第28話 父さん、追いつめられる

 翌日の定例会議、会議室から管理職たちが出てきたところで、僕は大声で叫んだ。


「杉浦左京さん、あなたたちが宇津木興産側の産業スパイだったという噂、本当だったんですね!」


 あたりがざわつく。


 業務管理部のメンバーとして定例会議の議事進行に参加していた父さんが中からあわてて飛び出してきた。


「ちょ! ちょっと譲くん! 何を根拠にそんなことを――」


「証拠はここにあります」


 ――譲くん? 誰だ?


 そんな管理職たちの声が聞こえる中、僕は大量にコピーした資料を彼らに手渡す。


「な! バカなこと言ってはいけませんよ。私は宇津木興産とは何のつながりもない人間――」


 ほかの管理職たちを押しのけて前に出てきた左京さんに、僕は一枚突きつけた。


「ですが、我々営業部の仕事の内情がで宇津木興産に漏れています。これ、どういうことですかね?」


 そう言った僕が津田さんの方を見ると、彼女の顔面は蒼白だった。僕の配ったビラを手に取り、まじまじと読んでいた彼女は、すべての事情を理解すると震えはじめた。営業側の問題だと信じて疑っていなかったのに、結局犯人は自分の部下だったというのだから無理もない。


「しかも今現在も僕のパソコンが監視されてるってどういうことですかね?」


 もちろん福沢課長が自宅で謹慎する前からこの業務情報は宇津木興産側に漏れていたわけだし、僕自身は関係ないんだけどね。元々システムエンジニアだった榊さんが課長たちのパソコンにバックドアをしかけ、情報を宇津木興産に渡していたわけだから。


 ところが、元宇津木にいた津田さんがボスになり、どこから情報が漏れているのか特定しようとしているのに気がついた榊さんはあせった。このままだと自分の犯行がバレてしまう。そう思った彼は、協力するフリをして営業部に彼女の矛先を向けた。宇津木興産とライバル関係にある会社のデータを持ち、業務管理部とも大隈課長とも仲の悪い福沢課長に疑惑をかけ、彼のパソコン管理のずさんさを指摘し、自宅に謹慎させる一方で自分の手元に彼のパソコンを置いて犯行をもみ消そうとしたんだ。


 福沢課長は自分のパソコンのセキュリティ対策が甘かったかもしれないことは認めながらも、流出先の宇津木興産との関係に心当たりがないこと、そして宇津木に情報を流すつもりなど全くなかったことから、業務管理部に反論した。だけど榊さんの証言から福沢課長を犯人だと信じて疑わなかった津田さんは、僕のパソコンも榊の監視下に置いた。結果的に僕はその後の行動も逐一チェックされることになった。


 実際榊さんは自分の罪を営業5部になすりつけるために、僕をスケープゴートにしたかったのだそうだ。だから父さんから聞いた僕の話は魅力的だった。もちろん僕が会社クラッシャーだなんて大嘘なわけだけど、父さんの言葉の通りに何か問題を起こすのであれば、どさくさにまぎれて僕に罪を擦り付けるきっかけが生まれるのではないか、と。であればできるだけプレッシャーをかけて早く暴発させたい。仮に父さんの言うことが間違いなのであればそれはそれで、父さんに責任をかぶせれば済む話。そう思って僕に接触したそうだ。


「あの……譲くん、これ私は悪くないですよね?」


「残念ですが左京さん、裏までしっかり読んでくださいね」


 もちろん最終的に榊さんが黒だということが判明したわけだけど、それで一件落着、とおさめられるほど僕は優しくないよ。父さんにはこれまでの借りを返してもらわなきゃいけないからね。


 僕のことを悪く言って、他の社員から孤立させようとしたのは父さんだからね?


「え? 私、こんなことは言ってませんが? ここに書かれていることはでっち上げじゃないですか! 完全に私を陥れようとしている! 譲さん、こんなことしてタダではすみませんよ!」

「そのしらは僕の前でなく、津田さんの前で切ってくださいね。どういう報告をあげているのか知りませんけど。というか、榊さんは全部しゃべってくれましたけどね」


 実は父さんはこの件で最初、榊さんに利用されていた。場合によっては父さんが貧乏くじを引かされるはずだったのだから。だが、残念ながら榊さんは父さんの実力を見誤っていた。こういった黒い仕事で辣腕をふるう(ようにみせかけることが得意な)父さんが評価され、自分よりも上の立場になるとは思っていなかったのだ。そして津田さんの右腕としての立ち位置を確保した父さんは、榊さんに対し無理難題を言うようになったらしい(それがどの程度きつい話なのかは僕が一番理解しているつもりだ)。


 結果的に榊さんは自滅した。父さんの意味不明に高圧的な言動(根拠は何もない)から父さんが自分の犯行に気がついたのではないかと疑心暗鬼にかられ、追いつめられていったのだ。最初は僕を中心に営業部に矛先を向けていたものの、プレッシャーをかけても僕がボロを出さず、そのうちに利用するはずの父さんと立場が逆転してしまったため、あせったのだ。津田さんの情報との整合性を取るのに苦労していた榊さんが「データの漏洩には誰にも悪意がなかったのかも。外部からの違法アクセスによるものかもしれません」と含みを持たせた言い方をしたところ、津田さんに「そんなはずはない、社内に犯人がいるのは宇津木興産側の情報から間違いない」と返され(津田さんはデータ自体は見ていなかったようだが)、父さんからも追求され(これにはやはり、なんの根拠もなかったはず)、二人の矛先が自分に向いたと思った。その結果、榊さんは自分が犯人であることを父さんにバレてしまったんじゃないかと勘違いしたのだ。



 ☆☆☆



 かくして、業務管理部の調査がはじまった。僕が集めた証拠を元に彼らのパソコンが押収され、システム部門で調査されることになったのだ。これで福沢課長の疑いは晴れるだろう。中川さんの評価も訂正され、大隈課長も戻ってくるかもしれない。そっちはかなりどうでもいいけど。


 溜飲を下げた僕は、臨時の役員会で事情を説明して、ほかに宇津木興産に流れている情報がないか心当たりを調べてもらうようお願いするとともに、営業5部の再建をお願いした。この会社にいる以上、僕を守ってくれるのは福沢課長しかいないことは明白で、そのためには今段取りしておかなければならないと思ったんだ。本当は業務管理部の立て直しのために木下さんの採用も提言したかったけど、さすがにヒラ社員が他部署の人事にまで意見するのは無理がある。これについては時間をみて西園寺さんに相談することにした。


 役員たちは僕の要求をすべて飲み、福沢課長の評価を見直すことを約束してくれた。僕が言うことではないけれど、これまで僕がなんとかつなげてきたクライアントとの関係が報われる、そう思うとそれだけでうれしかった。目頭が熱くなった。


 これでようやく、スタートが切れる。そう思った僕はやはり甘かった。

 そう、僕は甘かったんだ……。

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