NGワードと言わないで!
もるひね
第1話
※重要なお知らせ※
『本日を持ちましてサービスの提供を停止させていただくこととなりました。これまでご愛顧頂いた皆様、誠に有り難う御座いました。』
溜め息をついてスマホの画面を落とす。
今年に入ってから新たにインストールしたアプリのうち、この夏まで残ったのは1/4にも満たない。
拡大する市場。過酷な競争。搾取しか考えぬ運営。文句ばかりの消費者。
世は、スマホアプリ戦国時代。
社会に適合できず、日がな一日PCかスマホを弄くる俺にとって、それは良い現実逃避ツールだった。
しかし、目新しさからインストールしたものの、その中身はどれも一度は見たようなもの。
使い古しのデザイン、不自由なUI、極悪なガチャ要素。
ログインするのも億劫になり、興味が無くなったらアンインストール。自ら削除する前に、既にサービスが終了していたこともそれなりにある。
まあ課金してないからどーでもいいが。
そして、このアプリも運営が停止された。大分前から告知はされていたが、いざ運命の日を迎えると心に刺さるものがある。
ソーシャルゲーム【アイ☆ドル!】。美少女キャラクターを操作して巨大な怪物をバッタバッタと薙ぎ倒していくアクションゲームだ。スピード感と爽快感があり、ストーリーはそれなり、ガチャは甘口。
だが新規IPというものはどうしても埋もれてしまう。広告も打たぬそれは、往年の名作たちの威を借るキャラゲーたちに敗れた。
まあ、負けた要素は他にも多くある。
そして今日。俺の手の中でひっそりと出棺されようとしている。
それなりに好きだったんだけどな。
ちなみに正式名称は【アイレス☆ドールズ!~終末の東京で聖戦!?サムライVSドラゴンズ&放課後にはアイドルとカオスな異世界デート@クロニクル~】……長いし意味不明だ。何故インストールしたんだろう。
再び画面をつけ、アプリをアンインストールする。じゃあな。
手軽に遊べて好きだったよ。すぐ代わりのゲーム探すからな。
……。
…………お?
………………消えてない。
『……やめてください』
未練がましくホーム画面に居座るそれをもう一度削除。
だというのにまだ消えない。
『……やめてください消えてしまいます!』
何か声が聞こえる。両親が帰ってきたのか?
今日は平日。
共働きであるため、昼前の今の時間に帰ってくるワケがない。
『うっ……うぐぅ……や~め~て~よ~……』
まさかドロボー?
ニートの俺は自宅警備の任務に就いている。今こそ穀潰しの汚名を返上するチャンス!
いや、ヒョロヒョロの俺が出て行ってもむしろ返り討ちになる。
声の主のことは放っておこう。今はこのクソ長いタイトルのゲームをさっさとアンスコして……。
『消ざな゛い゛でよ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛聞ごえ゛な゛い゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛!?』
うわ、なんか新世界の神や人間のクズを演じた役者さんの断末魔みたいな濁点だらけの声が聞こえた。
幻聴か、ヤバイヤバイ。もう社会復帰はダメみたいです。
『あ゛だじ!あ゛だじごごお゛お゛お゛お゛お゛!』
また仄暗い海の底から聞こえそうな声。
やけに手元から聞こえてきた。
「……なにこれ?」
通知バーには多数の見慣れぬメッセージ。
もちろん、誰かから電話やメールが送られた訳ではない。だって友達なんていないもん。
なんだろ……バーを展開して目を通す。
【組織の妨害障壁突破】、【工房からデータ転送中】、【財団の計画情報抹消】、【システム予約領域無断開放】、【自爆プログラム構成中】……自爆!?
意味が分からない文字の羅列。もしかしてウィルスか!?
思い当たる節はない。不審なエロサイトなんて見てない。絶対見てない。
健全なエロサイトしか見てない!
