第1章-3
「ねー、怒ってる?」
「怒ってないぞ」
これで三回目だ。いくら寛容な人間でも流石にウンザリするレベル。特に寛容でも何でもない俺はいい加減疲れてきた。
だが、ここまで謝罪してくるということは、彼女も彼女なりに悪いことをした自覚があるのだろう。
結局トータルでどれだけやらかしたのか分からないが、ここまでやられると何だか水に流せてしまうような気がするから困る。
こちとら今日一日で完全に変人ゲージが上昇してしまって明日からの身の振り方に頭を悩ませているというのに。
「まぁ、でもお前の存在を隠しながら日常生活を送るには少し無理があるかも知れないな」
「じゃあどうするの? 私のことを説明するにしても姿が見えなくちゃどうしようもないでしょう」
確かに。姿が見えないものを証明しようなど、そこにそれが存在するという確たる証拠が無ければ不可能。
しかし、そもそも俺は最初からけし子の存在を世間に晒すつもりはなかった。それこそ、世の中にごまんと居るインチキ詐欺師共と同じに見られてしまう。それだけならいい、だが、そこでは絶対に止まらない。
「何か考えよう。大丈夫だ、何が目的かは分からないが、
「……シンジ」
何故そんな顔をする。俺はけし子が見せた申し訳なさそうな表情に疑問を持つ。
それは今日の粗相に対してのものではない、もっと何か……“護るために抱いていたものを絞め殺してしまった”かのような表情。
「……あのね、シンジ」
けし子が、何かを言い始めたその時。
「まったく、今日のアレは何かしら? 見てられないわね。“憑依個体E-64”」
さらに
なので、頭に浮かんだ疑問も「誰?」ではなく、
「なんで……お前が……倉木」
まるで、けし子の事が見えて……その正体まで分かっているかのような言い草。俺の知っている彼女は、そんな世界は知らないはずだった。無関係なはずだった。
声の主に対して、けし子は震える声で告げる。その様子からして“予感”はしていたのだろう。それが今回で確信に変わったという具合だ。
「やっぱりあなた……“センチネル”」
「付喪神が、少々はしゃぎすぎたんじゃない? モノに住み着く怨霊風情が、ね」
けし子の表情が凍りつく、間違いない。傍目から見ても、このふたりの間で会話は成立していた。事情の分からない俺からしてみても確実にふたりの会話は噛み合っていた。偶然ではないだろう。
倉木 鈴。
転校生にして、俺の数少ない友人であった彼女が、才能豊かな一般人だと思っていたのにどうして。
「どういうことだ? 倉木……説明してくれ。お前は一体何者なんだ?」
「まずは謝らせてね、神路くん。アタシ、本当の名前は倉木 鈴ではないの」
「!?」
どういうことか。愚問だ、言葉通りの意味ではないか。倉木 鈴というのはこの世界に適応させるために与えられた、もしくは作り出した名前で、本当の名前は他にある。
騙していた、とは違うことくらい分かる。隠していたのだ。残念ながらその意図までは分からないが。
「本当の名を『ベル・クラリス』……天界直属の討滅部隊『センチネル』の構成員。そこの付喪神を見張るために派遣されてきたの」
倉木 鈴は偽名で、本当の名前はベル・クラリス。
それは分かる、いや正確にはそれしかわからない。その偽名の意味も、ここで本名を名乗った理由すらも。すべて、全て、
まったく意味が分からなかった。言葉ひとつひとつの意味すら、なにひとつ分からない。天界? 討滅? センチネル? 一体彼女は何を言っているんだ。ナニヲイッテイルンダ。
偽物か、今のベル・クラリスを名乗る彼女は偽物で、本物の倉木 鈴は別にいる。
それを何よりも願ったのは俺自身だった。この意味の分からない状況から逃げ出したい、だれか俺に答えを与えてくれ、教えてくれと心から願った。
願ったが。
「手短に状況を説明するね。アタシはそこの女を監視してた。人界に害をもたらすか否かを。そして判断した……
それだけよ、と倉木は右手を目の前に翳す。生み出されたのは槍──金色に光る柄、周囲に純白の羽を纏う一間半ほどある長槍。
ハッキリ言って、美しかった。この世にこんなに綺麗なものは絶対に無いと言い切れる。それだけ現実離れした代物だった。
「さ、話は終わりにして始めましょうか。神路くん、それをアタシに渡して」
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