銀座ランデブー
銀座には、路面電車であっという間に着いた。
関東大震災の影響で多くの車両が焼けてしまい、車両不足のせいで朝のラッシュアワーには恐ろしいほどの混雑をするため東京市電は頭を抱えているらしいが、昼間の時間帯なので乗客は比較的少なかった。
「たくさんの人で賑わっていますね、柳一さん!」
「ああ。まだ所々に震災の爪痕が残っているが、震災からたった一年でまさかここまで復興できるとはなぁ……」
関東大震災によって東京の多くの街が大火に焼かれ、銀座も甚大な被害を受けた。
あの地獄のような日から一年三か月が経ち、銀座は毎日のように変化し続けている。三越や松坂屋といった百貨店だけでなく、カフェー、喫茶店などの飲食店が続々と建ち並び、それら飲食店の中には上方から進出してきた店もあった。
「あっ、
同じ麻布に住んでいる作家の永井荷風とバッタリ会い、桜子は愛嬌に溢れた笑顔で挨拶をした。荷風はニヤリと笑い、桜子に軽く手を振るとお気に入りの店のカフェータイガーに入店した。
人付き合いの悪い荷風だが、好色な性格ゆえか美少女の桜子には愛想よくしてくれる。柳一は、これからどんどん美しくなっていくだろう桜子に荷風がちょっかいを出さないか少し心配だった。
「柳一さん。どこかのお店でお昼ご飯を食べて、少し銀座をぶらぶらしてからフルーツパーラーに行きませんか?」
「ああ、そうだな。せっかくのら……ら……らん……らんらん……」
「せっかくのランデブーやもんね!」
「そう、それ」
桜子の眩しい笑顔が直視できず、柳一はちょっと顔を反らす。こっぱずかしいセリフを言うのはどうも苦手だ。
桜子は久しぶりに柳一とお出かけができて嬉しいのか、ずいぶんとはしゃいでいる。そんな彼女を見て、ちんちくりだった頃の桜子に戻ったようだ、と柳一は嬉しく思った。
桜子は太陽のように元気いっぱいな少女だったが、身長が伸びて美しくなっていくにつれて、少しずつ落ち着きと大人っぽさを身につけつつあるような気がする。小さな子供みたいにささいなことで喜んで飛びはねたり、プンスカ怒ったりすることが少なくなってきていた。
その変化を大人の女性へと変わっていくための成長だと柳一は喜んでやるべきなのだろう。しかし、出会った頃の無邪気で騒がしい性格が鳴りをひそめて、桜子がすっかり大人になってしまうのは、祭りが終わってしまった後の静けさのような寂しさがある……と柳一は考えてしまうのであった。
🎄 🎅 🎄
銀座は東側に三越や松阪などの百貨店が並び(翌年には松屋が開店)、カフェーがたくさんある。そして、西側には喫茶店が建ち並んでいた。
喫茶店で軽食を食べるか、百貨店のレストランに行くかで悩んだが、
「三越は、土足でお店の中に入れるようになったんやって。ちょっと行ってみたいです」
桜子がそう言ったため、三越のレストランで食事をすることになり、二人は粉雪舞う銀座の街をぶらぶら歩きながら三越に向かった。
「へぇ~。本当に、履き物を下足番に預けなくても入店できるんだな」
土足のまま店に入って店員に怒られないだろうかと少し心配していた柳一だが、デパート内を人々が平然と土足で歩き回っているのを見て、ホッとした。
百貨店の多くが元は呉服屋で店内は畳敷きだったため、土足厳禁が常識だったのである。しかし、震災後のこの頃になると、土足のまま入れるデパートが増えていったのだ。
レストランは、すっかりクリスマスムードで、煌びやかな飾りつけがされていた。桜子と柳一はオムライスを注文して食べると、百貨店内に陳列されているクリスマスプレゼント用の商品を見て回った。
「最近の
桜子は、本物とほとんど見分けがつかないタイプライターの玩具を触りながら「ほへぇ~」と感心した。
「このチンチンピアノ(卓上ピアノの前身。大正琴をヒントに作られた)っていうのは、本当に音が出るんだな。この玩具のピストルも本物と見分けがつかないし……。俺たちの小さい頃に比べたら、玩具も本格的になってきているな」
「フフフ。子供のクリスマスプレゼントを選ぶ親も大変ですね」
「ああ。たぶん、俺たちの子供の世代になったら、もっと色んな……」
そこまで言って、柳一は固まってしまった。自分は今、とんでもない自爆発言をしてしまったかも知れない……。
桜子のほうを見ると、彼女は赤面して黙りこみ、陳列されているキューピー人形をじっと見つめていた。
柳一も桜子に話しかけることができず、二人並んでキューピー人形を見つめ続けるのであった。
――つまり、桜子さんは来年の春にはいつでも柳一と結婚できるということではないですか。
脳裏で仙造の言葉が蘇り、柳一は、
(結婚をしたら、いずれは子供ができる。それはほんの数年後の未来かも知れない。桜子が子供でいられる時間は本当にあとわずかなんだ……)
と思った。
何だか、許嫁である自分が桜子の子供時代を終わらせてしまうような気がして、説明のしようがない切なさを感じるのであった。
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