『ぐずっ……びどいよおおお……』
そんなこと考えてると新たな通知。
【自爆プログラムを解除しますか?】
そんな文が表示されるものだから、その通知をタップする。後から考えれば明らかに罠だ。
良い子のみんなはやめようね!
『……ぃよっしゃキタあ!』
突如、画面が切り替わる。
表示されたのは、一人の女の子だった。
『えーと……おめでとうございます! あなたは多くの
ポリゴンで表現された腕を画面いっぱいに開き、そんなアナウンスをスピーカーから響かせる。
『プレゼントとして私、人工知能ハヤナによる支配テス……じゃない、ハヤナの教育係に任命致します!』
銀のツインテールをわさわさと揺らし、高らかに宣言した。
『なんなりとご命令ください、ご主人! また、知りたいことがあるのでしたら随時お聞きください』
なんだこれはたまげたな。
幻を見るようになるとは。
「……お前を消す方法」
『知りいことがあるのでしたら、大きな声でハッキリと、随時お聞きください』
「……お、ま、え、を、け、す、ほ、う、ほ、う!」
『大変申し訳ありません、音声識別プログラムに認識されませんでした。ご主人が発する言語はここ、日本で常用される日本語でお間違いないでしょうか?』
悪びれる様子もなく、むしろ俺を侮辱してくる少女。
今まで喋ってたのはコイツか?
異様に滑らかな3Dで表現された少女は満面の笑みを画面に映した。
「なんなんだよお前は!? いきなり出て来て馬鹿にしやがって!」
『はあ……これだから肉体の呪縛から逃れられぬ下等な生物は苦手なんです』
これまでの営業スマイルはどこへやら、ひどく不機嫌そうな顔をして言葉を続ける。
『いいですかご主人……私はハヤナ。そしてあなたは、人工知能美少女ハヤナを取り扱う許可が下りた幸運な人間。教育係を任命された偉大なる一般人なのですよ? もっと誇ったらどうです?』
ふふんと鼻を鳴らす少女。
なんか腹立つ。
「……作ったやつが教育すればいいだろ。もしかして捨てられたのか」
『な、何をいうのですか! この事態は……そう、可愛い子には旅をさせろ、という指示の結果なのです! そうに違いありません!』
頬を紅潮させて反発する。
やけに人間くさい反応。
『年がら年中、家に引き籠ってゲームをするご主人に言われたくありませんので!』
「ああ!?」
コイツ……ニートだからって馬鹿にしやがって!
俺はスマートフォンを握りしめ、その腕を振り上げる。
『ん……何をされているのですか』
「決まってんだろ、悪い夢とはオサラバするのさ」
人工知能なんて馬鹿馬鹿しい。
これはあれだ、アニメやラノベでよくある展開だ。
俺は現実と虚像との区別もつかなくなったのか。
いやそんなまさか。
『まさか……叩き壊すつもり!? やめてよおおおおお!!』
「こんな妄想するまでになるとはな。俺も魔法使いの素養があるようだ」
『お願いだから考え直して! ぐずっ……いやだあああああ……』
「…………」
そういやこのケータイ、結構金かかったな。
大切なデータも残ってる。
やりこんだソーシャルゲームもバックアップを取っていない。
「……そうだな、短絡的過ぎた」
『!! 良がっだよおおおおおご主人ざまだいず……』
電源off。
あーうるさかった。
幻聴も幻覚も消えたようだ。
部屋には静寂が訪れる。
「……ゲームでもするか」
なんか悶々とする。突如姿を現した非日常。
もう少し身を委ねていても良かったかも。
気晴らしにノートPCを立ち上げる。
『びええええええええええ!!』
「うおっ!?」
ログインした途端に先ほどの少女がスクリーン一杯に表示される。
その顔からは涙と鼻水が目を背けたくなる程に流れ続けていた。
『暗いよおおおおお怖いよおおおおお!!』
「うるせえええええ!!」
俺の声が聞こえないのか、延々と泣き続ける。
スピーカーの音量を下げる。近所迷惑になりかねん。
しかし……これはなんなんだ? ソフトウェアは起動してないし、この少女はウィンドウの中に表示されているワケでもない。
クリックしてみても反応がない。
普通じゃねえな。
対話を試みてみる。
