第1章-5

 これはどういうことだ。


 近くにある某ファミレスで俺は、自分の左腕をはじめとした左半身を見回しながら未知なる技術の不思議さを体験した。


「傷が……治ってる」

「だって治したんだもん。ま、そのくらいのダメージなら何とかね。さすがに槍でグサーってなったら無理だけど」


 恐ろしいことをサラッと言う。無理とはどういう意味だ? 考えるだけでも恐ろしい。


「では、ついでに服も直してくれないか?」

「あはは〜! それは無理というものだよ!」

「なんでだよ!」


「治療と修繕は全く違うでしょ? そもそもこの技術だって“肉体における事象の回帰”であって、服は対象外!」


 両手をクロスし、( > < )こんなかおをする倉木。先程のことがあってか、妙に彼女のことを疑ってしまう。本当はなにか奥の手でも隠してるのではないか。


「まぁいい。とりあえず現状を整理させてくれ。お前はこの……けし子を見張るために天界から派遣され、『倉木 鈴』という偽名を使ってまで人間の世界に潜り込んでいた、と?」


 自分でもおかしくなりそうな程にオカルト・空想ファンシー全開の話である。

 信じられるか!!! というのが本音だが、この場でそれを言っても全く話は進まない。そういうものなんだろう・・・・・・・・・・・。我ながら便利な言葉だと思う。


「そそ」

「何のために?」


「その子が“憑喪つきおち”しないために」

「そうだ! それなんだよ、憑喪ってなんだ?」


 ようやく出て来た謎単語。逃がすものか、ここで真相を暴いてやる。

 そんな意気込みで臨むも、結果は思ったよりも簡単に導き出される。


「付喪神は“モノ”に宿った“思念”によってその純度を変えるの。“誰かを守りたい”という思いから“持ち主を呪ってやる”という思いまで様々よ」


「そんなに違うものなのか」

「愛情と怨念は紙一重だからね!」


 愛情と怨念は紙一重。

 生き過ぎた愛情が殺意に変わるのも、そういった理由からなのだろうか。


「で、怨念が宿る付喪神は、やがて嫉妬に狂ったように暴走をはじめる。人を襲い、神を喰らい、自我を失い、ついには自分自身をも……その果てにあるのが『憑喪』ってわけ」


「それになると、どうなるんだ?」


「一周回って自我は取り戻すらしいけど、それはもはや元々の自我ではなくて『破壊と殺戮』を本能とした悪霊そのもの。もはや神ではなくなる」


「そもそも神ってなんだ?」


 恐らく、俺達人間の定める神様とやらの定義とは違う気がする。

 案の定、返ってきた答えは全く俺の予想していなかったものだ。


「こことは違う次元にある『天界』。そこに住む存在の総称を『神』というの。そうね……ここでいう『生物』みたいなものかな」


「そうか、頭に光の輪っかをつけて『フォフォフォ!』と笑う髭オヤジ=神様ではないというわけか」


「? ひげおやじ?」

「なんでもない」


 日本人=SushiスシTenpuraテンプラSamuraiサムライが偏見だと憤るのと同じというわけだ。


 信じたくない……今もそのスタンスは変わらない。変えたくないのだが、先程の魔術めいた戦いを目の当たりにしては流石にメンタルが挫けそうになっている。


 本当は、俺達の知らない摩訶不思議な現象が当たり前に存在しているのではないのか。


 俺は、隣に座るけし子にそっと手を伸ばした。スッと彼女の制服越しにも分かるほどに細い腕を通り抜ける俺の指先。

 ジトーと俺の行動を見るけし子の冷たい目。


「おさわり禁止!」

「触ってない。未遂だろ」


 言葉は通じる。会話も成り立つ。



 信じるしか。

 認めるしかないのかよ。



「あ、そうそう」


 倉木が思い出したかのように俺を指差す。


「なんできみは、けし子ちゃんが見えるの? 非干渉状態さわれないなら姿すらも見えない筈なのに」


「やはりおかしいのか?」

「すごく!」


 そこまでか、俺はムスッとした気持ちになる。まぁ心当たりは大いにある。


「多分、俺にかけられた“呪い”のせいだ」

「呪い?」




 俺は、三年前の出来事をきっかけとしたこの呪いのことを全て倉木に話した。

 三年前の少女のことから、それ以降に当たり前に“霊”というものが見えるようになったこと。思いつく限りの全てを。 






「ふーん、なるほど」


 俺の話を聞いた倉木の反応は、予想外だった。これほどスムーズに事実だと認識し、自分の知識と照らし合わせていくとは思っていなかったからだ。


 そして、確信を得たように目をキラキラさせて倉木は告げた。



「うん! わからない!」


「わからないのかーーーーーい!!」


 ざわわッ、周囲の客・ウェイター達の視線が俺に集まる。俺としたことがここが何処だったか完璧に失念していた。


「……分からないよな。ここまだ授業で習って……ごにょごにょ」


 苦しい偽装工作。

 これはあれだ、駅やら空港やらで知らない人に手を振られて、「?」と思いながら手を振り返した結果、自分の後ろの人に向けての挨拶だった事が判明した時に、そこから背伸びのフリにシフトする時並に苦しい。


「いやぁ、人間って大変だね〜」


 けし子が面白がって耳打ちしてくる。落ち着け、ここで反応しようものなら今度は店から追い出されかねない。平常心平常心。


「ともあれ、きみのその能力は武器よ」


 倉木は確信に満ちた表情でそう告げる。

 まぁ特に否定する理由も無い。この目による具体的なデメリットというのも思いつかないし、“見えないモノが見える”というのは何においても大きなメリットであることに変わりは無いのだ。

 もちろん、例え弾丸が見えていようとも身体が反応できなければあまり意味は無いのだが、心の準備くらいは出来るだろうしな。


「先のことを考えよう。俺達はこれからどうすればいいんだ」


「とりあえずご飯食べよ-!」


 メニュー表を開く倉木。マイペース過ぎるだろう、さすがの俺も戸惑う。


「まぁまぁ、あまり気を張り詰めてもしょうがないし、ね?」


「なんだかな……」



 イマイチ腑に落ちないまま、俺はメニュー表をパラパラとめくり、看板メニューと思わしきドリアとドリンクバーを注文した。



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