第27話 父さん、読みを誤る
西園寺さんと別れて自宅に戻った僕の手元には、彼から渡されたUSBメモリーキーがあった。自分のパソコンに差し込むと、その中のデータをデスクトップ上にコピーして開く。そして恐る恐る確認する。
結論から言えば、宇津木興産が本田通商の内部情報を仕入れていたというのは事実だった。そしてそれは営業4部と営業5部、つまり大隈課長や福沢課長の持つ情報だった。実際過去に僕が福沢課長から受け取ったクライアント資料の中に同じエクセルファイルがあったのを覚えていたから間違いない。自社製品の扱いや販売先、そして競合する他社製品の仕入れ値など、宇津木興産のマーケティング部門にとってみれば、喉から手が出るほど欲しい情報だろう。きっとこの情報を介して自社製品の値段を決めていたに違いない。
だが、そのデータには宇津木興産側が必要としないであろうものも含まれていた。具体的にはその情報の所有者、つまり大隈課長や福沢課長のメール履歴やプライベートスケジュールなどだ。
つまり、この情報提供者はデータを精査せずに宇津木興産側に提供していたことになる。そしてその提供者は課長たちではない。自分のメールの中身やスケジュールを他人に渡す人はいないからね。
そしてこの資料は圧縮されたデータとしてひとまとめになってUSBメモリーキーの中に入っていた。ということは課長たちのパソコンデータと照合しさえすれば、いつどのタイミングでこの情報が盗まれたのかがわかるはず。もちろんそのパソコンは今、業務管理部に押収されているわけだけど。
西園寺さんは「証拠を見れば誰の犯行か、ここの社員であればわかると思うよ」って言ってたけど、実際には情報提供者自身の名前は記載されてなかった。
だけど僕はこの時、確信とまではいかないものの、犯人に心当たりがあった。課長たちのパソコンのデータを盗みだすスキルを持ち、それを漏洩させ、そしてそれがバレたらまずいと認識している人。そして僕が入社する前から在籍している人。僕が彼に見張られている中で、もし大隈課長の案件に手を出していたらと思うとゾッとする。きっと信義則違反を問われ、福沢課長もろともこの会社をクビになっていただろう。
その一方で解けない謎も残されていた。『なぜ津田さんはこのことを以前から知っていたのか?』ということ。
そこで僕は仮説を立てた。津田さんが宇津木興産の管理部門にいたころ、彼女はこの事実について、何か手掛かりを発見したのではないか? そして彼女は管理部の責任者として、不正競争防止法に明らかに抵触する犯罪が社外に露呈することを恐れ、担当者を問いつめたのではないか。ところが、逆に他の役員レベルで反対される憂き目にあい、津田さんは会社を辞めざるを得なくなった。そこで自分の疑惑を晴らすために本田通商に来て、情報の横流しを営業部の行為と決めつけ、思わず口に出してしまったのではないだろうか? そう考えれば津田さんの一連の行動にも説明がつく。
では犯人はなぜ福沢課長の情報を宇津木興産に渡したのか? これは単純に見返りを受けとっていたのではないだろうか? というのも、津田さんの件の仮説が正しいのであれば、宇津木興産は津田さんを追い出すレベル、つまり組織ぐるみで本田通商から情報を盗んでいたと考えられる。それに津田さんが宇津木興産を告発できていないということから、データを持ち出したのはやはり宇津木興産側の人間ではなく、本田通商の内部の犯行であることは明らかだ。
そして、犯人の立場に立って考えれば、現段階ではスパイ活動は自重しているに違いない。津田さんが乗り込んできた中で、下手な動きはできないだろうし、課長たちのパソコンが押収されている以上、新たな情報収集も望めないからね。
だけど、そうかと言って犯人が何もしないで影を潜めているとは限らない。むしろ自分が捕まらないよう、何らかの手を打っているはずだ。自らの証拠をもみ消しつつ、例えば僕のような福沢課長派の人間(僕一人しかいないけど)がどういった動きを取るか、調べようとするのではないか? そして自分の犯行を暴かれないよう注意をそらしたり、あわよくば責任を押し付けたりしようと考えるのではないだろうか?
……特に僕のような若造が相手なら、なおさら罠をしかけやすいと思うのではないだろうか?
そう考えた僕は、その可能性にかけて罠を張ってみることにした。
☆☆☆
翌朝出勤した僕は、パソコンのメーラーから、同じフロアのとある女性に向けてそれとなくメールを送った。
『花沢さん、同じフロアの営業4部、新島です。今晩ちょっと付き合ってもらえませんか?』
すると10分後、フロアに入ってきた父さんに花沢さんは連れ出された。
やはり僕のパソコンにも仕掛けられていたか……。
……というか父さん、あんたひまだろ?
そんなことを考えながらもその間に僕は真犯人を屋上に呼び出すことに成功した。
☆☆☆
「あなただったんですね、榊さん」
僕が言うと、彼は力なくうなずいた。意外にも素直に。
「どうしてそんなことを?」
「お金が欲しくてつい……」
そう答える彼の目は虚ろだった。精神的に相当衰弱しているようだ。
「この件、杉浦さんには話したんですか?」
「話すより前に知っていたみたいです。だから彼は私に無理難題を押し付けてきました」
「たとえば?」
「営業部全社員のパソコンにバックドアを仕掛け、業務管理部に関する噂がないか見張れ、と。悪いことだということは自分でもわかっていたんです。だから次第につらくなってきて……」
なるほど、中川さんの件はそういうわけがあったのか。
「私は……これからどうなるんでしょうか?」
彼の証言をなんとか引き出しつつ、榊さん、父さん、津田さんの関係が把握できたところで、僕は「まあそう気を落とさないでください。生きてればそのうちいいこともありますよ」とか意味不明に彼をなぐさめながら、彼の手をひいて下におりた。なんというか、社内情報を売っていた張本人とはいえ、精神を病んだ彼にその場で飛び降り自殺でもされるのは嫌だからね。
ちなみに、僕が営業フロアに戻ってきたとき、花沢さんが僕を見る目が怖かったのは気がつかなかったことにする。
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