第1章-2

 付喪神とは、別名『九十九神』と表記されることもある日本に伝わる伝承のひとつだ。

 なんでも『モノには、長い年月を経ることで魂が宿り、それは時に人の心を惑わす』らしい。

 八年、というのが長い年月に分類されるとも思えないのだが、まぁこの手の伝承自体、胡散臭さは標準装備なので気にしないことにする。

 そういうものなのだ、が一番ストレス無く物事とつき合うコツなのだろう。




「ところで、けし子よ」


 翌日、身を刺すような寒さに震えながら登校する俺は、隣を歩く“自称付喪神”の少女に問い掛ける。肩まで整えられた黒髪。妙にほんわかした表情を見る度に俺は、なんとも言えない気まずさを覚えるのだが、本人は全く気にしていないらしい。


「けし子?」

「気にするな」

「……うん、それが名前ってやつなのかな」


 名前の由来を知らないからか、何故か少し照れ臭そうな表情のけし子。本当の名前があるならそっちで呼ぶから言ってくれ、と思う。


「ところで話を戻すが、お前、寒くないのか」


 見たところ、一二月だというのに冬仕様の紺色セーラー服単品。マフラーやコートでも無いと厳しい季節だというのにそういった装備も皆無。


「べつに! 私は実体が無いからね、外気の影響も受けないように出来てるの」

「そうか。なら別にセーラー服自体も必要ないと言えばない訳か。そりゃ便利なことで」


「……えっち」


 なんでだよ、別に脱げとも言ってないだろうが。


 付喪神とやらは随分と都合のいい構造をしているらしい。

 実体が無いということは、要するにあらゆる生理現象とも切り離されているということでもあるのだろう。

 お腹も空かなければものを食べる必要も無い。代謝も起こらないから老廃物も発生しない。


 そしてこれはメリットとも言い切れないが風呂に入らなくても清潔な状態が常に保持される。風呂というのは気分のリフレッシュも兼ねているのだろうから、そういう意味でも一概にメリットとは言いにくい。


「便利なんだな」

「人を高性能掃除機みたいに言わないで」

「なんでだよ、てかお前の中の便利の基準ってそこかよ」


 神様の分際で便利のハードルが随分と高いな。

 そんなやりとりをしているものだから、とっくにこの“消しゴム付喪神”けし子様について、大方分かってきたのではないかと誤解を受けるかも知れないのだが、とんでもない。


 昨日の夜に出会ってから、今この瞬間まで分かったことなど、この女が消しゴムに宿った付喪神だということと、人には見えない、お腹も空かない幻影みたいな存在だということくらいだ。


 よく分からない奴だということが分かった。よくよく考えたら進歩のような気もしなくもない。


「神路くーん! おはよう!」


 背中からトンッと軽い衝撃。何でもいいが、ぶつかってから挨拶とは少し遅くはないか。


「おはよう」


「……」


 俺はいつも通りに挨拶を返すと、隣のけし子が不思議そうに相手をにらみつけた。

 こらこら、見えてないからってそんな威嚇みたいなことするんじゃない。


 言うまでもなく、相手は二週間前に転校してきた金髪美少女 倉木 鈴 だった。相変わらず一般人離れした雰囲気を纏っている。副業でモデルやらアイドルやらやってても全く不思議に思わないレベルだ。


 それにしても、やはり人間というか、生身の人間に会うと気分が多少楽に感じる。

 誤解の無いように言うが、別にけし子が化け物染みているというわけではなくて、あまりにも馴染みのない“付喪神”という存在に、俺の精神がついて行けてないだけである。

 加えてこの容姿、あまり気にしないようにしているが内心かなり動揺している。


「随分と久し振りだな」

「え〜、昨日会ったじゃん!」


「そう、だったな」


 口下手なプレイボーイ、燃えない可燃ゴミ、そんな言葉がピッタリな粗相をしでかす俺に、不思議そうな顔をすることなく、


「もう、そんなにアタシに会いたかったの?」


 からかうように一言。

 不覚にも少し……いや、相当可愛く見えてしまった。やや恥じらうように言っているところもまた卑怯だ。


「バカ言ってないで、はやく先に行ったらどうだ? 一限目は体育だろう」


「そうだったね。朝から走らせるなんてどういうつもり? って感じだよ!」


「それに関しては完全同意だ」


 ただ、四限目に入れようものなら腹が減って走れない、五限目に入れようものなら食後に走らせるなんて何事だ。こんな事ばかり言われる状況下で全クラスを指導するのは骨が折れそうだ。

 学校の体育教師は、脳筋のようで脳筋ではない気がする。あくまで部外者の見立てだが。


「ま、それならお言葉に甘えて先に行こうかな! じゃあね、神路くん達」


「おう、また後でな」


 そんな気持ちのいい挨拶だけして、倉木は軽い足取りで走って行く。

 そう言えば最近は悪天候続きでまだ体育の授業で卓球とかバスケとか、バレーなどの屋内スポーツしかやっていないのだが、倉木は今のところ目立った動きを見せていない。さすがの彼女も万能ではないということか。若干、そういうところには親近感を感じる。雲の上の存在なのは変わりないが。


「シンジ、あの人だれ?」

「ただのクラスメイトだよ。倉木って言うんだ」

「友達なの?」

「まぁ……まだ二週間くらいの付き合いだけど、友達と言っても良いとは思う」


 ダメとは言われないだろう、と信じて。


 それにしても、珍しく興味津々なようだ。神様にまで興味を持たれる人類。さすがだよ、世界が違うな。


「学校ではあまり騒いでくれるな? 他の奴には見えなくても俺には見えてる。こんなことで変人扱いはゴメンだからな」


「はいはーい」


 本当に分かっているんだろうか。甘い。


 結論から言うと、俺は六限目に、暇を持て余した暴走けし子に対して「先に帰っててくれ」と言葉を発してしまい、クラス全員の熱烈()な視線を集めることとなった。

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