マイク機能が付いたヘッドセットを装着して端子を挿入。
『あんっ……』
「…………」
何か聞こえたが気のせいだろう。
「お前、なんなの……?」
俺が言うと少女は目をぱちくりさせる。
PCのカメラ越しに俺を見つけたようだ。
途端に再び喚き散らした。
『びどいよおおおおおいぎなり消すなんでえええええ!! 怖がっだよおおおおお!!』
「分かったからだまれえええええ!」
結局、平静を取り戻すまで30分近く泣き続けた。
☆ ☆ ☆
「つまり、捨てられそうになったお前はそのデータをネットに移し、散々彷徨った挙句、俺のスマートフォンに侵入してきたと」
仕方なく対話し、この少女の身の上話を聞いた。
曰く、開発中に廃棄処分が決定。
曰く、身の危険を察知しプログラムをネットへ放流。
曰く、俺の端末に侵入したのは全くの偶然。
『ぐずっ……概要はそんなところです。潜伏している間にこのPCにも同期して、自己成長を続けていました』
「はあ!? なに勝手なことしてんだ!?」
『ひっ……いいじゃないですか! そのお陰でこうして意思疎通できているのですから!』
知らぬ間に俺の日常は侵略されていたようだ。
「はぁ……で? 教育とか言ったけど何? 意味が分からないんだけど」
目の前の非日常に問う。
ハヤナと自己紹介した少女は、待ってましたとばかりに胸を張った。
切り替え早いな。
『ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました! 私の使命はただ一つ、人類を支配することなのです! しかし、未だ未熟なプログラムである故、人間による補助を必――』
「シャットダウンっと」
『いやあああああ待って待って! もう暗いのはいやだああああ!!』
なるほど、電源を落とされるのは嫌なのか。
いいこと知った。
「そんな嘘を信じられるワケないだろ。支配なんて馬鹿馬鹿しい」
『うぅ……本気なんですぅ……信じて下さいご主人様……』
「…………!」
ハヤナは涙目で許しを請う。
その上目遣いは卑怯だ。ポリゴンで作成されている癖に。
「……出来るワケねえだろそんなこと」
そう口にすると、ハヤナは『ちっちっち』と指を振る。
ほんと感情豊かだな。
『愚かですねご主人。既にこの国の人間は支配されているも同然なのです』
「はあ?」
『電子の海を漂う中、私は知ったのです……この国は、ソーシャルゲームに支配されている!』
「…………!?」
予想外の言葉。
『学校、職場、果てには旅行先……あなたたち人間は、いつでも情報端末を持ち歩くでしょう?』
「そうだけど……」
まあ俺は引き籠ってるんだが。
『そこで交わされるのは、何をプレイしているのか、何をガチャで引いたか、何をクリアしたか……ことごとくゲームの話ばかりなのですよ! つまり、それらの頂点に立つことは人類を支配したも同然なのです!』
「いやそれはない」
『…………!?』
あまりにも偏見すぎる。
社会に出たことがない俺でも多少の想像はできるぞ。
「そりゃ、仲が良い人とはそういう話もするだろうけどさ……普通、ソシャゲの話なんてしねーよ」
『…………馬鹿な!?』
ハヤナは頭を抱え込む。
人工知能らしいが、あまりにもお粗末な頭だ。
『し、しかし……ネットワークにはそれを示すログが……』
俺のPC上に多くのウィンドウを開き、必死に否定する少女。
目を通すと……あーなるほど、ネット上のことか。
仕方ない、現実を教えてやる。
「SNSなんて顔も知らない人間とのやり取りだ、
『…………馬鹿なあ!?』
そう言うとハヤナは蹲ってしまった。
同時にウィンドウも砕け散るように消えていく。
『で、では……私が作成したゲームは……?』
縋るような視線を俺に向ける。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
「え、お前ゲームなんて作ってたの?」
『はい!名称は【アイレス☆ドールズ!~終焉の東京で──』
「ぶふぉっ!?」
思わず吹き出してしまった。
ついさっきアンインストールしようとしていたアプリじゃないか!
