第2章-2
「……寒い」
ただ今、二二時一五。比較的日が落ちるのが早いとされる冬でなくても暗闇に包まれる時間。
校舎の前には俺とけし子と倉木の三人。見慣れたを通り越して、少々見飽きた面子でもある。恐らく皆この気持ちは同じだろう。
「わ、わわわわわ……わがまま言わないの! 今は冬なんだよ?」
わがままとは心外な。そもそも誰のわがままで夜中の学校まで出張ってくる事になったのか問いたい。そこまで気になるのならひとりで突撃すればいい、それをやってのける力を持っているのだから。あの長槍は飾りでは無かろうに。
「というか倉木。そんなエスキモーみたいな格好してくるお前も相当じゃないか?」
顔を覆うようなフカフカなファー。抜群なプロポーションを覆い隠すようなコート。そんな重装備なのにも関わらずその顔色はあまりよろしくない。心なしか、少し元気がない気もする。いつもそれくらいだとちょうどいい、とは言わない。言わないだけだが。
確か……付喪神はこの世界の影響を受けない身体なのではないのか。ならば、同じ神様とやらである倉木もその恩恵に預かっても良さそうなもの。
そんな疑問を俺の視線から感じ取ったのか、倉木は弁明するように、
「その目……まあ、言いたいことは分かるよ。付喪神はあくまでも“思念”の結晶。同じ“神”でもアタシ達とは性質が全く異なるの」
「不気味なくらいのご明察だな。褒美に飴をやろうか?」
「いらな~い」
つまり目の前の倉木は、けし子とは違い、お腹も空くし、寒さも感じる、ということだろうか。実に不便なものだ、と
「そだ、けっしー! 今校内に気配は?」
「感じる……けど、これは」
「?」
どうにもけし子の言葉に歯切れの悪さを感じる。当たらずとも遠からず、そうとも言えなくもない、そんなニュアンスを感じる。
「どうしたんだ、けし子。なにか気になることでも?」
「付喪神の気配は感じるの。でも他にそれ以外……生き物ではない何者かの気配も感じる」
「生き物ではない何者……まさか」
何かを察したように目つきを鋭くする倉木。この時ばかりは俺にも分かった。
生き物以外の存在の総称を俺は以前に聞いたことがあるからだ。
「神……か」
「ふふ、きみも随分オカルト慣れしてきたじゃない?」
「おかげさまでな」
俺は皮肉交じりに伝えたはずだが、どういうわけか通じていないようだ。照れるな。
「それにしても、ここまで思念が肥大化した付喪神なら、倉木さん達『センチネル』が放っておかないはず……」
「そうね。アタシもけっしーの気配を見張るために派遣されてきたわけだし、それよりも遥かに巨大で不安定な付喪神を放ってはおかないはず」
見逃すはずはない。倉木の言葉からはそういう確信にも似た何かを感じた。
自分たちの責任、そして仲間の持つ強さの表れなのか。そういう自信に満ちた生き方が俺は少し羨ましく思う。
「そもそも、そのセンチなんとかってなんなんだよ」
「『センチネル』……戦う術を持つ神が所属する組織の中の、偵察や隠密行動を専門とする部隊のことをそう呼ぶの。ほかの部隊にもそれぞれコードネームが付けられてるんだけど、今説明しても理解できないだろうから今度ね」
「心遣い痛み入るね。要するに戦闘能力だけで判断するなら、隠密行動に特化してる分だけ他の部隊には見劣りするってわけか」
「そうね、上には上がいるものよ。中の下……いえ、下の上あたりでもおかしくないかも」
「そうか」
彼女の口から告げられた真実。それは俺の不安を煽るには十分すぎた。
誤解のないように言っておくが、彼女を責めるつもりも、悪いという気も微塵もない。倉木 鈴という少女の力が、俺たち人間にとって馬鹿げている程に強力だという事実に違いはないのだから。
それでもなお、まだ上がある。彼女の実力が霞むほどの存在がいるという事実に、俺の理解が追い付いていないだけなのだ。
「白状させてもらうが、俺は倉木がいれば向かうところ敵なしだと思っていた。その校舎内の付喪神の近くにいる神が例え、俺たちと敵対しようとも負けはないとな」
だが、倉木の強さが中間ラインをやや下回るものだとするなら、相手の強さを考慮して立ち回らないとならないだろう。敵対しない可能性はあまり考えられない。正確には考える必要がない。
「できることなら、一日時間が欲しい」
俺は冷静に、その提案をする。怖気づいたわけではない。ただ圧倒的に準備不足だった。
敵となる存在の事すら知らない状態でこのまま校舎内に突入するのは得策ではない。唯一の希望だった倉木の実力にも不安が残る。これも大きい。
「それだけ考える時間があれば、なにか……現状の戦力でも立ち回れる作戦を何とか考————」
「!!」
「!!」
突然、けし子と倉木が一斉に校舎のほうに視線を送る。
何故か、今のはさすがに俺にも分かった。
「思念が……変質した?」
「ごめんね、神路くん。待ってられないかも! 無理についてきてとは言わない。これは、“視て”どうにかなる問題を超えてるから」
それだけ言うと、倉木は金の長槍を携えて校舎に向かって行ってしまった。よほど事態は深刻だったのだろう。ここまで連れてきておいて、この先には来るなとは。
「無茶言ってくれるな。あいつ」
俺は隣のけし子に視線を送ると、大方意見は合致したようで、彼女の力強い頷きを確認すると校舎に走り出した。
長い、長い夜が始まりそうだ。
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