しゅわしゅわフルーツポンチ
「うっ……。あ、頭が痛い。ここは……俺の部屋か?」
目を覚ました柳一は、自分が自室のベッドで眠っていることに気づいた。
(俺は桜子と銀座千疋屋でフルーツポンチを食べていたはずなのに、いつの間に家に戻って来たのだろう?)
柳一が天井を眺めながらそんなことをぼんやりと考えていると、菜々子が部屋に入って来た。
「あっ! ようやく目を覚ました! ……もう! お兄様ったら! フルーツポンチごときでべろんべろんに酔っ払って許嫁に迷惑をかけるなんて、みっともないですよ!?」
「う、うぐぐ……。頭が痛いから、顔を近づけて叫ばないでくれ。……俺が酔っ払って桜子に迷惑をかけたって、本当なのか?」
「何も覚えてはいないのですか? 桜子お姉様は、酔っ払ったお兄様を介抱して、タクシーで家まで連れて来てくれたのですよ。図体がでかいお兄様を一人で車まで運ぶのは無理だったから、千疋屋の店員さんに助けてもらったそうですが」
「う、嘘だろ……? 俺、そんな醜態をさらしてしまったのか?」
柳一は顔を真っ青にして、そう言った。しかし、頬を膨らませて怒っている妹は、嘘だとは言ってくれない。
窓を見ると、眩い朝日が差し込んできている。日付はとっくに変わって十二月二十五日のクリスマスになっていた。
最高のクリスマス・イヴの思い出を桜子にプレゼントしようと思ったのに、どうやら過去最悪のクリスマス・イヴにしてしまったようだ。
「菜々子……俺は切腹をする。介錯を頼む」
「うちの先祖は商人ですよ。武士みたいなことを言っていないで、シャキッとしてください。桜子お姉様は、お兄様のためにクリスマスケーキやご馳走の準備をしてくれているのですから、暗い顔をしない! そして、ちゃんと反省をする!」
「…………はい」
柳一はベッドの上で正座をして妹に叱られていた。兄の威厳など皆無だった。
菜々子は、三十分ほど兄を説教(という名の罵倒)をすると、プンスカ怒りながら部屋を出て行った。
「はぁ~……」
部屋に一人になった柳一は深々とため息をつく。
出会った頃からそうだった。桜子のことを大事にしてやりたいのに、不器用な柳一はいつも空回りしている。桜子は子供だから三歳年上の柳一のことをこれまで頼りに思ってくれてきたのかも知れないが、桜子は来年には結婚ができる年齢だ。すっかり大人っぽくなった桜子は、許嫁の醜態を見て幻滅してしまったのではないだろうか……。
「まさか、デザートを食べて酔っ払うとは夢にも思わなかった……」
柳一がもう一度大きなため息をついた直後、桜子が「失礼しま~す」と言って部屋に入って来た。
「さ、桜子……! き、昨日は本当にすまなかった!」
「わ、わわ、わ! 土下座なんてやめてください! 柳一さんはご自分がお酒に弱いことを知らんだのやし、そもそもフルーツポンチにお酒が入っていることも知らんだのやから……」
「でも、せっかくのクリスマス・イヴだったのに……」
「今日はまだクリスマスやし、家族みんなで美味しい物を食べて、楽しい思い出を作りましょう。だから、顔を上げてください」
「桜子……」
許嫁の優しさにじんときた柳一は、涙ぐみながら顔を上げた。
その直後、恐怖に満ちた声で悲鳴を上げていた。
「げげっ!? ふ……フルーツポンチぃぃぃ!?」
そう、なぜか桜子はその手にフルーツポンチを持っていたのだ。しかも、満面の笑みで柳一に「どうぞ♪」と手渡してきた。
「や……やっぱり、怒っているのか? 俺をフルーツポンチでもう一度酔っ払わせて、前後不覚に陥った俺に拷問でもする気か?」
「許嫁にそんなことしやへんよ!?」
桜子は、あまりにも突拍子のない柳一の発想に驚き、思わず大声を上げてしまった。妹の菜々子もひどい妄想力を持っているが、やはり兄妹である。
「心配せんでも、お酒は入れてません。柳一さん、すぐに酔っ払ってしまったやろ? だから、フルーツポンチの味をしっかりと楽しめやんだと思って、お酒抜きのフルーツポンチを作ってみたんです」
「え……? 俺なんかのためにわざわざ作ってくれたのか?」
「俺なんか、じゃないです。私の大切な未来の旦那様のために、作ったんです」
グラスの中には、イチゴやリンゴ、ミカンが入っていた。イチゴとリンゴは、先日お歳暮でもらった物だろう。
「ちょっとフルーツの種類が少なくて寂しいから、寒天も入れてみました。どうぞ食べてください」
「ありがとう、桜子……」
スプーンを受け取った柳一は神妙な面持ちで、フルーツポンチを食べてみた。
すると、口の中でしゅわしゅわ~という心地良い刺激がして、その直後に果物たちの甘みや酸味が口内に広がったのである。
「ん!? これは……サイダーか!」