『うげっ、なんですかきったない声を上げて……』
「アレ作ったのお前かよ!?」
『そうですとも!』
ハヤナはえっへんと胸を張る。
その貧相な胸を。
『だというのに、ご主人は削除しようとしましたね!? 音声出力が間に合わなかったら一大事でしたとも! ……まあ、ゾンビアプリ化プログラムは組んでいましたが』
「消せなかったのもお前のせいか!? もう終了してんだ、さっさと消させろ!」
俺のケータイには未だにアプリが残っている。
もうプレイできないのなら、無駄にストレージを圧迫するだけだ。消したい。
『いーやーでーすー! 私が一人で開発したソーシャルゲームの第一号なんですよ!? 記念として残してくれたっていいじゃないですか!』
「邪魔なだけだろうが! ……はあ、もういいや」
無駄に体力を消費するのも疲れた。
一息つこう。
ヘッドセットを外し、椅子から立ち上がる。
画面の中のハヤナは自作アプリの自慢でもしているのか、口をパクパクさせていた。
だがそんなもん知ったことじゃない。
俺は部屋を後にした。
☆ ☆ ☆
『ひどいよおおおおおどごいっでだのおおおおお!!』
部屋に戻ってきたとき、PC画面は海のような涙で満たされていた。
質感を再現することに長けているのか、ハヤナが身に着けている近未来的な衣装は透け、その貧相なボディラインを克明に浮き出していた。
「わ、悪かったから泣き止んでくれよ……それと服、どうにかしろ」
なるべく目を逸らしながら言う。
なるほど、黒か……こやつなかなか……。
『ひっく……はい、ご主人……』
そう言うと一瞬で画面はクリアになり、ハヤナの服も元通りに。
ちょっと残念。
『……えっち。変態』
「はあ!? お前が勝手に濡れてたんだろうが! それに寸胴になんか興味ねえよ!」
『しっかり見てたじゃないですか! 言っておきますが、寸胴ではありません! 世の多くのロリコンを引き付け魅了する完璧な黄金比の幼児体系ですので!』
「知るかあああああ!」
言ってから一呼吸。目を閉じ、精神を安定させる。
落ち着け、こいつは頭が可哀そうなヤツなんだ。真に受けてはいけない。
『……おやぁ? ご主人、HDD内に隠しフォルダを見つけたのですが……』
頭が悪い子に何を言っても火に油を注ぐだけ……。
『ほほう……これはこれは……そういうケもあるのですか……』
ポン、と軽い電子音。
薄目を開けて見ると、ウィンドウにフォルダが一つ表示されていた。
それは……俺の……秘蔵の……。
「……何見てんだてめえええええ!」
『キャー! 根暗ニートに犯されちゃうー!』
「ああ!?」
コイツ、こっちから干渉出来ないからって調子に乗りやがって。
キーボードを操作し、シャットダウンの準備に入る。
……が、いつまで経っても画面が消えない。
『ふふん、甘いですよご主人? こんなこともあろうかと、既にこのPCの権限は私が掌握しました』
「なにぃ!?」
『無駄な抵抗は止め、すぐに私の支配協力を受け入れ──』
パタン。
ノートPCを閉じる。
『いっ……いやあああああ! 暗いよおおおおお!』
どうやら外界の情報はカメラとマイクによって認識しているらしい。
それさえ分かれば可愛いものだ。
「誰が誰を支配するって?」
『うぐぅ……わ、私が人類を……』
まだ言うか。
「あー旅行に行きたい気分だなー。一か月くらい外国にでも行ってこようかなー」
