女の面影をよく覚えている。
『アレよアレ! “消しゴム”!!』
その女の顔は、俺の幼馴染みにして今はこの世を去ったはずの。
柊 花菜そのものだった。
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