第2章-3

 夜の学校と言えば“怪談”を連想するだろうか。それとも別のあれやこれやだろうか。


 俺は、そのどれにも当てはまらないだろう感情を抱いていた。


「……騒がしいな」

「うん」

「……そうね」


 俺とけし子と倉木の三人の意見が一致することなど滅多にない。本当に珍しい。

 それだけ俺達の予想を上回る光景が、目の前に広がっていた。



『ウヒヒヒ! 人! ヒト! ウヒヒヒ!』

『ヒトダケじゃナイ! オマダレ? ダレダレダレダレダレ??』

『オエェェェェェ!! ヒヒヒヒヒ! ゲロ吐きソウ! ヒヒヒヒヒ!』



 ひとつやふたつではない。

 もはや数を追うのも億劫な程に多くの“人魂ひとだま”が好き好きに声を上げていた。子どものような無邪気な声がそこらかしこに散らばっている。


 正直なところ、ホラーはあまり得意ではない方なのだが、それでもあまり怖くなかった。それは、このうるさく木霊する笑い声が原因なのだろう。


「とりあえずまだ間に合う。引き返すんだ倉木」


 まだ玄関。幸いにも感付かれた様子もない。このまま戦えば準備不足が決定打となって敗北する可能性も大いにある。というかほぼ勝ち目はない。

 準備と言っても具体案が────


「準備って、一体何するつもりかな」


「それは……作戦とか……立ち回りとか……」


 痛いところを突くものだ。

 実際、無力な俺とけし子、それにある程度の強さを持つ倉木を加えたとしても具体的な策があるわけでもない。


 実に鋭い。

 そこで俺は、倉木が考えている事が分かった気がする。彼女だって考え無しに突っ込むほど愚か者ではない。

 考えて、考えて、“俺達の伸び代”よりも“敵側の勢力拡大”の方が確実に早いことを悟って動いたのだ。


 それを俺は「時間が欲しい」などと……思い上がっていた。


「アタシはいくらでも待つよ。きみたちが戦い方を学ぶまで、絆を強めるまで……いくらでも待つ。けど、敵は待っててくれない。現に、昨日の段階では“三人で攻めればどうにかなる”程度の実力だったのに、何者かの介入で劇的に力を増した。今はもう……“このままでは勝てない”ことが判明した」


「おい、待ってくれ。三人?」


 その言葉をそのまま受け取ると、俺とけし子までもが戦力・・としてカウントされていることになる。

 あれだけ倉木に一方的に押されていたのにも関わらず。


「どうして俺達が勘定に入る? 見ての通り俺はただの人間だ。特別な力なんて到底戦いの役には立たない」


「自覚がないのも無理はないね。けどそれはあなた達が“戦い方”を知らないだけ。付喪神という存在の秘める“強さ”を、きみ達はまだ知らない」


「付喪神の……強さ」


「そう、それを引き出す役目はきみ……茨木 神路くんが担っているの」


「俺が……けし子の力を?」


 意味が分からなかったが、多分彼女の言うことは正しいのだろう。


 そして、この時の俺は、倉木のこの言葉が何を意味しての事だったのか本当に分からなかったのだ。



「そういうことで、アタシは先に進むよ。きみ達はどうする?」


「……」


 行く、そう即答したい気持ちはあった。

 だが、今の状態でついて行って何が出来る? 囮にでもなれれば超上等。並で行けば足手纏いにしかならない。


 そんな俺が────





「行く……行くよ……行きます!!」


 くよくよと悩む俺の思考を断ち切った声。相変わらず呑気だが、強い意志を感じる声色は、今の俺の心には響きすぎるほどに伝わった。


「ね、シンジ。悩むのはやめよう? 私達は足手纏いにしかならない……確かに今はそうだよ、その通り、大正解!」


 そうだ。分かってるじゃないか。


「なら、もう少し機会を────」

「機会ってなに? キミは一体何を経験して“強く”なるつもりなの?」


 ついに何も言えなくなった俺。

 心の中では分かっていたのだ。そんな機会など存在しないと。


 戦いの経験は戦いでしか積めないと。

  

「“経験は宝”だよ。その手段を選んでるような人に成長なんて出来ない! 行こう、シンジ! 行って、知って、強くなろう! 一緒に」


「強く……」


 不覚にも俺は、その時のけし子を幼馴染みの柊 花菜と重ねていた。

 ちょうど成長すればこんな感じになる、というだけではない。内面的にもやはり彼女の思念なのか、名残を感じる。

 彼女だって、きっと今の俺を見れば同じ事を言うに違いない。さすがはあいつの思念の結晶……。


 本当に、あいつの────。



「行こう……確かに絶望的だが、この想いを抱えたまま逃げたくはない!!」


 一瞬頭を過ぎった雑念を振り払うように、俺はけし子に視線を投げると、共に決意を固めた。

 それを見た倉木は、わざわざ意志を問いただすことは無かった。その表情にも、なにやら思い切りのついた色が見える。


 ただ、一言だけこう告げる。


「……よし、いくよ! この先に待つ悲劇を清算しに」


 そうだ。俺達は知り、そして経験しなければならない。付喪神の思念が崩落した“憑喪つきおち”という存在そのものを。



 その先の運命を。

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