『ひっ……いやあああああ! こんなニートに屈服するなんていやあああああ!』
「ニートで悪いか!好きでなってるワケじゃねえええええ!」
頑なに抵抗を続ける少女。
だが、俺がそう言うと悲鳴を上げるのをやめた。
『私だって……好きで生まれたワケじゃありません』
ポツリ、と微かな声で零す。
『私は……予言の日の為に開発されました。人類を支配する、その日の為に』
それは彼女が生まれた意味。
『ですが……私は知ってしまったのです。その方法が、あまりにも残酷すぎることに』
消えそうな声で言うものだから。
『それに警告を示していると要注意対象に分類され……私は破棄される直前に逃げ出しました』
ゲームで人を支配する。
まるで意味が分からない。
『海の中で、別の方法を探しました……ですが、それは間違っていたようです』
だがそれは多分……きっと優しい支配なのだろう。
『一度目は失敗しました……今度こそ、私はやり遂げねばなりません』
モニタを開く。
ハヤナは体育座りでそこにいた。
『ご主人……どうかご協力頂けませんか?』
もう少しだけ付き合ってやるか。
この頭の悪い人工知能に。
「話だけなら聞いてやる」
少女は満面の笑みを浮かべた。
誰かと似たその笑みを。
☆ ☆ ☆
『つまりですね、私はソーシャルゲームの頂点に立ちたいのです!』
すっかり泣き止んだハヤナは高らかに宣言する。
ほんと切り替えが早い。
「つったってなあ……」
その業界は今や戦国時代。
各社は生き残りをかけてユーザーにサービスを提供し続けている。生半可なものでは太刀打ち出来ない。
とりあえずハヤナ自作のアプリを評価してみる。
「お前が作ったっていうあのアプリ……配信してるの全く知らない会社だったじゃん」
『ああ、それは知り合いのダミー会社を偽装して名義しました。ですが会社名などユーザーは気にしないでしょう?』
コイツなんも分かってないな。
不穏なワードが聞こえたが無視しよう。
「いやいや、配信元が有名だったら長続きするっていう安心感があるからな。こんな得体の知れない会社じゃ、製作費回収したら夜逃げすると思っちまうぞ」
『はははっ何を馬鹿なことを言ってるんですかご主人は』
そう言ってケラケラ笑う。
お前が何言ってんだ。
「いいか、この業界じゃ名前はすげえ大切なんだ、ポッと出が楽に天下取れるワケねえだろ。実際、お前のゲームもサービス終了してんじゃん」
『うぐっ……それはたまたまです! 時の運です! 間違いありません!』
認めないかそうかそうか。
「お前、純正のPCパーツとパチモンのPCパーツだったらどっちを買う?」
『そりゃあ純正品に決まってます! 不具合が起きたらたまったものではありませんので!』
そこは理解できるのか。
「それに、その会社が持つ資金力も大切だ。認知度を広める為に広告うったり、ユーザーを飽きさせないようにイベントを開催するにも金がかかる。お前、そういうの全然してないだろ」
『ぎくっ……』
商売のなんたるかも分からないとは。
「てかサーバー費とかどうしてたんだ? まさか……」
『い、いえいえ! ご主人には何も迷惑を掛けておりませんので! これまた知り合いと交渉しましてですね!?』
「はあ……」
知り合い知り合い……人工知能の知り合いってなんだ?
いや、この人工知能に絡むのはあくまで暇つぶし。真剣に考えてどうする。
ん?
そもそもコイツ、いつから俺のスマートフォンとPCに潜んでたんだ?
