第30話 父さん、会社を倒産させる

 三度目の職場を失った僕は、しばらく働く気が起きないでいた。そりゃそうだよ。どれだけ頑張っても左京さんに潰されちゃうんだもん。やる気なんて起きないよ。


 だからたいした就職活動もせずにだらだらと過ごす日々が続いたんだ。


 だけど、あまりに無為な生活の中で、これではいけないと思い立った僕は、国家公務員の試験を受けることを決め、勉強を始めた。



 そんなある日のこと、息抜きに深夜アニメを見ながらのんびりしていると、携帯にメッセージが入ったんだ。アメリカ時代の友人のマイクからだった。至急連絡が欲しいという。あいつ、確か今はリンゴのマークの電子端末メーカーで働いているんだっけ? というか、平日のこの時間、向こうは仕事中じゃないか?


「マイク、久しぶりだね、どうした?」

『ユズルか! 実は助けてほしいことがあるんだ』


「ん? なんだい」


 聞きながらも、僕は嫌な予感がしていた。というのも、マイクは昔から冷静沈着を絵にかいたようなやつで、そんな彼が切羽詰まった口調で電話をかけてくるというのが事の重大さを表していた気がしたのだ。


『「サキョー・スギウラ」という人物を知っているか? いや、知っているはずだ。彼のことを聞きたいんだ』


「なん……だと……?」


 左京さんはアメリカにいるのか? というか、ひょっとしてAp〇leで働いているの?


 いや、まさか…… 左京さんは英語を喋れないし、これまでの経験からも採用されるはずなどないしな。



 ところが、マイクの話は僕を驚愕させた。


『実は今、彼は俺の同僚なんだ。お前と師弟関係にあるって話を聞き、それを信じて採用しちまったんだ』


「なんだって!」


『面接で彼は完璧な英語を使っていたんだ。だが、その後、徐々に何かがおかしいと思い始めた』


「おいおい……うそだろ?」


『本当だ。実はあいつは最初、お前を連れてくると言っていた。私がいればユズルも必ず来るから、と』


「……」


『だが……今は……後悔している』


 面接だけ、付け焼刃の英会話でごまかした(父さんならやりかねない)として、そもそも職場でどうやってコミュニケーションとってるんだ? いや、そんなことより先に大事なことを言っておかなければ! でないとこれまでみたいに大変なことになる!


「マイク、彼は危険だ! 一刻も早く彼を解雇するんだ!」

『そうしたいのは山々なんだが……お前に連絡するのが遅すぎたようだ……』


「え?」


『たった今、FBIからのガサ入れが入っちまった。ユーザー情報をすべて持っていくそうだ。これでこの会社は、終わりだ……』


「ど、どういうことだ?」


『すまん、ひょっとするとFBIに俺のスマホも奪われるかもしれ…… ちょ! ……なにを! ……ま……』


 ツー ツー ツー


 無情にも電話が切れた。


 つまり、左京さんはあんなデカい会社にも甚大な被害を与えたってことか? あの世界有数のデジタルメーカーである、あの会社にまで……。



 まさかと思いながらも数日たち、その話を忘れかけていたころだった。


 ネットにあの会社が倒産した、という記事が出たのは。


 そしてその夜だった。

 僕にもう一人のアメリカの知人から連絡があったのだ。


「エリー、久しぶりだね。どうしたの?」


 彼女は確か、電子商取引関係の会社に努めていたはずだ。それも大手の。確か南アメリカに広がる熱帯雨林っぽい名前だった気がする。


『ユズル! 実は至急確認したいことがあるの』

「ん? なに?」


『あなたの知り合いの「サキョー・スギウラ」という人物について。私、彼を採用しちゃったのよ!』


「なん……だと……?」


 父さんは今度はあの会社に行ったのか? というかなぜあの短期間で採用されて、しかもこの僕に連絡が来る?



 いや、そんなことより早く伝えなくては!


「エリー、一刻も早く彼を解雇するんだ!」

『どうやら遅すぎたみたい……』


「え?」


 ツー ツー ツー


 無情にも電話が切れた。



 アメリカでいったい……何が起きているんだ?



 そして数日後、あの『南アメリカに広がる熱帯雨林のような名前の会社』は崩壊した。



 だが、悲劇はこれで終わらなかった。


 その夜、友人のポール(確か彼は某大手検索エンジンサイトの会社に勤めていたはずだ)から電話があり


『ユズル! 「サキョー・スギウラ」がお前を探している。俺たちはもうダメだ! 帝国は……崩壊……する……』


 ツー ツー ツー


 僕は一言しゃべることすら、許してもらえなかった。






 え? 






 父さんが僕を探している?






 どういうことだよ!






 そう思ったとき、僕のスマホが再び鳴った。






 見慣れない番号の着信を、僕は、取ってしまった。






『杉浦です。譲くんですね? 見つけましたよ』






 逃げるしかない、そう思った。






『私の活躍はすでに聞き及ばれていることと思いますが、これから日本に戻るつもりです。会社の規模は関係ない。君と仕事がしたい』


 その言葉を聞いた瞬間、僕は思わずスマホの電源を切ってしまった。さすがに父さんも公務員試験は受験しないだろうし、金輪際顔を合わせることもないだろうし……ないよね?


 いや、替え玉受験? まさか、ね……。


 その僕の見通しの甘さが、さらなる悲劇を生むことになるなんて、この時は考えていなかった。



 公務員試験に合格し、初登庁した日だった。



「譲くん、待ってましたよ」



 やらせん! やらせんぞ‼ 僕は命にかけてこの国を守る!



 もちろんこの時の僕はまだ、安定したこの日本が、国家破綻デフォルトに追い込まれることになるなんて、想像だにしていなかったんだ。

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父さん、会社を倒産させたんだ…… 叶良辰 @Quatro

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