第2章-5

 白衣の男が不気味に口角を上げると、まるで指示を受けたかのように合成獣キマイラは動き出した。鳥の足のような爪を振りかぶって俺達に襲い掛かる。


「ッッ!!」


 それを受け止めるように前に飛び出したのは倉木。その両手に持つ一間半にも及ぶ長槍を巧みに操り、理性の弾け飛んだような連撃を払い続ける。


 返しの一撃。

 殴打するように合成獣の頭を叩き割ると、残された胴体が力無く地面に崩れ落ちた。


「……!!」

「……まじかよ」


 その光景に俺は身の毛がよだち、胃袋から内容物が逆流する感覚に襲われる。


 容赦は無かった。迷いも無い。少しでも躊躇えば自分が同じ目に遭っていたということを知っているからだろう。いつもヘラヘラしていた倉木とは全く別の一面。これが彼女の実力であり、もうひとつの彼女の世界なのだろう。



「相変わらず……命を弄ぶような戦い方を。これだからアナタ達は」


 倉木は険しい表情で白衣の男を睨みつける。彼女としても彼のやり口は気に入らないらしい。そこだけが救いだった。

 しかし予想通りと言うべきか、白衣の男は反省の色どころか、顔色ひとつ変えずに、


「あーあー……勿体なイ。これ・・だって無償タダではないんでス。低コストでもコストはコスト。簡単にスクラップにされたら困るんですヨ」


 なんだ、こいつは。俺は素直にそう思ってしまった。

 生き物を生き物とも思っていない。モノかそれ以下にしか合成獣のことを見ていないのがハッキリと分かる。ここまで初対面の人間に対して嫌悪感を抱いたのははじめての経験だ。


 訂正しよう。彼……奴はそもそも人間ではなかった。倉木と同様、神という異界の存在。


「なので、再利用させてもらいまス。死ぬほど苦しいかもしれないですが仕方なイ。弱いのが悪いのですかラ」


 白衣の懐から取り出した極細の注射器。それを頭を失って地に伏した合成獣の身体に乱暴に突き刺した。

 発声器官などない筈なのに、どこからともなく聞こえる慟哭。断末魔の方がいくらか精神的に優しいと錯覚させられるほどの叫びが鼓膜を突き刺す。


 鳥の足のような爪で、床を掻きまくる。胴体が千切れそうな程に暴れまわる合成獣は、ついに動きを止めた。首の継ぎ目の肉がグチャグチャと細胞分裂を繰り返すように再生していく。そして形作られるのはわにを思わせるような頭部。


 ただし、その形は半ば崩壊しており、歯茎は剥き出しに、右目に至っては形成が追い付かなかったのか空洞のまま眼窩だけが存在していた。



「ククク……鰐の血アリゲーターブラッドカ……何でもよかったが良いパーツを引いたものダ。ミーは運が良イ!」


 何がそんなに面白いのか、こちらが恐ろしくなるほどに歓喜する白衣の男に、倉木はさらに軽蔑を込めた口調で告げる。


「知ってる? いくらアナタが生み出す合成獣が優れていても……アナタは一ミリも強くなってないこと」


「はイ? なんでしょウ?」


「もう容赦しない。言い訳も立つことだし、遠慮無くアナタを消滅ころすわ」


「見回り如きが強気に出てくれますネ。ここの憑喪つきおちは素材としては中々期待できる事ですし、それを諦めさせようと言うのなら、こちらも然るべき行動に出まス」


 言いながら、今度は両手の指を鳴らす。空間を呑み込むように黒い渦が展開し、そこから鳥形と爬虫類型の合成獣がそれぞれ飛び出してきた。

 肉体の同化が進んでしまっているのか、もはや見ただけでは何の生物を掛け合わせたのか判らなくなってしまっている。


生命の超越者キマイラロードと賞賛されたミーの実力……その愚かな頭脳に叩き込んで消えなさイ。ベル・クラリス!」


「ッ!」


 両者は激突。向こう側に容赦は無いが、倉木の方には合成獣に対する“引け目”のようなものを感じる。しかし、これほどの戦いになるとその迷いが命取り。それは彼女も承知している。

