異世界美少年の魔法

 サングリアルを治める? 国王? 別の世界から来た?


 ――えええ、逆じゃない?


 そこは私が行くほうじゃない?


 それでもって秘められた魔力で精霊やドラゴンたちに愛され、癒し手とか導き手とか呼ばれて戦力としても重宝され王国の騎士たちにチヤホヤされて、その一方で日本人ならではの細やかな気配りで次第にイケメンたちのハートをがっちりゲットしていくのがお決まりのパターンじゃない?


 いきなりそんなこと言われても信じられるわけないじゃん! だってここ、背景が思いっきり日本だもん!(日めくりカレンダーとか達磨とかが置いてある)


「マジですか?」


「マジというのは真偽を問う砕けた言い回しだな? マジだ。いや、マジだろうと思っているだけだが。貴女の家にある鋼のフォーク、美しい総ガラスのコップ、それからスマホとか言ったか、あのように摩訶不思議な道具……。どれも、俺の世界では見たことがないものだ。それと、意識を失う前の最後の記憶で、おぼろげながらそのようなことを言われた覚えがある」


 じゃ、さっき固まってたあれ、ステンレスのフォークに驚いてたのか。フォークって、そんなに驚くもの?


「さっき国王って言ってましたけど……私と大して変わらない歳なのに?」


「あぁ。この姿については少し事情が」


「……ちょっと、外に来てもらえます?」


「構わないが……どうした?」


 私は黙ってシグラール君……ではなく、ヴラマンク陛下の手を取り、裏庭のハンモック(自立式)に座らせた。


 うん。やっぱり絵になる。ママの趣味で庭だけは日本感が排除されているのが役に立った。うまいこと電柱とかも見えないように植木で隠しているし、つるバラがあしらってあって、ここだけ見れば異世界っぽい。


 ちょこんとしゃがんで、陛下を見上げる。眼福眼福。


「よく考えたら陛下って、見たことない服を着てますね。タオル地じゃないバスローブみたいな。映画の衣装かと思っていたけど」


「陛下? いや、ひまわり殿は俺に対して敬称を使う必要はない。貴女は俺の臣民ではないからな」


「そういうわけには……。といっても、まだ信じたわけじゃないんで。まだこのぐらいなら、モニタリングの可能性を排除しきれないんで」


 パパなら応募しかねん。慎重に辺りを見回してカメラを探すが、それらしきものは一応見当たらない。


「モニタ……? もっとも、先程の料理の腕といい、ひまわり殿はぜひとも我が城へお招きし、ゆくゆくは我が臣民となってほしいぐらいだがな」


「えへへ。それはまた、ずいぶんと買ってくれたみたいで。あの、何か魔法とかって使えたりします? そういうのを見たら、やらせか本物か少しは分かると思うんですけど」


「魔法か。実は今貴女と話しているのも、魔法のようなものなのだが」


 あらそれってプロポーズ? 今貴女と話せているこの奇跡――みたいな。ってそんなわけないよね。分かってます。自重自重。


「俺に出来ることはこれしかないが――お見せしよう。モルト」


「うぉん?」


 モルトが陛下のそばに駆け寄り、お座りする。もともと人懐こい犬ではあるんだけれど、モルトのやつ、すっかり陛下の言いなりで尻尾を振ってるな。やっぱ、王様だってこと、感じ取っているんだろうか。いやいや、まだ信じちゃいかんぞ。モニタリングに当選するなんてラッキーはないとしても、パパならこのぐらいのイタズラ仕込みかねない。


「良い子だ。少しお眠り」


 陛下がパチンと指を鳴らした瞬間、モルトがくずおれた。


「も、モルトッ!? モルトに何をしたんですか!?」


「心配はいらない。眠っているだけだ。今、起こしてやろう」


 陛下、もう一回ぱちん。すると、


「へっへっはっは!」


 モルトが元気に起き上がった。

 今一瞬、モルトの鼻から紫色の霊体? みたいなものが出ていくのが見えたんだけど。


「も、もう一回やってもらえます?」


 ぱちん。


 ぐぅ。


 ぱちん。


「へっへっはっは!」


 マジだ。モルトにそんな高度な芸が出来るとは思えない。こいつ、お手とお座りぐらいしか出来んもん。「待て」は練習中だし。


「今モルトの鼻から出た、幽霊みたいなのが陛下の魔法なんですか?」


「ゆ、幽霊だと……。いや、その通りだ。俺は風を操る。花々の力を秘めし宝石のひとつ、〈眠りの薫衣草〉の力を使ってな」


 さすが、異世界美少年は魔法もみやびだ。

 花の力で戦うなんて。


「今私と話しているのも陛下の魔法なんですか?」


「――いや、俺の魔法ではない。先程嗅がせた粉には〈歓語の朱頂蘭〉という宝石を使う、別の風使いの風が込められていたのだ。もともとは遠隔地同士での情報の伝達を可能にする術なのだが、副次的効果として異言語を用いるものが意志を通じあわせることも出来る。もっとも、さっきので使い切ってしまったがな」


「ってことは、陛下が出来るのは誰かを眠らせることだけ?」


「そうなるな」


 もっとこう、炎やら雷を出してくれないと魔法使いって感じがしないんで、その辺はちょっと残念かも。みやびだからいいけどさ。


「陛下がどうやら、本物の異世界人だってのは信じることにします。それで、これからどうするんですか?」


「さてな。とにかく、どこかで宿を取らなければならないだろう。傭兵のような仕事でも探して日銭を稼ぎ、元の世界に戻る方法を探さねば」


 傭兵って……。世界には民間の軍事会社もあるみたいだけど、多分陛下の考えている傭兵とは全然違ったものだと思うよ。


「でも、この世界で陛下と話せるの、私だけなんですよね?」


「それは……そうだが」


「だったら!」


 私は手を叩いて提案した。


「パパがいいって言えばですけど、うちに居候しませんか? あの人なら二つ返事でいいって言うと思うけど」

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