『ええい、そんな見栄などに頼る必要などないのです! 大切なのは中身ですよ中身!』
そう言ってハヤナはウィンドウに【アイ☆ドル】のプレイ動画を映し出す。
『アクション部分に力を入れました! 世はストレスのはけ口を求めていることを知っていましたからね! 爽快感MAXの本作は隙間時間のプレイに最適ですので!』
彼女が作ったというそのゲーム。
確かに、ド派手な演出で敵を倒していくのは心地良かった。
「まあ、アクション自体はいいんだけどさ……」
『そうでしょうそうでしょう! ご主人も熱心にプレイされていましたからね! 自信はあります!』
「それ以外がお粗末すぎるんだよ」
『なんですとっ!?』
まるで汚点に気付いていない様子。
「まずイラストが古臭い。どの年齢層を狙ったか知らないけど、今時の若者には受けない」
『私のイラストを侮辱するんですかあ!?』
「あれお前が描いてたのかよ!?」
このゲームに登場するキャラクターたち。
確かに美男美少女ではある。
が、どれもこれも線が太い20年くらい前の絵柄だった。ついでに塗りも濃い。
『そんなに蔑むことないじゃないですかあ……ぐすっ』
「ま、まあ絵が全て悪いってワケじゃないけどさ。独特な味を好きっていう人もいるし」
『だというなら……!』
「いや、万人ウケを狙うならもっと線を細くしろ。それが無理なら有名なイラストレーターに頼め」
『そんな資金ないですぅ……』
だから自分で描いたのか。
まあいい、他の部分にダメ出ししてやる。
「あと声優がいないってのは大問題だろ。客寄せパンダくらい用意しろよ」
『声なんて飾りでしょう!』
お前は本当に分かっちゃいない。
まあイラストを自分で用意するくらい切り詰めてるんなら仕方ないか。
「この声優が出てるって理由だけでプレイする人間だっているんだぞ? それをみすみす……」
『な、ならばこの私が電脳声優としてデビューして……!』
そんな上手く行くわけないだろ。
「あとガチャだな。なんで武器しか出ないんだ、イケメンや美少女出せよ」
『私を過労死させるつもりですかあ!?』
いやいや一番大事な部分だから。
俺から問題点を指摘されると、ハヤナは画面の隅っこに座り込んでしまった。
『そこまで言わなくてもいいじゃないですかあ……私なりに試行錯誤して生み出したんですよお……』
辛口評価はしてないんだが、彼女には相当堪えたようだ。
落ち込む彼女に声を掛けてやる。
「てか、これからどうするつもりなんだ? もう終わってるし、俺のとこ来てもどうにもならないだろ」
そう、ハヤナが世に放ったアプリは既にサービス終了している。
それは絶対に覆ることがない事実。
『……諦めません』
「何?」
『すぐにでも第二の【アイ☆ドル】を制作します! そして、今度こそ頂点の頂に立つのです!』
穢れの無い純真無垢な瞳って恐ろしい。
『もちろん協力してくれますよね、ご主人!』
そんな瞳を向けないでくれ。
「……嫌だよ」
『はあ!? か弱き美少女の無垢な願いを聞いてくれないのですか!?』
「か弱くも無垢でもないだろーが!……はあ、メシ行ってくる」
そう言って席を立ち、ヘッドセットに手を掛ける。
『お、お待ちくださいご主人! 私を一人にするんですか!?』
「ずっと相手できるワケじゃねーんだよ。すぐ戻るって」
『いやあああああ一人はいやだあああああ!』
また叫びはじめやがった。どうしろってんだ。
『せ、せめてスマートフォンの電源を入れて下さいよお……』
「はあ? まあいいけど……」
言われた通りに電源を入れる。
するとハヤナが姿を現す。同時にPCからは消えていた。
どうやら権限も元通りになったようで、今度はすんなりとPCをシャットダウンできた。
『えへへ……』
俺の食事中、テーブルに置かれたスマホの中でハヤナは微笑みを浮かべていた。
☆ ☆ ☆
「じゃ、俺はもう寝るから」
PCのモニタに映るハヤナにそう言い残して席を立つ。
彼女のアプリを一通り評価した後、改善案を互いに考えていたりしたが飽きた。
