第29話 父さん、すべてを終わらせる

 翌日開かれた緊急管理職会議に参加することになった僕は榊さん、津田さん、父さんの証言に対し、必要に応じて意見を求められることになった。


 まず榊さん。やはり彼は父さんに全てがバレていると勘違いしていたようで、彼の証言によって多くの事が明るみに出た。最初に話を持ち掛けてきた宇津木興産側の担当者や彼から受け取った金額、父さんが来るまでは福沢課長と大隈課長の情報以外は入手していなかったこと、最終的に宇津木興産側の担当者からも脅迫され、福沢課長と大隈課長から情報を仕入れられない理由を説明する必要があったことなど。基本的に僕が予測していた通りだったが、最終的に会社が彼に対してどういった判断を下すのかはわからない。一社員による犯行とはいえ、会社組織として管理に不備があると見られてもしょうがないレベルの失態だし、他社から信用を失うような話なわけで、できれば表沙汰にしたくはないんじゃないだろうか。実際僕が用意したビラも全て回収され、事情を知る者全員にかん口令が敷かれたし。


 次に津田さん。彼女はまず、宇津木在籍時に、マーケティング部門における行き過ぎたリサーチを問題として取り上げたものの、組織内部で証拠を隠蔽されて反撃され、最終的に会社を追われたこと、そして自分が昨日まで「情報を提供していた社員は営業部の人間に違いない」と信じて疑っておらず、まさか自分の部下が悪事を働いていたとは予想だにしなかったことを述べ、謝罪の意を示した。確かに昨日の彼女の表情からはその言葉通りだったのだろうし、これも僕の想定内だった。


 しかし、多くの重役からは彼女の責任を追求する意見が相次いだ。特に彼女が恣意的に営業サイドを敵対視していたこと、そしてそれによって二人の課長が理不尽な扱いを受けたことは見逃される話ではなく、彼女は責任を取らされることとなった。


 そして、最後に父さん。彼の話はやはり、毅然と自己弁護に終始する流れで始まった。自分は津田さんの指示で動いており、責任がないこと、榊さんが他社に情報を流していたことも昨日までまったく知らず、他の社員の情報を捜査するよう榊さんに命じたことも彼の勘違いであり、自分は何も関与していない、と堂々と釈明した。


 彼の話は前の二人以上に予想できていた。父さんが今回の件に関与していたわけではないのは事実だし。むしろ父さんがいたからこそ今回の榊さんの犯行は判明したとも言える。けどそれじゃ気持ちがおさまらなかった僕は、これまで自分が裏で彼に言われてきた「会社クラッシャー」の噂の出所を問い詰めた。


 すると、父さんははっきりと答えた。


「確かに私の発言かもしれませんが、私の意図としましては、新島さんが過去に在籍した会社が二社とも倒産した、という事実を述べただけであって、それが誤って解釈され、尾ひれがついてしまったものと思われます」


 ほう。そうですか。


「確かに私、新島が在籍した過去の二社とも倒産の憂き目に遭っております。しかしそれは杉浦さんも同じではないでしょうか? もっと言えば私が新人として西田商事に入社し、杉浦さんに初めてお会いしたとき、杉浦さんはその前に勤務されていた会社が倒産したため西田社長に拾われたと伺っております。つまりご自身の過去を完全に棚に上げて私のことをおとしめようとそういう話をされた、ということでしょうか?」


「あ、いえ、ですから私はあくまで、新島さんがどういった経歴の持ち主であるか、という質問に答えただけでして、決して新島さんをおとしめようとか、新島さんのせいで会社の経営が傾いたとか、そんな話をした覚えはありませ――」


「言ったじゃん」


 榊さんがぼそっとつぶやいた。


「いえ、榊さん、それはあなたの聞き間違いです。少なくとも精神的におかしいあなたの証言に信憑性は――」


「いえ、確かにあなたは言っています。私も伺っておりますし」


 津田さんがはっきりと断言した。


「あの、津田さん、あなたは我々の部署の責任者であって、責任をとってこの会社を追われる身ですよ? あなたの話にも何の根拠もないですし、私に責任を擦り付けようとしてもらっては困りますな!」


