第25話 父さん、出世する
その翌日から僕は、全ての仕事をぬかりなく、徹底して完璧にこなすよう集中して頑張った。
会社に対する忠誠心はかけらもなかったけど、福沢課長の目を僕が潰してしまうわけにはいかない。自分に疑いの目が向けられているのなら、自分からその疑いを晴らしに行くしかない。そしてその疑いに根拠がなく、上げ足を取りに来られることがわかっているのであれば、隙を見せないよう注意して動くしかない。もちろんそれでも火の粉は降りかかってくるだろうけれど、これまでの職場における父さんと戦いで実戦を積んだ僕は腹をくくっていた。
あれ? そういえば父さん、どこで何しているんだろう? 最近見かけないけど、本当に人事課に入ったのだろうか? 少なくとも榊さんの口ぶりからは父さんの話を聞いていたことは確実だろうけど、今彼がどこで何をしているのか非常に気になった。
しかし結局、忙しさからそんなことを気にしてはいられず、目の前に仕事に没頭して数日過ぎたある日のこと。僕は隣の席の中川さんがここ数日出社していないことに気がついた。しかも机がやけにきれいに整理されている。
嫌な予感がした僕は、通りかかった近くの人に聞いてみた。
「すみません、中川さんは今日、お休みですか?」
「え? さ、さあ……」
そう言って彼女は小走りで逃げて行ってしまった。なんだ今の反応は? そういえばさっきから誰も僕と目を合わせようとしないんだけど。
「あの……」
「いや、俺何も知らないからっ!」
……。
ひょっとして中川さん、僕と話したからどこかに飛ばされたとか?
……うそだろ?
そう思って営業部から出た時だった。
「おや、譲くんじゃないですか」
にこやかにあいつに声をかけられたんだ。
☆☆☆
「実はこのたび、主任に昇格することになりましてねぇ」
「ああ、そうなんですか。おめでとうございます」
そのまま父さんに屋上に連れてこられた僕は、思いもよらぬ言葉を聞いてびっくりしたが、動揺したそぶりを見せないように答えた。
「私が入社した時は譲くんがここにいるとは思いもよりませんでしたが、お元気でしたか?」
よく言うよ。影で僕のことを散々ボロクソ言ってたくせに。
「左京さん、今どんな仕事されているんですか?」
「実は明かせません。特命の任務ですので」
「そして新しい相棒が榊さん、ということですか?」
「それは言えませんねぇ」
コーヒーを飲みながら左京さんは遠く目を背けた。
「左京さん、営業の邪魔をして楽しいですか?」
その言葉に左京さんは表情を変えず、答えた。
「正しいか正しくないかは上の人が決めること。我々の仕事はただ、事実を上に報告することのみ」
「どんな事実ですか?」
「社内に事実と異なる情報が蔓延することは会社としては見過ごせませんからねぇ」
「意味がわかりませんが、どういうことですか⁉︎」
「一介の営業マンが重役の悪口を言うなど、言語道断ですから」
「左京さんひょっとして、中川さんのことを言ってます?」
「あ、いえ……」
やっぱりこいつが黒幕か。
「左京さん、僕に関わるとひどい目にあうとか、そんな噂を流してませんか?」
「いやいやまさか。君の周りにいる人が短期間で何人かここを去ってしまったという偶然が重なって、疑心暗鬼に陥ってるというだけではないでしょうか?」
コーヒーを持つ左京さんの手が心なしか震えている。本気でごまかそうとしているんだろうか? それとも僕のことをおちょくってる?
「なるほど。よくわかりました。失礼します」
これ以上ここで時間をつぶすことも惜しい僕は、立ち去った。
「私たちに歯向かったところで、良いことは何もないですよ!」
後ろから左京さんの声が聞こえたけれど、僕は振り向かなかった。
☆☆☆
今日の仕事を終えたあと、僕は社内のイントラネットで業務管理部の情報を確認した。そこには確かに、杉浦左京という文字があった。肩書は人事課主任となっている。
僕は別に父さんをやっかむつもりはなかった。この会社にそれほどの忠誠心があるわけではないし、今さら不公平を口にしたところでしょうがない。もちろん最初の頃は人事課なら父さんなんか採用せずに木下さんにすればいいのに、人を見る目がなさすぎじゃないか? とは思ったけどね。だけどその父さんがすぐに主任に昇格したということは、やはりこの会社には彼のようなキャラクターが合っているんだろう、そう考えるぐらい冷めていた。
ただ、ざっと画面を見ていくと、何かひっかかるものがあった。レポートラインというか、各部の上司、部下の関係が表示されているのだが、父さんの上司に津田
ん? この宇津木興産って、大隈課長の案件の会社だっけか?
そんなことを考えながら再び名簿に目を通すと、父さんの下に
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