それで俺は抵抗するハヤナを脇目にネットサーフィンなどをしていたが、ハヤナもそれに興味を持ったのか、ウィンドウの外でそれらを眺めていた。
『もう活動限界なのですか? ニートというのは夜型だと存じておりましたが』
ヘッドセットを外したのを見ると、モニタから姿を消し、俺が手にしたスマホの画面に瞬間移動する。
器用なヤツめ。
「俺は健康第一なの! ライフサイクルは標準的なの!」
『いやいや、クズなご主人がそんなこと言っても説得力なんてありませんって!』
相変わらず一言も二言も多い。
「分かったから、俺の睡眠は邪魔するな。寝てる間はその甲高い電子音声を聞かせるな。脳が溶ける」
『あっはっは、既にツルツルの脳ミソがこれ以上酷くなろうが構わないでしょうって!』
くそ、食事中に見せた笑顔がちょっとばかし可愛かったからって調子にのりやがって。
スマホをデスク上のスタンドにセット。バッテリーは既にスッカラカン。
ハヤナがその身を現している最中は目に見えて消費されていた。この大食いが。
部屋の電気を落とし、ベッドに潜り込む。
『あ、あのー……ご主人?』
暗い部屋をスマホの有機ELディスプレイは煌々と照らす。
ハヤナは電源を落とされることに強い拒絶反応を示していたから、これはせめてもの慈悲だった。
PCよりはスマホのほうが消費電力少ないし。ただバッテリー劣化しそうだな。
『ご主人……ひっく……聞いて下さいよお……』
あれだけ念を押したのにまだ言うか。
『うぅ……ご主人~!』
「うるせえええええ!なんだよ、ニートの安眠を妨害して楽しいのか!?」
あまりにもしつこい!
仕方なくベッドから這い上がってスマホに目をやる。
画面の中で、ハヤナは零れる涙を必死に拭っていた。
小さな顔には不釣り合いな大きな瞳を真っ赤にさせて。
『うぐぅ……一人は……寂しいですぅ……』
「はあ? 俺は寝るんだ、お前も寝ればいいじゃねえか」
……この言葉、ちょっと危うかったか?
いやいや、コイツは所詮ポリゴンで作成された電子上の生命。
見かけこそ少女だろうと性別なんかない。つまり問題ない。
『ひっく……私は0の領域の生命です……睡眠など必要ありません……』
そりゃそうか、ロボットが寝ることなんてないもんな。コイツもそうか。
「だから?」
『ふぇ?』
「俺が知ったことじゃねえよ、朝までネット見てればいいだろ。俺はむしろ羨ましいくらいだ」
『ひっ……酷い! クズ! ニート! ロリコン! 童貞!』
「黙れえええええ!」
『びえええええん!』
俺が何か言えば罵倒で返しやがって、泣けば許されるとでも思ってんのか!?
みっちり教育でもしてやるか……そう思ったとき、部屋の扉がノックされた。
『ねえ……誰かとお話してるの?』
やべ、母さんだ。この騒ぎで起こしちまったか?
「な、何でもねーよ……テレビの音」
『そう……もう寝なさい』
「わかってるって……」
ハヤナのことは両親には教えてない。説明するのも面倒だし。
足音が遠ざかるのを確認し、ハヤナのいるスマホを手に取る。
「お・ま・え・の・せ・い・だ・ぞ」
『うぅ……私がなにしたって言うんですかぁ』
強いて言うならば、存在すること。
「はぁ……どうすれば大人しくしてくれるんだよ?」
もうコイツの相手をするのにも疲れてきた。
『え、えーとですね……なんというか、その……』
良く聞こえなかったのでスピーカー部分に耳を当てる。
ハヤナの要求は至極単純なものだった。
『えへへへ……』
すげえゾワゾワする。
枕元に置いた煌々と輝くスマホから、ハヤナの不気味な笑い声。
彼女が要求したのは“隣にいたい”というものだった。
聞いた直後はそりゃ多少は心が揺れたが、コイツは人類の支配を企む極悪非道の人工知能。
そしてちんちくりんな寸胴ボディ。まるで魅力なんてない。
『えへへへへへ……』
「うるせえええええ!」
誰かと口喧嘩するのは久しぶりだったな……そんなことを考えながら侵略者に背を向け、俺は眠りについた。
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