第2章 棄てられた想い。

第2章-1




 夜の校舎。

 職員室の一角にある遺失物管理箱。そこにあるデフォルメされたクマのぬいぐるみ型ストラップ。

 あれは校内でも有名な品で、数年単位で持ち主が現れていない。


『……しい』


 クマ型ストラップのずんぐりとした胴体から、まるで幽体離脱した魂のように白い球体が現れる。一見すると愛らしさすら覚える形をしているが、そのクルンとした瞳は憎悪のようにドス黒い感情が渦巻いていた。


『クル……クルクルクル……クル死ィ』


 再び、水面に落ちる水玉のように波紋を立ててクマのお腹に戻った白玉。

 そのボア生地を思わせるモコモコした腕が動き出す。


『苦しい? 苦しい……なら殺そう? きっと楽しいよぉぉぉぉ! フクククク!!』




 翌日、裁縫実習室にあった“裁ちばさみ”が消えたことが発覚。個数管理していたこともあり、発覚から対応まで早かったのだが、それでも解決には至らなかった。





 「ねー、ねー、神路くん」


 貴重な昼食タイム(ソロ)を邪魔しに現れたのは、なんだったかな……センチメートルだかなんだか大層な名前の組織に属する槍使いの転校生。


「なんだよ、神様」

「ぐわぁぁ! なんで時たま根に持ったように弄ってくるかなぁ」


「別に根に持ってるつもりなんて無いが?」

「嘘だね! 絶対嘘」


「こんにちは! 倉木さん」

「こんちゃ! けっしー」


 隣のけし子は、なんの不思議も抱いてない様子で倉木に挨拶。

 適応力が高いのか、それともただのアホなのか。演技とはいえ殺されかけたのを忘れたのだろうか。

 しかも忘れるなかれ。決して“許された”わけではない。過干渉とかいう罪のせいで始末されかけたのを“保留”とされているだけなのだ。


 けし子、お前のせいでな!


「で、クラスの人気者が何の用だ?」


 こちらとしては、あまりお前と仲良くしてるところを見られると謎の勢力に目の敵にされるから学校での接触は遠慮願いたいのだが。


「いやぁ、少しお耳に入れておきたい情報がありましてね?」


 せこい情報屋みたいな口振りだ。そしてお前は絶対情報屋には向かない。断言する。


「部活動で居残ってる生徒を狙った切り裂き魔だろ?」

「え、なんで知ってるの!?」


「……お前」


 本気で言ってるのか。

 俺はうんざりしながらスマートフォンを取り出すと、いくつかアイコンをタップして彼女に見せる。




 差出人: 倉木(自称:神様)

 宛先: 茨木 神路

 件名: 事件だよ! 事件!


 昨日の夜、部活動で居残ってる生徒を狙った切り裂き事件が起きたって!

 これは憑喪の仕業に違





「……」


 目を(΄◉ ◉`)こんなかんじに丸くした倉木。おそらく寝落ちでもしたのだろう。何が言いたいのか、何となく分かるぞ。


憑喪つきおちだっけか? その仕業で間違いないんだよな?」


「うん……へへ」


 何故照れる。

 まぁ気にするな倉木。今時寝落ちなんて珍しくもない。ましてやお前は……名前忘れたけどなんか変な組織でも頑張ってるんだよな。そりゃ疲れるさ。


「話を戻そう。その憑喪が原因だとして、俺達にどうしろというんだ?」


 俺は戦いに関しては素人。普通の男子高校生以下だと言っても良い。そんなか弱い青年に何を命じるつもりなのか。


「手伝──」

「断る」


 なんて事を言いやがる。

 そもそも現在、学校からは『原則、居残り禁止』という有難い指示を頂戴している状態なのだ。それは部活動をしている生徒も“基本”例外ではない。

 そして、これは先日の事件を受けて、さらに厳しく規制されるだろう。部活動も全停止になるそうだ。

 そんなところに居残って教員に見つかってみろ。別件で裁きを受けかねない。


「この話はおわりだ。大体お────」

「あれ? まさかこのまま見殺しにするつもりなの?」


「……はぇ?」


 えらく聞こえの悪い言葉だ。

 その俺の対応に「隙あり」と言わんばかりに倉木は追い討ちをかけるが如く、


「今回暴れているのは付喪神……そうよ、元々誰かの想いから生まれた。それはけっしーも同じ……誰かの“思念”から“命”を授かったの」


「……」


 俺がけし子に視線を流すと、彼女は気まずそうに頷く。確かに、付喪神とはそういったもので、隣のけし子も同類なのだが。


「甘いぞ、倉木。その程度の煽りで俺が釣られると思ったか?」


「んにゃ、きみは動かなくても問題ないもんね」


 にやにや、と倉木は視線をけし子に流す。



「……!!」


 しまった、俺が彼女の狙いを察知した頃には時既に遅し。振り向くと、けし子はやや俯き気味で俺に視線を送る。


「もし、“想い”が変化した付喪神なら……かわいそう……かな。少しくらい手伝ってみない?」


「……」


 いやだ。そう言うのは容易い。


 だが今の彼女は、倉木の“寛大な措置”によって彼女の監視下にある条件で見逃されている状態なのだ。

 目を離した間に、もしかしたら万が一のことがあるかも……と考えたら目を離してる方が気になって仕方ない。


「ふふ、お察しいただけたかな? 神・路・く・ん」


「……行くよ。行けばいいんだろう」


 花菜、どうやらお前は図らずも俺の人生をガラリと変えてしまったようだ。良いか悪いかはさておきな。

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