 戦いが激化すると、いよいよ血生臭くなってくる。槍を突き刺しては内臓を抉り取るように合成獣を斃していく。


「く……神路くん! はやく先に……ここから先は巻き込まない自信が無い」


「……」



 我ながら本当に情けない。

 この戦いを目の当たりにして、慣れない血みどろの戦いに精神が疲弊してしまっていた。


「シンジ! ここに居ても邪魔になるだけだ。私達にはやるべきことがあるはずだよ!」


「分かってる……分かってるさ」


 この校内を彷徨う憑喪を、どうにかして鎮めるのが俺達の目的だ。倉木にそれを成すほどの余力が無いなら、それを引き継ぐのは俺達だ。


「……進もう。何が出来るか、なんてここに来た時点で考えるべきじゃない。やるべきことをやるだけだ」

「ごめんね、よろしく頼んだからね!!」


 合成獣を叩き飛ばすと、校庭へと向かう道を切り開いた倉木。気が付けば分裂を繰り返して敵の数は倍以上に膨れ上がっていた。これだけの数を相手取っている彼女の実力には頭が下がる。

 しかし、そう驚いてばかりいられない。俺は、けし子と共に無理矢理に脚を働かせて、戦場を駆け抜ける。






「行かせると……思いましたカ?」


「!!」


 俺の前に、白衣の男が立ち塞がった。

 無限に合成獣を生み出して、倉木の注意を強引に逸らして、奴はこの時を待っていたのだろう。

 見た目通り非力そうではあるが、それでも戦い慣れしているだろうこいつに、俺は手も足も出ない。


 出ない、からなんだと言うのだ。

 手も足も出ないなら、頭突きをしてでもここを突破しなければ、ここで殺されてしまってはこの場を受け持ってくれた倉木にも示しがつかない。


 こんな……こんな奴に。


「……け」


「んン?」


退けよ。俺達はその先に行かなきゃいけないんだ。邪魔するならぶっ飛ばすぞ!」


 こんな奴に、足留めなどされている暇はない。震える脚で、俺は迷わず前に進み続ける。


「……人間風情ガ」


 白衣の男はさぞご立腹だろう。神として人間如きに道を譲れなどと言われているのだから。


 だが俺は忠告はしたぞ。それでもお前は立ち塞がるなら俺は────!!

 


「ッッ!」 


 ドパンッ! 弾けるような音と共に俺の右拳が白衣の男に突き刺さる。

 本当に殴り掛かってくるとは思わなかったのだろう。男の身体は予期せぬ一撃を食らったように大きくよろけた。


 この状況に、誰よりも驚いたのは俺自身だ。

 まさか手持ちの合成獣を封じられただけで、一般人の俺にすら負けるほどの身体能力だったとは。


「ぐ……ぐぐがががががががガァァァァ!!」


 怒り狂ったように白衣の男が俺を睨みつける。

 しかし、その程度で俺は止まらない。止まってなどいられない。


 すり抜けるようにその場から走り抜ける俺とけし子。あとの事は倉木に任せて問題無さそうだ。幸いに合成獣の数もこれ以上増える気配はない。どれだけ異形であっても細胞は細胞。分裂回数に限界があるらしい。




 校庭へと抜けた俺は、前と左右にある校舎を見渡すが、やはりイマイチ目的の気配を割り出せない。


「けし子、気配はどこから感じる?」


「……東館……うん、こっちで間違いない」


 俺は、彼女が告げた方向へ走り出した。

 モノに宿った“思念”そのものである付喪神。それが怨念化したという“憑喪”という存在。


 俺はこの一件で、今まで認識が曖昧だった付喪神という存在について、より深く知ることとなる。

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つくもぶ!! あまくろう @Ama_Kurou

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