 父さんの言葉が徐々に大きくなってきた。


「それでは、営業4部に在籍していた中川さんが急遽異動になった理由はなんでしょうか?」


 あらためて僕が父さんに問いかけた。


「それはもちろん津田さんから承認を受け――」


「いえ、私はそんなことを承認した覚えはありませんよ? 杉浦さん、どういうことですか? 私の捺印が残ってるんですか?」


 父さんと津田さん、二人の言い合いの中、微妙な空気が流れる。


「クックククク……フフフ……フハハハ……」


 突然ふくみ笑い始めた父さんは、立ち上がると、そのまま会議室を出て行き、自宅に戻ってしまった。


「何なんだ? あいつは?」


 誰からともなく発せられた言葉に、僕は我に返った。



 しまった! 奴を自宅にかえしてしまったーーっ!!!



 嫌な予感マックスの僕は、これまでの父さんの行動パターンを踏まえ、福沢課長と協力し、父さんに知られているクライアントと連絡を取った。僕の勘が正しければ、明日、この会社に労働基準監督署が乗り込んでくる。うちだけではなく、取引先に対しても悪影響が出るかも知れない。課長には社内に変なものが仕込まれていないか確認するよう各部署の管理職を通して呼び掛けてもらった。そして僕はクライアントとの取引状況を調べ、不信な伝票が無いか確認し、トラブルがないか、入念にチェックする。


 夜を徹した作業を終えた後、僕は一息ついて仮眠を取った。




 ところが目が覚めた時、社内全体に激震が走っていた。


 これまで会社が全力で資本を投入し、本腰をいれてルートを開拓してきたC国が突如、現地法人の活動の停止命令を通告してきたのだ。


 これだけでは意味がわからないと思う。いや、僕だって全然わかってないさ。だって、これまで本田通商が関わる輸出入の半分近くがC国とのものだったのに、それが急遽凍結されたんだ。


 理由? 一介の平社員にそんなことわかるわけがない。福沢課長にだって上層部からの情報はおりてきていないらしい。


 納得? できるわけがない。もちろんC国が日本とは違うお国柄だということは聞いてはいるけど、それにしたって暴挙だろ。なんでも現地駐在の社員が数名逮捕されたらしいが、それについての具体的な説明もあの国からはなかった。ただ「国家反逆に関わる商品の取引に関わった疑い」という極めてあいまいな情報しかなかったんだ。


 おまけに今日、現地の首都を訪問していた社長まで空港で逮捕されたのだ。そして長きにわたり、拘留されることになった(かの国でも法律上拘留できる期間は決まっているはずだが、この法律には抜け穴があり、結局数か月警察に拘留されることとなった)。


 いずれにせよ、C国に関わる仕事が完全に止まったせいで、僕の仕事は顧客へのお詫びに終始することになった。新聞やテレビでも報道されたためか、クライアントによっては慰めの言葉を駆けてくれる人もいたけど、工場のラインを止めることが死活問題にかかわる会社からは「他のルートで部品の手配をなんとかしろ! それが商社の仕事だろ!」と怒鳴られた。本田通商経由でC国に商品を販売している会社からは、契約について弁護士を通じて連絡してきた。


 もちろん僕たちは全力を尽くした。だけど、それも徒労に終わった。なぜならその後、C国以外の取引先国もC国に追随するかのように本田通商との輸出入を凍結してきたからだ。


 それらの国のターゲットはあくまで本田通商一社だけだった。どれだけの損益が計上されようと、対抗できる措置はなかった。アウェーで、しかも相手は国家。一企業が太刀打ちできるはずもない。日本は何もしなかったのかって? わからない。外務省のルートで官房長官が再三遺憾を表明したことはニュースで聞いてはいるけれど、それによって事態が回復するようなことは結局なかった。社長が帰国できず、会社として何もできないその間に、他の総合商社はここぞとばかりに僕たちの仕事を奪っていった。まるでハイエナやハゲタカのように。



 そのまま社会的信用を失った本田通商は、一部上場のまま、倒産した。



 結局のところ、僕には最後までこの会社がわからなかった。倒産に至るまでの出来事がおそらく父さんの差し金によるものである、ということ以外は。

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