我が家の庭のエンデュミオン(2)
「それさぁー。絶対サクシュされてるって。何をって、貴重な青春の時間をさぁ。ひまもそんな半ニートの世話なんてかいがいしく焼いてないで、うちと一緒に手芸部に入ろうよ。羊毛フェルトやろ? アルパカ作ろ?」
「んー。でも、ママについて行ったら今ごろフランスだよ? どっちにしろ、羊毛フェルト出来ないよ」
「む。それもそうか。一度だけ見たことあるけど、お母さんはお母さんで極端な人っぽかったもんね」
昔から、しっかりした子だったとママは言う。
「それ。うちは両親どっちも極端なんだよ」
生活力のない半ニートのパパと、バリバリのキャリアウーマンのママ。まるで接点のない二人のどこがそんなに馬が合ったかは知らないが、その間に産まれた私。
私が十二歳の時、ママは離婚を決めた。私は「ついていないとダメなほう」を冷静に考えて、パパと暮らすことを選んだ。ママは私の人生、青春が、パパによって摩耗していくことを何よりも心配し、説得も試みたが、結局は折れた。
あんたならそう言うと思ってた。
最後の日、ママは言った。それからこうも言った。正直なところ、仕事に専念できるとホッとしている自分がいる。そんなふうに思うのはいけないことだから、連れていくつもりでいた、と。
そんなこと、別に言わなきゃ分からないのに。わざわざ十二歳の子供に喋ってしまうあたり、あの人も人としてちょっと欠落したところがある気がする。
「っていうか、あすみに頼めばいいじゃん。あの子なら暇でしょ」
どさっと音がして、私とみりんこの仲を通学カバンが遮った。あすみだ。
「暇じゃない。……あ、ひま。今日も放送するから来て」
「何時から? 私も買ったゲームやりたいんだよね」
「帰ってすぐの三時から一回。夕飯食べて九時からもう一回。今日こそ四時間四〇分の壁を越えてみせる」
あすみは四歳の頃、某国民的RPG第九作目の主人公に初恋をしたらしい。中学の頃は「ナインくん~」と騒いでいただけの子だったのだが、最近RPGの早解きという変な趣味に目覚めてしまった。
「うえぇ。長いじゃん、あすみの放送」
「一時間半までにマルコがツモれなかったら記録はないから、見なくても大丈夫。要望があるから昼の部は最後まで通すけどね。狩りで
「あーっ、分かった分かった! 語らなくていいから。じゃ、とりあえず、四時半ごろに顔を出すよ。私もゲームしながらゆっくり観戦する」
あすみのライブ実況は日本でも上位のプレー(そもそも競技人口が少ない)と声の可愛さもあいまってか、結構人気があるらしい。なら、私がいなくてもいいんじゃないかと思うんだけど、前に初めて五時間を切ったとき、見ていなかったと散々文句を言われた。
「ちゃんと来てね!」
念押しして去っていくあすみを、みりんこと二人、呆然と見送った。
「あの子、昔からああだったの? 何がって、その、全般的に」
「いや、ああなったのは去年の夏頃からかな。昔から人の話を聞いてないとこはあったけど」
すると、みりんこはとんでもないことを言った。
「へぇー。いいね、ゲーム楽しめる人は。誰かさんみたいに、男子と仲良くなれたりするもんね」
「ちょ。みりんこ。栗城くんのこと言ってるなら、違うからね? 個体値とか厳選とか分かんないままやってきたから、栗城くんなら詳しいって言うからさ」
「どーだか」
みりんこ、こと柏木美鈴は、多分栗城くんのことが好きだ。好きなんだったら自分もそのゲームを買って、話のキッカケでも作ったらいいのに。だが、どうやらそういうものでもないらしい。
人を好きになるって、よく分からんなぁ。
「あ、そうだ。男子といえば……」
私は今朝、うちの庭で寝ていた少年を思い出した。あの人、結局なんだったんだろう? やっぱ、あのまま放置してきたのは不用心かな。窓ガラスにヒビとか入っていたらどうしよう。さすがに侵入なんて、出来ないとは思うけど。
すごく綺麗な人だった。不思議と、あの人ならそういうことはしないという確信がある。まぁ、LINEとかで言ったら、『(謎の確信)』とか書かれるタイプの確信だけどさ。
「ちょっと。男子といえば、なによ」
「あ、ごめん。何でもない!」
「なになに、まさか、好きな人でも出来たわけ?」
「そんなんじゃないって!」
圧が強いよ、みりんこ。叶うことなら、早く好きな人の一人でも作ってあんたを安心させてあげたいわ。ごめんね、あんたの友達は恋愛音痴で。
「私、モルトの散歩があるからさ! 先帰るね。ゴールデンウィークも一回ぐらいみんなで会お」
「ねー! 今話していきなさいよ~っ」
「ごめ~ん! また今度~!」
背中からみりんこの声が追いかけてくる。私はそれから逃げるようにして、教室を立ち去った。家に帰れば待ちに待ったゲームの時間だ! 今日はうっとうしい半ニートもいないし、さっさと家事と散歩を終わらせて、ゲームすっぞ!
――で。
「嘘でしょ。まだ寝とる……」
家に着いた私は、軽く途方に暮れた。
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