第1章-4
「……倉木」
向こうは本気だった。
それは目を見ても明らか、その両手には金色に光る一本の長槍を持っている。
冗談にしては質が悪い。こちらは丸腰だというのに。
「神路くん、勘違いをしないでね。なにもアタシは戦えって言ってるわけじゃないのよ。むしろ戦いに発展しないことを望んでる」
「けし子を渡せって言ってるんだろ? 同じ事だ」
「けし子……?」
倉木は、視線を俺の隣にいるけし子に移すと、すぐに俺に戻してフッと笑う。
確かに、この名前は適当につけてしまった感は否めない。
だが、倉木はさっき彼女のことを別の名前で呼んだ。名前ですらない、あれはもはや番号に近かった。
そんな、こいつをモノ扱いする連中に大人しく引き渡すことは出来ない。
「何が悪い? けし子はけし子だ! 引き渡せだと? 馬鹿にするな、そんな槍一本で怖じ気づくと思ったら大間違いだぞ、倉木」
「そう、残念。せっかく仲良くなった友達を刺し殺すのは気が引けるけど
「!?」
一瞬で間合いを詰める倉木に、俺は全く反応できなかった。しかし、槍を使うにしては若干間合いを詰めすぎな印象も受ける。
これでは一間半(2.7メートル)ほどある彼女の武器では強さが発揮できないのではないか。
その懸念が、いかに俺が戦いの素人だったのか物語る。
「……ぐはッ」
器用に回転させられて勢いがついた槍を、ベルは俺の腹に叩きつけた。
鈍器で殴られたかのような鈍い痛みは、俺の心をへし折るには十分だと判断したのだろう。
信じられないほどの勢いで吹き飛ばされた俺の身体は、無慈悲にアスファルトに転がる。
擦り切れるような痛み、打ちつける激痛。こんな苦痛を味わうのは随分と久し振り……あるいは初めてかも知れない。
そんな俺でも分かる。これは最大限の手加減の一撃。
その気になれば初撃で串刺しにも出来たはずなのに、敢えてそれをしなかった。俺のことを友達だと言ったのは、案外ウソではないのかも知れない。
だが、そうだとしても今は負けられない。例え何も出来なくても、みっともなくたって、諦めてはいけない。今だけは……。
「まだ……まだだ!! まだ俺は……」
立ち上がる。既に打ちつけた左半身は痛みで麻痺しているようだった。むしろ麻痺しているから立てたのだろうか。詳しいことは分からないが、まだ立てる。
今はそれだけでいい。
「!! 神路くん……」
倉木も、予想外の出来事に目を丸くしている。気持ちは分かる、普段は無気力、無頓着、無愛想、そんな風に見られてもおかしくないからな。
だが、俺は一度だって人生を棄てて生きたことはない。そんなこと出来るはずがない。
生き残った俺がそんな投げやりな人生を送ってしまっては、死んでしまった花菜の魂が救われないだろう。
別に彼女の為だと恩着せがましく言うわけではない。これは俺のエゴだ。
彼女が生きるはずだった人生を悼み、少しでも俺がその意志を汲み取りたい。完全な自己満足。
「どうした倉木……俺はまだ立てるぞ!!」
「どうして……? 出会ってまだ日は浅いはずなのに、どうしてきみはそこまで本気になれるの?」
「そうだな、確かに日は浅い。だが、それを補うほどに
「……分からないわ」
冷たく一言。
当たり前だ、他人の思い出など関わりがなければ価値はない。理解しようとする方がどうかしてる。
だから理解などしなくていい、こちらも、それを求めるつもりは毛頭ない。
「なら手加減なんてするな。俺も本気でお前を阻止する! お前も本気で俺を突破してみろ!」
「元よりそのつもりよ」
躊躇いは無かった。
倉木は、右手で槍を振り回すと周囲を舞い落ちる純白の羽を巧みに操り、その長槍に纏わせる。
竜巻のように激しい流れを形成したそれは、触れるだけで切り刻まれそうな程に鋭く研ぎ澄まされている。
なんだこれは。
もはや槍術とも異なる──もはや“魔法”のようではないか。そんなデタラメな現象はこの世界には存在しない、はずだ。
霊が見える、信じる信じないの次元ではなかった。そんな些細なこと、どうでも良い程に圧倒的な光景。
「倉木……それは一体」
「説明の必要は無いわ。さぁ見せて、神路くん……その強さが本物である証を」
一瞬にして張り詰めた空気。身を切り裂くような風の音が
「……
放たれたのは、その名の示す通り、まるで大嵐を手中に収めたかのような凶悪な一撃。
それは空をうねる大蛇か龍のような閃光に近い。
これが彼女の本気なのだろう。
大気を抉りとるように突き進む攻撃が俺に向かって進む。その恐怖は計り知れなかった。
「ッッ!!」
逃げるな。
勝ち目なんて最初から無い。だが俺の目的は勝つことではなかった。
倉木に俺の覚悟を示す。あわよくば、けし子だけでも見逃してもらえるように運命をねじ曲げることだ。
俺の役目がここで終わろうとも。最後の最後まで生きることを諦めない。
「やめて……やめて!!」
俺の目の前に、ひとりの影が飛び込んだ。
セーラー服に身を包み、俺の幼馴染み 柊 花菜に瓜二つな姿をした、この世のあらゆる事象を受け付けない身体を持つ謎多き少女。
「私のことなら好きにしたら良い。送り返したって構わないから……だから!」
「……ふん」
倉木の瞳に変化はない。さすがに俺もけし子も、ここまでかと観念し、腹を決めた。
その時、
まるで大蛇のうねりの合間を縫ったような形で一命を取り留めた俺達は、安堵のあまりその場に膝をつく。
「何が、起きた?」
「……さぁ」
俺の問いに、キョトンとした表情で答えるけし子。極端なことを言えば、今も自分たちが生きてること自体が信じられずにいた。
ここで、倉木が口を開く。
「ここまでやって何もないということは、まぁ大丈夫でしょ!」
長槍を消し、何事も無かったかのように振る舞う倉木。何がどうなったのか全く分からないのだが。
「……まさか演技だったのか?」
「そんなわけないでしょ、本気だったよ。事実、そこの彼女は“過剰干渉”を犯したわけだし! でも君達の本気を目の当たりにして思っちゃったんだ……この二人なら大丈夫かもーって。まぁ初回くらいは見逃してあげるってことで!」
「大丈夫とは?」
なんだか、分かったような分からないような。そんなモヤモヤした気分が続く。
「鈍いねぇ! 単刀直入に言うよ? アタシはきみを試したの! そこの付喪……──けし子ちゃんだっけ? 彼女を見逃しても大丈夫かどうかを」
何がおかしいのか、微妙に口元を緩めながらそう告げた。試した? 任せても平気? 倉木よ、お前の思っている以上に俺は察しが悪いようだぞ。
そこで声を上げたのは、意外にもけし子。
「ほ、ほんとうに? 本当に見逃してくれるの?」
「ただし! いつあなたが『
「うん、それくらいなら」
それくらいなら、ではない。勝手に話を進めるな。憑喪とはなんだ、見張りとはどういうことだ。ちゃんと俺に説明して納得させてくれ。そして身体が痛いんだが……。
「はい決定! そうと決まれば治療よ、治療!!」
「ば……あああああああああ──────!!!!」
バシン! と倉木は、なんということだ……俺の左腕を思いっきり引っぱたいた。
情けない悲鳴が天高く響いていく。
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