第1章 付喪神けし子
第1章-1
「お、おおおお……お前ッ」
その姿はさすがに冗談キツい。いや、他人のそら似ということも十分あり得るし、だとするなら目の前の彼女に対して失礼極まりない。
そもそも、俺の“
あくまでも外見的特徴が“そのまま成長したという前提で”一致しすぎている事に対して驚かされたというだけだ。世界は広い、そこまで似通った人間が居ても不思議ではない。
「いや……何ででもない。すまな──」
くはない!! 何故謝ろうとしてるんだ俺は。初心に戻れ、今のシチュエーションをよく見ろ。
「……お前は誰だ」
最初からこれで良かったのだ。
「なんで俺の部屋に平然と居座ってるんだ。何しに来た?」
「そんなのいいから、消しゴムはどこ?」
はっはっは、質問を質問で返されてしまった。
しかも見た感じ、全く悪びれてる様子がない。俺の言葉が聞き取れなかったのだろうか。それとも自分の質問に答えなければ、こちらも質問に答えないスタンスなのか。どこのガキ大将だ。
まぁいい、折れてやろう。これで平然と俺の質問に答えてきたら覚えていろよ……。
「消しゴムはここに………………あります(ボソッ)」
情けない気持ちになりながら、俺はブレザーのポケットに入った消しゴムを差し出す。
待てよ、なんで俺は自然な流れで“この消しゴム”を差し出した? いや、この条件反射に近い反応を誰も責められはしない。何故なら──以下略。
「ん、確かに」
日本語通じているじゃないか。馬鹿にしおってからに……せめてもの報復としてこの女の事は“けし子”と呼んでやろう。
消しゴム女の“けし子”だ。悔しいか、悔しかろう、ざまぁ見ろ。
……我ながらなんと情けない、そんな感情に苛まれながら、けし子に消しゴムを手渡した。そんなもの、当事者以外からしてみたら何の価値もないだろうに何故こうも欲するのだろうか。実に不可解だ。
「あれ? ちょっと待ってよ。キミ、普段からこうしてずーっとこれをポケットに入れてるの? ぷぷぷ」
「んなわけあるか!」
言った後に「しまった!」と俺は口を塞いだ。一階には家族がいる。こうして二階でバタバタと騒いでいるのがバレたら非常に怪しまれる。すでに手遅れの可能性すら考えられる。
「————?」
まずい。この声は妹の
いや、待てよ。俺だって高校生だ。女性のひとりやふたり部屋に連れ込んだところで妹に文句を言われる筋合いはないのではないか。
もっと堂々としていればいいのだ。そうだ。
「……あのさ、キミ」
俺の事を――座布団で頭を覆い隠して身を隠すように縮めている俺を見下ろしながら、けし子は冷たく一言。
「何してるの……」
「うるさい。というかお前も早く隠れるんだ! なんで空き巣の分際でそんなに堂々としていられるんだ。ここ俺の部屋だよな?」
あまりにも
そうこうしている内に、俺の部屋の扉が「ババーン!」と開け放たれた。ノックも無しにだ! 家族とは言えど
「……なに、してるの?」
冷たい言葉だ。
座布団越しにも鼓膜に突き刺さるような、軽蔑と嫌悪感に満ち溢れた声のトーン。正直つらい、泣きそうだ。
『あ、いや……なんか今揺れなかったか? どうやら揺れたような気が――――』
「揺れてるのは兄貴の小さい脳みそでしょ。静かにしてよね。
『……』
パァン! とドアが閉められる音。しばらくは座布団を外せなさそうである。悲しいわけではない、実は
『どうやら、お前の姿は他のやつには見えないようだな』
「だからそうだって。言ってなかったっけ?」
『言ってない!』
筈だ。
すると、けし子はなにやら困ったように「んー」と唸る。俺に目視されることがそんなに不都合なのだろうか。それはそうだろう、もともと誰からも目視されない前提で立ち回っていたのに、そこで規格外の人間が現れたのだ。不都合でない筈がない。
しかし、案外あっさりした様子で彼女は開き直ったらしく、
「私ね、
『付喪神?』
はい出た、オカルト。生憎だが俺はその手のオカルト話が大嫌いでな、絶対……ぜーーーーーーったいに信じないんだ。見えていようが、信じていなければ居ないも同然。
悔しかったら他————
「ま、信じても信じなくても問題はないわ。そこは大した問題じゃないもの」
『信じるさ』
せめて少しくらい困りやがれ、狼狽してくれ、土下座でもなんでもしてやるから。
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