「はい。お酒の代わりに、柳一さんの好きなサイダーを入れてみました。これやったら、柳一さんにも喜んでもらえると思って。……どうですか? お口に合いましたか?」
「口に合うどころか、こんなにも美味いデザートを食べたのは生まれて初めてだよ」
「よかったぁ~! 柳一さんに喜んでもらえて、嬉しいです!」
桜子はホッと息を吐き、そう言った。そして、急に悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「……ねえ、柳一さん。私も少し食べてええですか?」
と、言い出したのである。夢中になって食べていた柳一は特に深く考えず、「ああ、もちろん」と答えた。
「では、失礼して……」
「お、おい。桜子? なんで俺の膝に座るんだ!?」
桜子は背中を向けると、胡坐をかいていた柳一の膝の上にちょこんと座った。柳一の顎の真下に桜子の頭があり、彼女の髪の匂いが柳一の鼻をふわりとくすぐる。
「えへへ……。たまには柳一さんに甘えてみようと思いまして。この態勢のまま、フルーツポンチを食べさせてくださいな♪」
「ど、どうしたんだ。急にこんな子供っぽいことをして……」
そう言いつつ、柳一の理性は、サイダーの泡のように、しゅわしゅわとはじけてしまいそうになっていた。桜子の温もりを胸いっぱいに感じているのだ。とてもではないが冷静さなど保ってはいられない。
「だって、柳一さんが昨日泣きながら言っとったんですよ。『大人にならないでくれ、桜子ぉ~』って。だから、ご期待に応えるべく、子供っぽい甘え方をしてみました」
「お……俺、そんなことを言ってしまっていたのか?」
酔っ払った挙句になんて恥ずかしいことを言ってしまったのだろう。しかも、泣きながら年下の許嫁にすがるなんて……。
桜子が膝の上に座っていなかったら、柳一は恥ずかしさのあまり壁に頭を何度も打ちつけていたことだろう。
「柳一さん。私、なーんにも変わっとらんよ? 初めてお会いした日から、私は柳一さんのことが大好きな女の子なんやに? 一目惚れやったもん。子供でも、大人でも、この気持ちはずっと変わらへん。身長が大きくなっただけで、今もこれから先も、私はあなたに恋する乙女やから」
桜子は柳一に背中を向けて座ったまま、囁くようにそう告白する。柳一には桜子の表情は見えないが、耳が紅葉のように赤くなっているのが分かった。
「だから……大人になっても、私のことを可愛がってくれると嬉しいです」
「桜子……。そうだな。俺たちは何も変わっていないよな。ちょっとずつ成長して、色んな変化はあるだろうけれど、俺たちの心の根っこは何も変わってはいないんだ。俺は桜子を一生愛する自信がある。見た目の変化に怯える必要なんてなかったんだ」
柳一は桜子の頭をポンポンと撫でると、傍らに置いていたフルーツポンチのグラスを手に取った。
「ほら、桜子。しゅわしゅわしていて美味いぞ」
柳一はイチゴをスプーンですくい、桜子の小さな口に運んだ。桜子の口の中でイチゴの酸味とサイダーのしゅわしゅわがダンスを始め、桜子の頬がゆるむ。
「本当や。しゅわしゅわや。……それに、私の頭の中も何だかしゅわしゅわする」
「ああ。実は、俺もなんだ」
桜子と柳一は、お酒を飲んでもいないのに、酩酊したかのように顔が真っ赤で体がぬくぬくしていた。愛している人の温もりさえあったら、
結局、二人はこの態勢のまま、フルーツポンチを食べさせあいっこするのだった。
「な、菜々子お嬢様ぁ~。のぞき見はよくないですよぉ~」
「しっ! 静かにしててよ、スミレ。お兄様が桜子お姉様に
「菜々子お嬢様は、お二人の恋路を助けたいのか、妨害したいのか、いったいどっちなのですか?」
「桜子お姉様には幸せになって欲しいけど、お兄様が桜子お姉様といちゃつくのは腹が立つんだもん。分かってよ、この乙女心を!」
「ぜんぜん分からないし、分かりたくもないです……」
戸の隙間からのぞいている菜々子とスミレの存在など気づかないまま、桜子と柳一はしばらくお互いの温もりに幸せを噛みしめているのであった。
🎄お し ま い🎄
最後までご覧いただき、ありがとうございます!
桜子と柳一の出会いを描いた長編小説『花やぐ愛は大正ロマン!』(https://kakuyomu.jp/works/1177354054883512896)も公開中です。
また、昨年投稿した大正浪漫×クリスマスの第1弾『大正十年のメリークリスマス』(https://kakuyomu.jp/works/1177354054882205552)もぜひご覧ください!
読者の皆様に素敵なクリスマスが訪れますように……。
大正めりくりフルーツポンチ 青星明良 @naduki-akira
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