第26話 父さん、出てこない
翌日、僕が会社につくと、営業4部に福沢課長の後任が来ていた。
あれ? あれは確か西園寺さん?
「新島くん、久しぶり。これからよろしく頼みます」
そう言って握手を求めてきた彼は、間違いなく西園寺さんだった。そう、前職の草刈物産で僕に仕事を引き継いで、退職したエリートビジネスマン。
「どうしてここに?」
「んー、まあいろいろあってねー」
彼は「またあらためて話す」という風に手を挙げ、他の社員のところに向かった。ひょっとして父さんが西園寺さんを採用した? いや、あの時の父さんは引継ぎにはノータッチだったから彼とはほとんど面識がないはず。
むしろ西園寺さんは僕によくしてくれていたし、ひょっとすると、僕が福沢課長を助けるのを手伝ってくれるかも?
そんなことを考えているうちに、普段やっていない朝礼が始まった。
「はじめまして、営業4部を担当させていただくこととなりました西園寺です。前職は宇津木興産というメーカーにおりましたが、それまでは商社勤めでした。どうぞ宜しくお願いします」
まばらな拍手が起こり、微妙な空気に包まれる。
僕は気がついた。前職が宇津木興産ということは、そう、執行役員の津田さんと同じ。つまり西園寺さんは津田さんに引っ張られてうちに来たんだ。だからそれを知ってる人は当然、彼のことを業務管理部のスパイだと思うだろうし、実際そうなのだろう。
こりゃうかつに近づけないな、と思ったんだけど、そうもいかなかった。その日のうちに西園寺さんに飲みに誘われたんだ。
☆☆☆
「へー、新島くんも入社したばかりなんだ」
「はい」
「じゃあ私があまり歓迎されていない理由もわからない感じかな? 今朝の雰囲気、ちょっとおかしかったよね?」
「そう、ですね……」
西園寺さんは言いにくいことをズバズバ聞いて来る。そういえばこの人も割とドライな感じの人だった。
「誤解のないように言っておくと、僕は津田さんとは面識ないからね」
「そうなん、ですか?」
「うん。宇津木興産も大きな会社だったし、僕も入社して半年弱で退職したから津田さんとの接点はまったくなかったよ」
「じゃあ、どうしてこの会社に来たんですか?」
「えーと、草刈物産をやめたのは、営業としてメーカーの仕事をやってみたかったっていうのがあったんだよね。で、ちょうどその時に宇津木からオファーがあって、移ることにしたんだ。ただ、ちょうどそのタイミングでここにも声をかけてもらってたんだよね」
そう言って西園寺さんはビールを一息で飲んだ。
「結局宇津木に入社したんだけど、そこで実際に仕事してみて『失敗した』って思ったんだ。仕事に商品の知識が必要なのはわかってたつもりでいたけど、メーカーってあまりクライアントのニーズとか考えてないから、営業的にできることが限られてて、全然面白くないんだよ。商社だったらクライアントのニーズに合わせて商品選びたい放題だろ? だけどメーカーは基本的に自社商品しか売らないから、できることが限られてるんだよ」
そりゃ当たり前でしょーよ、と思ったけど、口には出さなかった。
「そんな中で、マーケティング部門は唯一面白そうだったんだ。ただ、そこはやめとけって周りの人が言うわけ。理由はあるらしいんだけど、面白くない仕事を続けるくらいだったら部署を移るか辞めるしかないわけで、けっこう悩んだ」
僕はビールをお酌しながら、西園寺さんの話をイメージしていた。
「そんなとき、草刈物産が倒産したっていう話を聞いたんだ」
「は、はい……」
「元の会社に復帰したい気持ちがそれなりにあったのに、その可能性が絶たれた僕は妙にあせってしまって、他の商社の求人をあたることにした。その時、以前僕に声をかけてくれてた
「なるほど」
「で、実際に面接に来てみると、人事担当は以前僕のことを誘ってくれた人じゃなく、宇津木に元いた役員だったというね。世間は狭いね」
「じゃあ、西園寺さんは津田さんとは面識がなかったんですか?」
「だから本当になかったよ。宇津木でも部署が違ったし、半年も在籍してないんだから顔を合わせたことだって一度もなかったし」
「では津田さんの
「どうだろうね。彼女としては今でも僕に同郷のよしみで味方になってほしいんじゃないかな? 面接の時はあの人、そんな雰囲気をにおわせてたけどね。それと、以前に僕に声をかけた人の話を聞かれたな」
「それ、誰なんですか?」
「確か、福沢さんっていう人だけど?」
やっぱりそうか! 福沢課長は僕を引き入れる前に西園寺さんに声をかけていたんだ! まあ課長の人脈があればどこかで西園寺さんとつながっててもおかしくはないし、彼の能力を考えれば真っ先に声をかけるのは当然だよね。
「だけど津田さんには過去に福沢さんとどんなやりとりがあったかとか、根掘り葉掘り聞かれたな。特に発注金額の交渉とか――」
「ちょっと西園寺さん、その話詳しく聞かせてください! いつ頃の話ですか?」
「えーと、確か先週の火曜日だったかと」
ということは、福沢課長が自宅待機を命じられた後だ。
「ほかにはどんなことを聞かれたんですか?」
「なんか『福沢さんからこの会社のクライアントの機密情報をもらされなかったか?』って」
「なんて答えました?」
「スカウトしたいって話、一緒に仕事がしたいって話だけで、宇津木興産にとって重要な情報とかは聞いてないって答えたよ。実際そうだし」
「ですよね」
僕は少し安心した。
「ん? それだけかい? 聞きたいのは」
「え? どういうことですか?」
「宇津木に情報をもらしていたのが誰かってこと、聞きたいんじゃないの?」
「え? 西園寺さん知ってるんですか⁈」
「まあね。そしてそれがわかれば福沢さんを救える。違うかい?」
「そ、そうかもしれませんが、けどなんでそんなこと知ってるんですか?」
「そりゃ秘密。君が動いてくれるならその証拠を渡すよ」
「本当ですか!」
と思わず声をあげてしまったが、彼の考えていることがよくわからない。
「あの、なぜ僕に証拠を渡して動かそうとするんですか?」
「ん? 福沢さんを助けたくないのかい? 君をここにひっぱってきてくれたんだろ」
「それはそうですけど、西園寺さんになんのメリットがあるんですか? 直接津田さんに伝えたらいいじゃないですか」
「僕だって福沢さんにはそれなりに恩義を感じてるつもりだよ。僕のことを評価してくれていたわけだしね」
「それならなおさら、ご自身で動かれたらいいじゃないですか?」
「もし僕が証拠を津田さんに渡したらどうなると思う? 周りから僕はどう思われると思う?」
あ、そうか。証拠を津田さんに渡してしまったら、西園寺さんはそれを条件で入社を認められたと思われるかもしれない。それに津田さんとの関係が強いと見られたら営業として入ってきた西園寺さんは肩身が狭くなるだろう。
「じゃあ僕はどうすればよいですか?」
「証拠を僕が君に教えたって他人に口外しないこと。それさえ守ってくれればいいよ。あとは福沢さんを復帰させてくれたら」
「西園寺さん、僕の事信用してるんですか?」
「してるよ。君に仕事を引き継いだ後、上手くやってくれたらしいじゃないか。そんな営業マンが他人を売って墓穴を掘るなんてことはしないだろうからね」
なるほど。そういうことね。今の西園寺さんが本当に信用できるかはともかくとして、だけど。ただこの時の彼の言葉が少しだけうれしかったのは事実だ。
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