二人でお料理

 本日の夕食はオムライス。

 オムライスは卵を一人分ずつ焼かなくてはいけないから、手間も三倍かかって大変なんだけど、どうしても食べたくなって、つい。


「ひまわり殿。今は何を作っておられるのだ?」


「へへ。これはね、オムライスです。今朝見ましたよね? 白いご飯。あの残りに、ハムと玉ねぎと、トマトから作ったケチャップを混ぜて作ります。そうだ、陛下。王様にこんなこと頼むのも申し訳ないんですけど、手伝ってもらえます?」


 ちなみに、ハムで作るのは某、シェフがやたらと黒いことでおなじみの有名洋食店のレシピだ。うちにある材料で出来るので重宝している。


「心得た。俺は何をすればいい?」


「オムライスの欠点って、玉ねぎがめちゃくちゃ余るところなんですよね。使い切っちゃいたいので、飴色玉ねぎにしてオニオンスープにします。千切りにしてあるんで、強火で炒めてください。はい、ヘラ」


「りょ、料理の経験などないのだが、ひまわり殿のようにうまく出来るかどうか」


「大丈夫です。強火でちょっと焦げてきたかなと思ったら、水を入れて混ぜて、焦げを薄めてください。水分が飛んで、また焦げてきたなって思ったら、また水を入れて。で、十五分ぐらいで誰でも簡単に飴色玉ねぎが出来ますんで」


「わざと焦がすのか? 理由は分からないが、ひまわり殿がそういうのであれば、きっと旨いのだろう。やってみよう」


「これ、ひたすら炒めて飴色にしようとすると、小一時間かかる上に、一瞬も気を抜けないんで大変なんですよ。この裏技覚えてからは、四分の一の時間で出来るし、楽しくてついやっちゃうんですよね。じゃ、コップに水汲んどいたんで、お願いします」


 陛下に玉ねぎの番を任せて、私は残りの玉ねぎとハムをみじん切りにした。玉ねぎが透き通るぐらいまで炒めて、今朝のご飯と混ぜたらケチャップ投入。


「それは、血のように赤いが、どのような食材なのだ?」


「これはトマトの赤ですね。トマトを煮詰めて作るケチャップっていう調味料です。見たことないですか? おいしいですよ」


「それがトマトというやつか。この間言っていたダシとかいうやつだな」


「そです、そです」


 陛下ってトマト見たことないのかな?

 日本というより、ヨーロッパとか、あっちの食材だと思っていたけど。

 まぁ、陛下の地元は異世界だから、ヨーロッパではないんだけどさ。


「さて、お次はいよいよ卵だ」


 卵をくっつかないよう綺麗に焼くにはコツがある。油をちんちんに熱することだ。

 これはチャーハンの練習中に気づいたことなんだけど、油は高温のほうが、逆に卵が焦げないんだよね。


 自分でも色々調べたりして私なりに考えてみた中で、一番しっくりきた仮説は『油がベトつくと卵がフライパンにひっつく』ということ。

 低温でベトベトしている油で卵を焼くと、卵は動きにくいから長く同じ場所に留まってしまって、フライパンに貼りついて焦げる。

 高温のサラサラした油なら、卵は油の上に浮くような感じになって、フライパンに貼りつかないので焦げない。

 これに気づいてから、卵を焦がさなくなった。


 油の温度を見極めるポイントは、小刻みに揺らしてみて波が立つかどうか。

 油がサラサラになっていると、細かいさざ波が立つ。

 オムライスの場合はバターだけど、バターでもそれは一緒。


「昔は、白身は切らないようにって書いてあったんですよねぇ」


「白身?」


「そう。白身がオムライスの卵のコシを強くして破れないようにするから、なるべく切らないようにって例の黒いシェフが言ってたんですよ。でも、最近あの人意見を変えたんですよね」


「ふむ。黒いシェフというのが誰のことかは分からないが、どのように変わったのだ?」


「白身と黄身は固まり始める温度が違うから、なるべく均一にしないと、境目から破けるって。だからしっかり混ぜろっていうんですよね。お前ぇ、コシだのなんだの言ってたのはなんだったんじゃい! って」


「……なるほど。では、その方は賢人だな」


「え?」


「自らの誤りを自ら正すことが出来る者は賢人だ。シェフと呼ばれるほど立場が高い者ならば、普通は自らの意見を変えたがらないものだ。しかし、新たな知識を得た際に、過去の自分を顧みることができる方であれば、それはひとかどの人物であろう」


「……なるほど。なんか、新鮮です。日本人って一度言ったことには責任持てって言いがちだけど、そういう考え方もあるんですね」


「人は誰しも間違うものだからな」


 ほわぁ~。さすが陛下だ。

 例の面白キャラのガングロシェフを見る目が変わりそう。


「あ、陛下の玉ねぎもいい感じですね。水足してコンソメ入れましょう」


「これで良いのか? 何やら甘い香りが立ち込めて、旨そうだ」


「ひまちゃーん。パパ、お仕事終わったよ~。今日は何~? お腹空いたぁ~。あ、陛下も手伝ってくれてるんですか。ありがとうございます」


「パパ。自分もいいけど、モルトのご飯忘れてない?」


「そだった、そだった。じゃ、モ~ルト~。ご飯だよ~」


「おんっ、おんっ! へっへっへ」


 モルトが文字通り飛び跳ねて喜んでいる。

 いいのか、モルト。あの半ニート、お前のご飯忘れかけてたぞ。


「じゃ、卵行きますんで、ちょっと集中します。一枚ずつしか焼けないんで、陛下は次の卵を混ぜててもらえると助かります。……卵の殻は、割ったことありますよね?」


「……ある。何年前のことかは覚えていないが。あったと思う」


「じゃ、殻が入らないように注意して、お願いします。やるぞぉ~!」


 そこからは、私のターンだった。

 華麗なるフライパン煽りの技がさく裂し、ほどなくして、食卓には三人前のオムライスとオニオンスープが並んだ。


「おお、これは!」


 陛下が固まった。


「トマトの酸味を程よく卵が中和し、まろやかにしている。スープもだ。このように甘く柔らかい玉ねぎなど食べたことがない。しかも、俺にでも出来るほど簡単に作れるなど……。やはり、ひまわり殿には是非とも我が王国に来ていただきたいものだ」


「へへ、照れる。……でも、確かにおいしい! 罪の味だわ、これは」


 ふわとろの卵と一緒にケチャップライスを頬張り、思わず顔が緩む。

 すると、私の顔を見てパパが苦笑した。


「ひまちゃん、罪の味って意味、たぶん間違って使ってるよねぇ」


「え? だってオムライスって、一人分で卵三つも使うんだよ? 罪の味じゃん。超贅沢じゃん。今日だって、作るのメチャクチャためらったんだから」


「若いってこれだから。いくら食べても太んないと、分かんないだろうね。大人の抱える、罪と罰を」


「は? 何言ってんの? パパ」


 パパは意味不明なことを言って、一人で大きく頷いていた。

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