非本格・本場のカルボナーラ

 パスタをザルにあけ、フライパンの上でお徳用のピザ用チーズと絡める。チーズが溶けたらお皿に移し、溶き卵とあえる。以前は面倒だからフライパンの上であえていたんだけど、パパが勝手にフライパンをセラミック製の高いやつに替えたせいで熱伝導率が高くなりすぎてしまった。おかげで卵に火が入りすぎ、ぼそぼそになってしまうことが続いたので皿の上に変えた。


 何でパパってこう、ああいう突発的な買い物が多いんだろう。


 カルボナーラの卵は火加減が命だ。ほんの少しでも火が入りすぎてしまうとおいしくない。もっとも、面倒くさがらずにお皿の上で混ぜれば、誰にでも出来るお手軽レシピだけど。


「ほいこれ。ひまわり特製、非本格・本場のカルボナーラ。にんにくが入っているからモルトにはあげないでね。もともと犬にはカロリー過多だし」


 最後に大量のこしょうをかけて、ステンレスのフォークと一緒に渡してやると、シグラール君は何やらうぬぬと唸った。


「非本格と本場、矛盾しているような気がするが」


「あのね、日本のカルボナーラって生クリームとか入れがちでしょ。でも、本場イタリアでは絶対に入れないらしいのね。チーズがおいしいから卵とチーズだけで美味しく出来るんだって。私のレシピは生クリームを使ってないから本場のレシピなの。でも、お肉はベーコンで代用してるし、チーズもお徳用のとろけるやつだし、本格じゃないの。あくまで貧乏レシピ」


「貧乏……なのか?」


「まぁ、パパが半ニートだからね。ママのおかげで不自由はないけど、贅沢はできない感じ。……でね、イタリアでもにんにく入れる派と入れない派がいるらしくて、過激派は『あいつらはイタリア人じゃない』とか言ってるらしいけど、私は入れる派なんだ。イタリアって日本と同じダシ文化だと思うのよ」


「ダシ?」


「そう。アミノ酸の豊富なトマトやにんにくをオリーブオイルで煮て、ダシを取っているわけ。だから私的にはにんにくを入れたほうが日本人の口に合うと思うのよね」


「言っていることの半分も分からんが――」


「ま。食べて食べて。お腹、空いてるんでしょ」


 言ってから、ちょっと後悔した。まずかったかな。さっき盛大にお腹を鳴らしたこと、私だったらかなり恥ずかしいと思うもん。


「いっただっきまーす!」


 シグラール君がなかなかフォークをつけないので、さっさと食べ始める。うーん、うまい! 貧乏舌で良かった。お手軽さと味のバランスがいい。このくらいの手間でこの味が食べれるなら、かなりコスパはいいほうだ。若干十五歳にしてこんなことを考えているから、みりんこに『サクシュされてる』とか言われるんだけど。


「で、では。いただくとしよう」


 悲愴な顔でシグラール君がフォークを取った。そんな……変なものは入ってないのに。そもそも、外国の人でも安心して食べられるように日本のものじゃなくてパスタにしたって言うのに。


「……こ、これは!」


 あ、ひと口食べたら目の色が変わった。もう何も言わず黙々とパスタを口に運び始める。そりゃー、倒れちゃうぐらいお腹が空いてたんだもんね。私はシグラール君に飲み物を出すべく立ち上がった。カルピスにしようか……でも、乳酸菌飲料って外国人だとダメな人いるらしいよね。紅茶の一リットルパックがあったからそれでいいか。


「ほいこれ。飲んで」


「な……!」


 何を驚愕しているんだか分からないけど、グラスに注がれた紅茶を見て、再びシグラール君が固まる。でも、それも一瞬のことですぐさまごくごく飲み干し、再びカルボナーラに取り掛かる。


「お、俺は……このようにうまいものを食べたことも飲んだこともない……」


「へへ、照れる」


「ツカモト殿は、もしや不世出の料理人なのでは!? どこかの王家に気づかれでもしたら、今すぐにでも召し抱えられてしまうのでは。も、もしよければ、我が王国でその腕を奮ってほしいのだが――あっ」


「我が王国?」


「い、いやすまない。忘れてくれ――」


 そんなにおいしかったのか。王国ってどこもご飯おいしくないのかな。有名な王国といえばイギリスだけど、ご飯がまずいことでよくネタにされているし。


「ねぇ、それより、ツカモト殿なんて畏まらなくていいよ。多分、同い年ぐらいでしょ。ひまわりでいいよ。私は十五歳。そっちは?」


「俺は……。俺も、そのぐらいだ」


「でね、調べたんだけど、サングリアル王国なんて国、見つからなかったのよね。だからもしかして、他に呼び方ない? それか、日本での通称を間違って覚えているとか」


 ギリシャは英語でグリークだし、ドイツは英語でジャーマニーだし、グリークやジャーマニーのほうで覚えていたら、マイナーな国なら日本語の検索に引っかからない恐れもある。


「調べた? い、いつの間に? そのような素振りなど一度も――」


「いつの間にって、スマホで。ほれ」


 私が出したスマホの画面を見て、シグラール君はまたまた固まってしまった。本日三度目。三度目は、結構長かった。金の針はどこだ。


「ほ~ら、取ってこ~い!」


 モルトのお気に入りのおもちゃ(パパの履き古した靴下を結んだやつ)を投げて遊んでいたら、シグラール君の石化がようやく解けた。


「す、すまない、ひまわり殿。信じられぬかも知れぬが、聞いてくれ。先程は恩人である貴女に嘘をついてしまって申し訳なかった。俺の名はシグラールではない。俺の本当の名はヴラマンク。サングリアルを治める国王だ。――俺はおそらく、別の世界から来たのだと思う」


 次は私が石化する番だった。

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