夜のない国

 昨日はヴラマンク陛下の強い要望で、私がホームセンターまで自転車を飛ばし、部屋のドアに後からつけられる鍵を買いに行くことになった。


 その間、陛下はパパからずっと話しかけられていたらしい。言葉も通じないのによくもまぁ、すごい執念だ。と思ったら、途中からは筆談のようなことを始めたらしく、簡単な図形でやりとりを始めていた。オタクは侮れない。


 そして、私は大変なことを忘れていた。陛下のことでいっぱいいっぱいで、あすみのライブ実況を見るのを忘れていたのだ。

 怒られるかと思ったら、何でもグダって記録はなかったそうなので一安心。そう簡単に記録なんて出ないよね。と思えば、思いもよらぬタイミングで出ちゃったりするらしいから、難儀な趣味。


「陛下~。起きて、朝だよ。ご飯食べましょ~」


 そう声をかけてママの部屋をあけると、陛下はもうとっくに起きていた。ナイトガウンを羽織り、パパからもらったノートとペンで何やら書きつけている。

 朝陽が差し込む中仕事に打ち込むその様子が一瞬すごく大人びて見えて、ちょっとドキドキした。美形が同じ家にいるのって心臓に悪い。


「ひまわり殿は今起きたのか?」


「うん。結構早起きしちゃった。朝ご飯作るから一緒に食べましょ」


「ふぅむ……」


 と、私の言葉に陛下は何やら考え込んだ。


「どうしたんですか?」


「いや、気を悪くしないで聞いてほしいのだが……。俺のいた世界ではこの時間は寝坊の部類に入る。それは、陽が昇っているうちでないとろくにものも見えぬし、かがり火や燭台を灯せばそれだけ燃料を食うからだ。しかし、このようにいつでも夜を明るく照らす魔法がある世界では、陽の光に縛られて生活しなくても良いのだな」


「あ、スタンドライトね」


「これは本当にすごい。昨日見方を教えてもらった、でじたるどけい? というやつによれば、俺のいたところでは21時などかなりの深夜で、出歩くものがいたらそれは獣か夜盗の類だ。だが、ひまわり殿もお父君もその後も様子を見に来てくれたし、ひまわり殿は寝ると言って辞した後もまだ起きている気配がしていた」


「あはは。結局あの後、あすみの実況忘れてソシャゲ周回してたから」


「宝石のように透明な窓の外を見れば道にも同じものが灯っていた。この世界では夜を恐ろしく感じる必要がないのだな」


「そうかも。日本は女性でも安心して夜歩ける国って言われているし。私みたいな女子高生が夜に一人でコンビニ行っても大丈夫だもんね」


 ファンタジーの国から来ると、こんな何気ないことにもいちいち驚いたり感動したりするんだなぁ、と私が感心していると、陛下が申し訳なさそうに続けた。


「すまない。……まだ聞いたことのない単語のように思うのだが、じょしこーせ、とはなんだ? ひまわり殿のことを指す言葉なのか?」


「あっ、そーか。もしかしたら、陛下の国にはないのかな。私と同じような年齢の子たちはみんな学校っていう一つの建物に集まって、勉強を教えてもらってるの。六歳から十二年間。もっと通う人はさらに四年。毎日朝から夕方まで。私は今は丁度お休みの日なんです。女子高生っていうのは、女子で、学校に通い始めて十年目から十二年目の子たちを表す言葉って言えばいいのかな」


「……ろ、六歳からだと? こちらの子供はそのような王侯貴族がごとき待遇を受けているのか」


「王侯貴族?」


「あぁ。教育を受けるなど、貴族にしか許されぬ贅沢だ。子供はみな親の仕事の手伝いをしなければ生きてはいけん。それをせず、一日中教育を受けられるなど……俺も、政務がなければずっとそうしていたいぐらいだ」


 うむむ。これは価値観が違う。

 ――いや、ママがよく言っていたことに近いかもしれない。今はいい学校に入ればいい会社に入れて安泰な時代じゃないから、高校以降の勉強はひまが自分の将来を考えたとき、自分のためになるかどうかよく考えながらしなさいって。義務ではなく権利だから、って。

 そんなん分からんから、受験勉強だってとにかく落ちてみじめな思いをしたくない一心で勉強していたんだけど。


「それでね、今も言ったけど私しばらく学校はお休みなんですよ。陛下はどこか行きたいところはありますか? パパはせっかくだから遊園地――つまり、遊興施設にでも連れて行こうって言ってるんだけど、私は陛下には早いんじゃないかって。それより、お寺とか、静かで日本の歴史に触れられる場所のほうがいいんじゃないかなって思うんですけど」


 私が尋ねると陛下は考え込んだ。


「むむ……この国の歴史には興味があるが、ならば、一つ頼んでもいいか?」


「出来ることなら」


「ひまわり殿が昨日乗っていたあの乗り物、あれに乗ってみたい」


「え、自転車ですか?」


「あぁ。どのような仕組みで動いているのかも想像がつかんし、乗ったら風を切ってさぞ心地よさそうだ」


「あはは。私もよく『ひまわり選手、風のようです!』とか言いながら乗ってますね」


「選手?」


「あぁ、気にしないで」


 私のアホな趣味をうっかり公言してしまった。まずいまずい。じゃ、今日は遠出はせずに、陛下と自転車でどこか近くをぶらつきますか。

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