異世界ホームステイ

「ひまちゃ~ん!? ひまちゃん! ひまちゃ~ん!?? パ、パパに会わせたい人がいるってLINE来てたけど、こ、これ、なにこれ、LINE、なに、ひまちゃ」


「うぉんっ、うぉんっ!」


 もう、騒々しい! パパが帰ってきたみたい。モルトが真っ先に駆けつけてじゃれついている。あいつほんと人懐っこいなぁ。


 私は夕食の支度中だ。今日はハンバーグ。ここ数年、『ハンバーグにちょい足しするとしたら何か』をテーマに色々と研究している。美味しかったのは、みじん切りにしたベーコン。塩味と旨味が増してベネでした。パパには、『またベーコン? うちはベーコンの消費量ヤバくない?』とか言われたけどね。味で黙らせた。


 後はお麩とか……最近ハマっているのは牛バラ肉。ほんとに安いやつでもいいし、牛丼なんかを作るときにわざと二~三切れ余らせておく。それを粗みじんにしてお肉に混ぜると、なんていうのかな、ゴロっと感? が増すし、お肉の隙間に肉汁が溜まってとってもジューシー。


 玉ねぎは炒めない。テレビで言ってたんだけど、お肉は手の熱でも肉汁が溶け出し始めちゃうんだって。冷たいままタネを作って、とろ火でじんわり十五分かけて火を入れて肉汁を逃がさないようにするのが美味しく作るコツなんだとか。玉ねぎを炒めちゃったら一度冷まさなくちゃならなくなって二度手間だもんね。玉ねぎのじゃりじゃりした食感があまり好きではないので、みじん切りにしたらきちんとすりこぎで潰してる。


「ひまちゃん! ひまちゃ、うわぁっ! だ、誰!? 彼氏!? え、金髪!? ひまちゃんがヤンキーの彼氏連れてきた!? そんな……いや、でももうすぐ結婚できる歳だし……え、うそ。出来ちゃった結婚とかじゃ!」


 バターと砂糖を大匙一杯ずつ水に溶かし、水分が飛ぶまでコトコトするだけのお手軽簡単にんじんグラッセをセットしてリビングに向かう。


「もう、パパ。うるさい。変なこと言わないで」


「あ、ひまちゃ、なに、パパ、だって」


 やたらおどおどと慌てているおっさんがうちのパパ。半ニートこと塚本裕明。仕事はまぁ、クリエイティブ関係? かっこよく言えば。


「紹介します。こちら、ヴラマンク陛下。異世界から来た王様」


「えっ!? なになに、どういうこと!?」


「陛下。これ持ってきたから、さっきのやつお願いできます?」


「心得た」


「え、なになに? 何語!?」


 やっぱり。パパには陛下の言葉が通じていないっぽい。

 陛下がぱちんと指を鳴らすと、モルトが寝た。副作用とかないよね? 毎回実験台にしてごめんよモルト。


 それから一通り、パチンぐぅパチンへっへっはっはを繰り返したら、パパの目つきが変わった。


「えなにそれ、面白い! じゃあ、本当に異世界から来たの!? あのあの、政治とかはどういう形態を取ってるんですか? 立憲君主制ですか? それとも、神権政治かな? 国力はいかほどで? 今見せていただいた眠らせる能力、効果範囲はどれくらい? もし風に乗ってどこまでも効果があるのだとしたらかちでの戦争なら無類の強さを誇ると思うんですけど、やっぱり相手側にも対抗措置があるんですかね? それとももう近代化しちゃってますか?」


 出た。出たわ、オタク。


「ひまわり殿、お父君はなんと言っておられるのだ?」


「うーんと、気にしないでいいよ。この感じだと多分大丈夫そう」


「え、なんでー!? なんでひまちゃんは、陛下とお話しできるの?!」


「そういう魔法をかけてもらったから。でも、もうないよ」


「うそー! なんでー!? なんでボクの分も残しておいてくれないのー?! 陛下は今日予定あるの? ないならうちに泊まっていけば。もっとお話聞かせてほしいんだよね。あっ! っていうか、なんならウチに住んじゃえばいいじゃない! 行くあてないんでしょ? どうせママの部屋空いてるし、あの人倹約家だから、男の子が住んでも違和感ないぐらいシンプルな部屋だからさ」


 私が言うまでもなく、パパから居候を提案してきた。ほらね、やっぱり。パパならそう言うと思ったよ。


「す、すまない。ひまわり殿。お父君はなんと言っておられるのだ?」


「あー、居候してもいいって言ってます」


「ほ、本当か? 好意的な雰囲気は伝わるが……。まだひまわり殿からその話を出してすらいないではないか?」


「出すまでもなく、パパから提案してきましたね。ファンタジー大好きなんです、うちのパパ」


「うん。うちは大丈夫だよ~。帰る方法が見つかるまで、ぜひ住んでいってよ。なに、ホームステイ受け入れるみたいなもんだからさ。ママの学校でも日本へのホームステイ始めるかもって言ってたから良いテストケースになるかも知れないし」


 パパめ。陛下の言葉は通じていないはずなのに、私の発言だけでほぼ正確に会話の内容を推測し、さも当然と言った感じで会話を続行するあたり、妙に勘が鋭い。


「そうか、それは……ありがたいお話だが……俺からこんな事を言うのもおかしいが、一つ頼みを聞いてはもらえないか」


「え、なに? 何でも言ってください」


 陛下はごくりと喉を鳴らし、答えた。


「少しは、俺を警戒してくれ。いや、もちろん、恩人であるひまわり殿を傷つけるようなことなどしないと誓うが……。せめて鍵を、鍵をかけてくれ……」


 ぷっ。

 なんだか本当に釈然としない様子の陛下が、ちょっと可愛かった。

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