陛下、トイレに驚かれる
「ダメだ」
「なんで?」
うちに居候したら? と軽い気持ちで陛下に提案したら、速攻断られた。でも、こっちの世界で陛下の言葉が分かるのは私しかいないんだよ? このまま陛下を追い出して、どこかでホームレスにでもなっちゃったらどうするの。
「貴女は自分が何を言っているのか分かっているのか? 年頃のお嬢さんの家に転がり込むなんて、そんな恥知らずなことは出来ない」
「え、あれ? 陛下ってずいぶん固いですね、考え方。私と同い年ぐらいなのに。っていうか、陛下だって私なんか見ても変な気は起きないでしょ?」
「そんな事はない。貴女は魅力的だ。吸い込まれるように深い夜色の目は、俺の国にはない色だ」
うがが。なんてこと言うんだ。ちょっとドキっとした。日本と違って、女の子に対する誉め言葉が豊富な国なんだろうな。陛下の生まれたところは。
もーぅ、さらっとイケメンなこと言っちゃって。これだから美形は。
「でも、言葉も通じない異世界に、困っている人を放り出すのは仁義にもとります! 困っている人には親切に! これは我が家の家訓です!」
「じ、仁義……!?」
私の勢いに陛下はたじろいだみたいだ。陛下はひとつ大きく息を吐いて、それから自分の首に手を回した。きゃらきゃら音を立てる銀色の鎖の先には、紫色の宝石のプレート? みたいなものがかかっていた。
「確かに、ひまわり殿の言う通り、俺はこの世界では寄る辺のない身。貴女の世話になるよりほかないのかも知れん。すまないが、ここに置いてもらえるかどうかお父君に聞いてみてはいただけないだろうか。……せめてもの誠意として、これを預かってほしい」
「これ何?」
「さっき見せただろう。花の力を秘めた風を。その風の源〈眠りの薫衣草〉と呼ばれる宝石だ」
「え、ダメだよ。そんな大事なもの! 預かれないよ」
「忘れたか? 俺はその力を使えば、貴女を簡単に眠らせてしまうことが出来る。もう少し、俺を警戒してくれ」
男の子が自分から警戒してくれなんて、なんだかあべこべだ。
「んー、分かりました。じゃあ、預かります。それで陛下の気が済むなら」
「昔はどんなに遠くに捨てて来ても、いつの間にか俺のもとに戻ってきていたものだが。その宝石は今、力に枷をかけられた状態にある。あまり遠くに離れなければ、俺から隔離しておけるだろう」
「へぇ……。これを持てば私も風を使えるのかな?」
「残念ながら、適性はないようだな。使えるようであれば、今手に持った時点で、ひまわり殿の体から風が吹きあがっていたはずだ」
なんだ、残念。
とりあえず、剣と同じところに放り込んでおけばいいか。
「じゃ、まずはトイレかな」
「は?」
「するでしょ? 陛下も。こればっかりは、もよおしちゃったら大変ですし。お友達の家にお泊りするときは、一番に場所を確認しなきゃだし。ね、あがってください」
つっかけを脱いで、陛下が異世界から日本へ帰還する。(神棚とか置いてある)
私の笑顔になにか邪悪なものを感じ取ったのか、若干腰が引け気味だ。
「何やら、良からぬ予感がするのだが」
「えぇー? 気のせい気のせい。心配性だなぁっ」
「……すまないが、もう一度同じことを俺の目を見て言ってくれないか?」
「やだなー。ははは。あ、着きましたーぁ」
そんなに距離があるわけでもないので、すぐにトイレに着いた。
「はい、これ。ここがトイレです。異世界にはないだろうから解説しておくと、ここのレバーをひねれば水が出るんで。リモコンでもいいけど、レバーのほうが分かりやすいと思うんで」
「は……? いや、何を言っているのか分からないが、もしやこれがトイレだと言っているのか? このように磨き抜かれた陶製の器が? いったいどのようにしてこれほど巨大な器を……」
「うふふ。はい! では、用を足しました~。流しま~す」
私はトイレットペーパーを十センチほどくしゃくしゃっと丸めて、便器の中に放り込んだ。
「い、今何を投げた?! あれはもしや紙ではないか? しかも、あの薄さはいったいどういうことだ。それをそんな無造作に。今の水だって、いったいどこから来たというのだ。近くに川の音などしていなかったが」
「んもー。ちょっと、何でもかんでも驚きすぎじゃないですか? ここは陛下のいた世界じゃないんだから。そういうもんだと受け入れて、どしっと構えててください」
「む。……確かに。あまりのことに気が動転していたらしい。すまない、説明を続けてくれるか」
「えとですね、やっぱり、トイレしてるところを見られたら嫌ですよね? ここのレバーを回して赤くなれば、鍵がかかるんで。使うときは鍵を忘れずに。……それから、これ!」
「なんだ?」
「トイレの後は清潔にしたいですよね? でも、紙だけじゃ拭ききれないこともあるじゃないですか? じゃ、私は出ていくから、鍵を閉めたらおしりを出して、ここのボタンを押してください! 恥ずかしいかもだけど、排泄は人が生きる上で絶対に欠かせない大事なことなんで。今覚えておかないと後で恥をかくから、ちゃんと覚えておかないとですもんね。私はぁ、そう。モルトが庭で待ってるから、足拭きに行ってあげなきゃ。では、また!」
そこまで一息に言って、ドアを閉めた。
裏庭でお行儀よく待っているモルトの足を拭いてやる。
モルトが前足をリビングにかけた、その時、
「~~~?!!!」
声にならない声が響いた。
ゆらり……
幽霊みたいにトイレから出てきた陛下は心なしかしょんぼりして見える。
ありゃ? ちょっとイタズラが過ぎたかな?
「へ、陛下?」
若干、涙目になっていた。
長いこと、陛下は口を聞かなかった。
何かを言おうとしては、やめ、を繰り返し……
「……ひどいぞ」
ぐす。
あははは、ごめんなさい!
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